第二話 『にぎやかな星たちのように』
それは、どこか聞き覚えのある少年的な響きのある少女の声だった。とりあえず、バケモノの類でないことはたしからしい。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
身動きがとりやすそうな衣服をまとった華奢な体つき。
女性であることを控えめに主張する慎ましやかな貧乳。
獲物を見定めた猛禽類のごとき鋭い眼光を放つ瞳。
小振りな金髪のポニーテールは夜風に吹かれ気持ちよく揺れている。
シオンだ。
服装は今日ここで出会った時と同じだったが、どういうわけか今の彼女は身の丈ほどある槍をかついでいた。三叉の刃は星々の光を浴びて鈍く輝き、柄と刃の付け根には法石と思われる石が埋め込まれている。
シオンはおれとクウを交互に見て、小首をかしげた。
「なんだ。誰かと思えばルシカと一緒にいた転世者じゃねえか。何してんだよ、こんなとこで。ていうか、なんだその顔。大丈夫か?」
「あ、ああ、よかった。助かった。いやもういろいろ事情があってさ、今は一刻も早くこの森を出たいんだ。頼む。森の外まで案内してくれないか?」
するとシオンは地面に槍を突き立て、腕を組み、じっとおれの顔を見た。
「報酬は?」
「え?」
「報酬だよ、ほ、う、しゅ、う。人にものを頼むんなら、それなりの代価を払うのが常識ってもんだぜ」
「そうだな……。うん。ところで話は変わるけど、情けは人の為ならずって言葉、知ってるかい?」
「おいこら。それが人の情けにすがろうってやつの態度かよ」
もっともなご意見である。もはやなりふりかまってはいられない。
おれは速やかに地面にひれ伏し、助けを乞うた。
「すまん。今は手持ちが何もないんだ。でもこの礼は必ずする。約束する。だから頼む、助けてくれ。見ての通り小さな子どももいるんだ。こんなおっかないところで夜を明かせってのは酷ってもんだろ?」
「いや、そいつ神霊だろ……。ん? 今日見かけたやつとはなんかちがうな」
「神霊はふたりいるんだ。そのうちのもうひとりのほうだ」
ふうん、とシオンは疑わし気な視線をクウに向ける。
それが悔しかったのか、クウは語気を荒げて言った。
「な、なによ、その目は! あたしはほんとに神霊なのよ。神言って力もあるんだから!」
「どういう力かよくわからんし、使い方もさっぱりだけどな」
「うっさいソウタ! よけいなこと言わないでよバカ!」
クウは卑劣にもひれ伏しているおれの頭を思い切りはたいた。
無抵抗を良しとしないおれは即座に立ち上がり、応戦の構えをとる。同時に、シオンの笑い声が聞こえてきた。
「ははは、なんだよお前ら。ずいぶん仲がいいんだな。前の転世者や神霊とはおおちがいだ」
「ちょ、へんなこと言わないでよ。べつにそこまで仲がいいわけじゃないんだから。たんにソウタはあたしの生みの親みたいなもんで、それ以上でもなんでもないんだからね!」
「どうしたクウ。ツンデレ属性でも芽生えたのか?」
「誰がツンデレよ!」
クウはぽかぽかとおれに拳をぶつける。
おれは難なくクウの両手をおさえ「はーい、ばんざーい」とクウの体を持ち上げた。
やめろやめろはなせはなせ! とクウはわめきながら足をじたばたさせ、それを見ていたシオンは大声で笑った。
「マジかよ、お前ら。わかった、わかったよ。これも何かの縁だ。森の外まで案内してやるよ」
「本当か? ありがとう。この恩はいつか必ず返すよ」
「ありがと。えっと……」
「シオン。あたしの名前だ」
「ありがと、シオン。あたしはクウ。あっちのはソウタ。よろしくね」
クウは人懐っこい笑顔をシオンに向ける。彼女が誰かに対してこういう態度を見せるのは、これが初めてではないだろうか。もしかしたら、シオンに対してなにかしらの親和性を感じたのかもしれない。
「まあ、その、なんだ。神霊っていっても見た目はガキなわけだし、見捨てるのもいい気がしないからな。そんだけさ。そんじゃ行こうぜ。はぐれないよう気をつけてついてきな」
シオンは槍をかつぎ、くるりと背を向けて歩き出した。クウはその後を追って歩く。しかしすぐに何かにつまづいて「いたっ!」と転んだ。足元が暗いことに加え、体調も本調子ではないのだろう。
「おいおい、大丈夫か、クウ」
クウのそばへ駆け寄るも、おれも何かに足をひっかけて転倒した。そろって何をしているのやらだ。
「ったく、しょうがねえ連中だな……」
シオンは地面に槍を突き立て、クウのそばで身をかがめ、背を向ける。
「ほら。早くしな」
クウは少し遠慮がちにシオンの両肩をにぎり、彼女の背に体を預けた。
「ありがと。シオンっていい人なのね。目つきはちょっとこわいけど」
「年下のもんの面倒を見るのは人として当然のことだ。たとえ相手が神霊でもな」
「いい心がけね。ソウタもシオンをみならって、もっとしっかりしなさいよね」
「うるせえ。人には得手不得手ってのがあってだな」
「そんじゃあんたには荷物持ちでもしてもらおうか。あたしはこの子をおんぶするから、あんたはその槍を持ってきな」
おれが反論する前にシオンはさっさと歩き出した。仕方なく槍を引き抜き、二人の後を追う。
持ってみてわかったが、この槍はかなり重い。これを軽々とかついでいたのだから、シオンはおれよりも体力があるのだろう。
それにしても、彼女はこんな時間にこんなところで一人で何をしていたのだろうか。
疑問を抱きつつも足元に注意しながら暗闇に閉ざされた森を進む。
やはりここは、はっきりさせておいたほうがいい。
あまりにもご都合主義的なタイミングでシオンは現れた。
何かの意図が働いているのは間違いないだろう。
「ところでシオン。こんな時間にこんなところで何をしてたんだ?」
「仕事だよ仕事」
「仕事って、どんな?」
するとシオンはこちらへ振り向き、にやりと意味ありげな笑みを見せた。
「知らないほうが幸せなこともあるぜ」
どうやら深く聞かない方がこちらの身のためらしい。
「そういうあんたこそ、この世界へ来る前はどんな仕事してたんだ? 見た感じパッとしねえけどさ」
「仕事はしてない。学生だったんだ。おれがいた世界では、おれくらいの年の人間は大体学校に行って勉強しているもんなのさ」
まあ、それを意図的に放棄したことが原因の一つとなって、おれはこの世界へ来たんだけど。
「学校で勉強ね……。そりゃご苦労様なこった。で、お勉強をして何かできるようになったのかい?」
「……うん。まず、もといた世界とこの世界とでは社会の仕組みや技術レベルなんかが大きくちがっていてな、だからおれがいた世界で意味や価値のある技術や知識はこの世界では不幸にも」
「はっ、なんだよ。ようは役立たずってことじゃねえか」
「はっきり言うなよ、気にしてんだから。 おれに言わせりゃシオンのほうがおかしいんだよ。こんな夜中にあんな場所を一人で出歩いてるなんて。しかもこんな物騒なもんまで持ってさ。親の顔が見たいぞまったく」
「そうかい。あたしも自分の親の顔が見てみたいね」
「え?」
「あたしは孤児だ。ルシカのやつ、言ってなかったのか」
「それは、その……、ごめん」
「あやまるこたぁないさ。あんたはここに来て日が浅いから知らないだろうけど、ここじゃ孤児なんてその辺にゴロゴロいるんだぜ」
またしても知りたくない都の姿を知ってしまった。知れば知るほどうんざりする都である。
「ねえ、シオン。コジって、なに?」
一切の悪意もなく、ただ純粋にクウがたずねる。
「ずっと一人ってことさ」
「じゃあ、友達もいないの?」
「まあな。ま、あたしはそんなのいなくてもべつになんとも」
「じゃあ、あたしがシオンの友達になってあげる!」
「へ?」
「あたしね、夜の間しかおきていられないの。それにほんとは外に出ちゃだめだって言われてて、だからほとんどだれにも会えないんだ。だから、外の世界でシオンと出会えたのって、きっとすごく特別なことだと思うの。だから、ね、いいでしょ?」
「あー……、まあ、あたしでいいんなら、かまわないけどさ」
「ほんと? やったあ! ありがとシオン。シオンはあたしの初めての友達だよ!」
クウは喜びの声を上げ、シオンに頬ずりをする。
「そりゃ光栄だね。ん、それじゃあクウにとってソウタは何なんだ? 友達じゃないのか?」
クウはこちらに顔を向け、紅い瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「なんなんだろ」
「なんなんだろな」
「なんなんだよ」
クウとシオンは楽し気に笑う。
言いたいことはいろいろあるが、まあ、いいか。
おれも二人と同じように笑ってるわけだしさ。




