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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第二章 『この世界に生まれたから』
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第十七話 『彼方の空はあまりに青く』

 光も、暗闇も見えない。何も見えない。

 暑さも寒さも感じない。

 地面に立っているという感覚もないし、倒れているという感覚もない。

 感覚をすべて失ったと思えるほど、何も感じない。

 それを気持ち悪いとさへ思わない。

 行き場のない思考が、狂った時計の針みたいにぐるぐると回り続けている。

 時間の感覚もない。

 眠りと覚醒の境界でつま先立ちをしているような、そんな状態。


 そういえば、おれは転世してからずっと――。


 ――おきて。


 誰かの声が聞こえる。誰の声だ。


 ――ねえ、おきて。おきてよ。


 子どもの声だ。不安を感じているのか。その声は小さく震えている。


 ――ソウタ。ねえ、ソウタってば。


 …………ソウタ?

 そうだ。おれは、颯太。一橋、颯太。

 おれの名前だ。この子はおれのことを知っている。

 でも、おれにはこんな子どもの知り合いなんて、いないはずだ。


 ――やだ。やだよぉ……。ひとりにしないでよ……。


 わからない。君は誰だ。そこにはおれ以外、誰もいないのか。


 ――ソウタ……。


 その声は涙に濡れていた。事情は全然分からないけど、泣いている子どもがいるのなら、何か力になってあげたいと思った。

 おれにだって、十五年生きてきた人間としての誇りや責任感はある。

 そこにいる子どもの心にこたえたい。

 そう思った時、おれの体にありとあらゆる感覚がよみがえった。

 意識も不安定に渦巻く泥流の底から、光の当たる場所へ浮かび上がった。


 目を開けた時、まず見えたのはどこまでも広がる晴れわたった空だった。

 おれはその青空を仰ぐように倒れていた。


「ソウタ!」


 小さな女の子が、倒れているおれに抱きついた。

 金色のふわりとした髪がおれの顔にかかり、ほのかに甘く柔らかな香りを感じさせる。

 女の子はおれと顔を向きあわせ、大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら叫ぶように言う。


「ソウタのバカ! アホ! もっと早く起きなさいよ! こわかったんだから。ほんとに、こわかったんだからっ!」


 彼女の瞳は燃える血潮のように紅く、どこか人間離れした印象を感じさせた。


「えっと……、ごめん。君は、誰だ?」


「…………へ? なに、言ってんの? やだ、こんな時に、へんなじょうだん言わないでよ」


「じょうだんなんかじゃない。君は誰だ? どうしておれの名前を知ってるんだ? そもそもここはどこで、どうしておれはここにいるんだ?」


 女の子は「え? え?」と困惑したように声をもらす。

 とりあえずどいてもらおうと思い、女の子の体を両手でしっかりとつかんだ。するとどうだろう。彼女の体はそこに存在していないと思えるほどに軽かった。というか、重みがない。なのでおれはたやすく彼女を隣にどかすことができた。

「うそでしょ、ソウタ。あたしよ、クウよ、覚えてるでしょ?」


「ごめん。君が誰か、本当にわからないんだ」


 立ち上がり、改めて周囲の景色を見渡す。

 そこに広がっていたのは、まったく見ず知らずの世界だった。

 廃墟と化した未来都市、とでもいうべき場所に、おれはいた。

 おれ達がいるのは広々とした幹線道路で、その両脇には優美なデザインの超高層建築がずらりと建ち並んでいる。空中にはそれらを結び付けるように連絡路のような透明なパイプが何本も張り巡らされていた。

 はるか前方には巨大なドーム状の建物が見え、それを囲むように何基もの塔が並んでいる。塔はいずれも空の彼方へと伸びていて、ここからはその頂上を見ることはできなかった。


 なんというか、一昔前の子供向けアニメで見られるような未来都市の姿が広がっていたのだ。

 そして、目に見える建物は、そのすべてが朽ち果てていた。


 そびえたつ超高層建築の群れは、その流線的な体に無数の植物をまとわりつかせていた。

 幹線道路は大地の力に押し負けるように隆起し、亀裂を生じさせ、あらわになった土肌からは草花が姿を見せていた。

 人の力など到底及ばない、星の生命力ともいうべき大自然の力に、この未来的大都市は飲み込まれていた。

 なんというか、終末戦争が勝者不在のまま終結し、全人類が死滅した後の世界を目の当たりにしているような気分になる。

 けれど不思議なことに、おれは目の前の光景から寂しさやもの悲しさをほとんど感じなかった。

 空は青く晴れわたり、日の光は太陽の微笑みのように優しく地上を照らし、かぐわしく心地よい風が幸せな歌のように通り過ぎていく。それらはまるで、この世界が長い長い旅路の果てに安息の時を迎えたことを祝福しているかのようだった。


 終末、というのも、案外悪くないのかもしれない。


 ただ不思議なことに、空のどこにも太陽の姿は見えなかった。

 おかしいなと思いながら空を見上げていた時、すぐそばで大きな物音がした。

 隣にいた女の子が倒れたのだ。


「ちょ、君、大丈夫?」


 女の子の体を抱きかかえる。その瞬間、氷の塊に直接触れたような強烈な冷気を両手に感じた。彼女の体温は、人間とは思えないほどに低下し、冷え切っていた。顔からは血の気が失せ、体は痙攣しているように細かく震え、呼吸は苦し気に乱れている。


「なんだよ、これ。一体何がどうなってんだ」


 このままでは危ないと思い、周囲を見渡す。しかし事態を解決できそうなものは何も見えない。

 わけもわからず途方に暮れるしかないのか。

 そう思った時、背後から声が聞こえた。


「その神霊はまだ不完全だ」


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