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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第三章 『光に暴かれるもの、闇に守られるもの』
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第一話 『夜に輝くものたちは』

 転世の代償として失ったもの。

 それは、誰でも思いつくような、ごくありふれた単純なものだった。

 だからこそ見失っていたのだろう。それはあまりにも当たり前すぎるものだったから。

 でも、だからこそ、それがなければ自分と世界を結ぶ絆は生まれない。

 このことをカイとクウにも教えてあげないと。

 どうして彼らがこの世界に生まれたのか。それは都を守る神霊となるためなんかじゃない。

 それは――。


 冷ややかな風が体を細かく震わせる。不安定な意識の中で、ほのかな土と緑の匂いを感じた。

 目を開けると、いまだかつて見たこともないような、満天の星空が見えた。

 大小さまざまな星々が果てなく広がる夜空を飾り、宇宙という別世界の存在を天啓のごとく示している。ひときわ強く輝く星達は名も知らぬ星座をいくつも描き、無数に思える砂粒のような星の群れは人の理解を超えた規模の銀河を織りなしていた。


 おれは仰向けに倒れたまま、身も心も魂も飲み込んでしまいそうな星空をじっと見つめた。

 手を伸ばせば届くのではと思えるほど、この圧倒的な星空は眼前に迫っているように感じられた。


「すごいな……。星空ってのは、こんなにすごかったんだ……」


 おれは星空の美しさに心を震わせる。しかしすぐに大事なことを思い出した。


 クウ。

 クウはどこだ。


 たしかおれ達は世界樹の間に行って、そこでクウが神器の笛を吹いて、気がついたら別世界らしき未来都市の廃墟にいて、クウが倒れて、中学生くらいの少年に助けられた。


 歌。

 たしか歌を歌ったんだ。

 そのあと白い霧に包まれて、それで……。


 なにか、大切なことを忘れているような。


 締めつけられるように頭が痛む。いや、今はとにかくクウを探さなければ。

 体を起こし、あたりの様子を見る。おれが倒れていたのは石造りの舞台らしき場所で、その中心には星明りに照らされた世界樹の石像が見えた。クウはその石造のすぐそばに倒れていた。


「クウ!」


 おれはクウのそばへ駆け寄り、彼女を抱きかかえる。どこにも異常はないらしく、クウは心地よさそうに寝息を立てていた。その顔には苦しさなど影も存在していない。

 どうやらあの少年が言った通り、クウは快方にむかっているようだ。

 そうだ。

 おれ達はもといた世界に戻って来たんだ。

 でもどうして、世界樹の間じゃないんだろう。

 少し離れた場所には、水面に星空を映し出した大きな泉が見える。ここは今日の夕方前に訪れた眠りの森と言われる場所にある神殿の跡地のようだ。ここから大聖殿まではかなりの距離があるはずなのに、なぜだろう。

 その原因を考えようとした時、抱きかかえていたクウがかすかに声をもらし、ゆっくりと目を開けた。


「クウ。よかった。気がついたんだな」


「……ソウタ?」


「おお。おれだ。突然倒れたから心配したぞ」


「ソウタ。あたしのこと、わかるの? あたしがだれか、わかるの?」


「当たり前だろ。なにおかしなこと言ってるんだ」


「おかしなことって、だってさっき、ソウタは、あたしのこと、知らないって……」


 クウの目に涙がにじむ。今にも泣きださんばかりに、クウは顔をくしゃくしゃにしていた。


「そんなわけないじゃないか。もしかして、そういう夢でも見たのか?」


 するとクウは何かを切実に訴えかけるような目を向け、口を開き、思い直したように閉じた。


「クウ。大丈夫だ。何も心配することはないさ。おれ達はもどって来たんだから」


「…………そう、ね。そうだよね。もどって来たんだから、それでいいや」


 クウはおれから離れ、石造りの舞台の上を少し歩き、空を見上げた。


「ねえ、ソウタ。あのずっと上のほうでキラキラしてるのってなに?」


「なにって、星だよ」


 そうか。そういえばクウが星を見るのはこれが初めてだったな。


「ホシっていうんだ。いいわね。きれいで、キラキラで。ねえ、あんなにたくさんあるんだから、ひとつくらいとってもいいでしょ。どうやったらとれるの?」


「いくらなんでも星をとることはできないよ。ずっとずっと高い所にあるからな。それに星はみんなのものだ。誰かが一人占めしていいものじゃない。こうやって眺めてるだけで十分なのさ」


「ふうん。ま、そういうことにしといてあげるわ」


 クウは仰向けになって寝転がり、小さく息を吐いた。


「ソウタ。あたし、今、外の世界にいるんでしょ?」


「ああ。そうだな」


「外の世界って、すごくすてきなのね。こんな世界があったなんて、知らなかった」


 クウは星空を仰いだまま、つぶやくように言う。


「ありがと」


「どういたしまして」


 いろいろあったけど、クウを連れだして正解だったな。

 そう思った時、ひときわ冷たい夜風がもの悲し気な風鳴りの音と共に通り過ぎた。


「少し冷えてきたな。そろそろ大聖殿にもどるか」


「えー、もう帰るの? もうちょっとここにいたい」


「残念だけど、今回はこれで終わりにしよう。ここから大聖殿まではかなり遠いからな」


「ソウタはここがどこだか知ってるの?」


「ああ。ここは眠りの森って言われてて……、あ」


「え? なに? どしたの? ソウタ、顔がおもしろいことになってるわよ」


 そりゃそんな顔にもなる。今になって思い出した。思い出したくないことを、思い出した。

 ここは眠りの森。都の人々の火葬場兼共同墓地なのだ。この森の土には数知れぬ死者たちの遺灰が眠っていて、おれ達がいる石造りの舞台は、遺体を火葬する現場なわけで。

 うん。やばい。

 いやいやいや。何をビビる必要があるんだ。ほら見ろ。すぐそばに神霊という超常的存在がいるじゃないか。それにおれは別世界を行き来する神様だって知っている。何もこわがることなんかない。

 別世界。生者の世界と死者の世界。

 だからなんで余計なことを考えるんだおれの頭は。

 じわじわと恐怖がこみ上げてくる。いくら理屈をこねても、恐怖という本能をおさえることはできなかった。

 さらに、その恐怖を刺激するように何かの足音が聞こえてきた。


「きゃあっ! え、え? なに? なんなの、今の音」


「は、はは。落ち着けって。きっとあれだ。森の愉快な仲間達的な小動物的なあれだ。この森に眠る死者の魂とか幽霊とかアンデッドとか、そういうバケモノの類じゃないぞぉ。はは、あはっははは」


「ちょ、なにそれどういうことよ。ここってそんなヤバい場所なの?」


「おいおい、どうしたんだあ? そんな今にも泣きそうな顔をして。神霊ともあろう御方が、は、ははっ」


「うっさい! あたしだってこわいもんはこわいのよ! なんとかしなさいよソウタ!」


 そうだ。びびってるわけにはいかない。ここはおれがしっかりしなければ。

 おれはひざまずき、両手を組んで、悪霊退散と霊的なご加護がありますよう祈った。


「神様仏様クウ大明神様どうか無力で哀れな私目をお救い下さい神様仏様クウ大明神様どうか無力で哀れな」


「やめて! あたしをおがまないで!」


 そうこうしている間に足音はおれ達のすぐそばまで迫ってきて、止まった。


「おいお前ら。こんな時間にこんなとこで何してんだ?」


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