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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第二章 『この世界に生まれたから』
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第十四話 『眠りの森』

 おれ達は馬車に乗り、夕日に照らされた静かな田舎道を走った。

 馬車の窓からは、はるか遠くに見える都の街並みが見える。城壁の外の光景とは対照的に、まるで絵本の世界みたいにのどかだった。

 日が沈む道を進みながら、なぜこの都は城壁の内側と外側で別世界のようになっているのかを考える。当然のことながら、おれの頭では納得できる答えなど導き出せるはずもなく、大きなあくびが出ただけだった。


「ソウタ。ねむいの?」


「いや。ちょっと頭がつかれただけだよ」


「そうなんだ。頭だいじょうぶ?」


 なんかグサッときた。もちろん、カイに悪意など一切ないことはわかっているけどさ。


「だいじょうぶだ。それより、カイのほうはどうだ? 今日もだいぶ疲れたんじゃないのか?」


「うん。でも、今日もいろんな景色が見られた。だから早く帰って、絵をかきたい」


 そっか、とおれはカイの頭をなでる。

 頼むから城壁の外の飢餓地獄みたいな光景は描かないでくれよ、と念を込めながら。

 そんなやり取りをしている間にも馬車は進み、川に架けられている石橋の上を通った。それなりに幅の広い川で、石橋も相当古びてはいるものの立派な造りのものだ。しかし、橋の先にあるのは鬱蒼と木々が生い茂った森だった。


「あの森に入るのか?」


 はい、とルシカは答える。


「その、危なくはないんだよな?」


「ご安心ください。日が出ている間は、人間に害を及ぼすものはこの森に存在しません」


「ちょっと待って。もうじき日が沈もうとしているんだけど、本当に大丈夫なんだよな?」


「それほど長くはとどまりません。御二方に来ていただきたい場所があるだけですので」


 森の手前まで来たところでルシカは馬車を止める。


「申し訳ありませんが、この森へは自分自身の足で立ち入らなければなりません。ここからは徒歩での移動になりますが、よろしいですか?」


「それしか移動手段がないなら仕方ないな」


 というわけで、おれ達は馬車を下り、そのまま森の中へ向かった。ルシカを先頭にして、森の中を進む。夕暮れ時の森は想像以上に暗く、そのくせ差し込む夕日のおかげで妙に明暗が強調されていた。そこには形容しがたいある種の不気味ささえ感じられる。

 大丈夫だろうかと思い、カイの様子を見る。しかしカイは怖がる様子を見せず、むしろ好奇心に目を輝かせて森の中を歩いていた。こんな景色でも、彼の心にはよい刺激を与えてくれるものらしい。


 しばらく歩くと、大きな泉がある開けた場所に出た。

 泉の近くには何かの遺跡らしい石造りの建造物が見える。円形の巨大な舞台らしきものがあって、その周囲を取り囲むように何本もの石柱が等間隔に並んでいた。相当古いものらしく、建造物のいたるところにはひびが入り、苔が生し、蔦が巻き付いていた。

 舞台の中央には、周囲の樹木よりも背の高い石像が置かれている。

 それは、世界樹を模した石像だった。


「ルシカ。ここはどういう場所なんだ?」


「伝説によりますと、この地は現在の大聖殿がつくられる前にこの地域一帯を守護する『結界』を構築していた神殿であると言われています。今は、都に生きる者達が最期の時を迎える斎場となっています」


 ひやりとした風が通り過ぎ、森の木々をざわめかせる。


「この森は『眠りの森』とも呼ばれています。都に生きる者達は生涯を終えますとあちらの祭壇で体を炎で清められます。そして血も肉も骨も灰となり、この森とひとつになって、永遠の眠りにつくのです」

つまりは、公共の火葬場兼集団墓地といったところか。とんでもない所に連れてこられたな。


「そんな神聖な場所に、どうしておれ達を連れてきたんだ?」


「この森には、私の大切な家族も眠っております。ですので、神霊と転世者様の世話役という大役を任された私を、どうしても見てほしいと思いまして」


 ルシカが言うと、カイは不思議そうに彼女にたずねた。


「ルシカさんの家族は、ここで眠ってるんでしょ?」


「はい。その通りでございます」


「眠ってるのに、どうして見ることができるの?」


「それは……」


「心の問題だよ、カイ」


 ごく自然にそんなことを言った自分自身に、おれは多少驚いた。


「こころ?」


「たとえ直接面と向かって話しができなくても、互いの心が通じ合っていると信じているんだ。カイだって、クウと直接話したことはないけど、カイはクウのことをいろいろと思っていられるだろ。それと同じなんだよ」


「そういうこと、なのかな……」


「そういうものさ。さて、ルシカ。そろそろ帰らないか。じきに日が沈むし、カイも眠ってしまうだろうからさ」


 わかりました、とルシカはうなずく。

 その時、こちらに近づいてい来る足音が聞こえた。


「よお、ルシカ。やっぱりここに来たんだな」


 振り向くと、一人の少女の姿が見えた。

 おれと同い年くらいだろうか。背は低く体つきも華奢で、ついでに貧乳だ。

 身に着けている衣服は一匹狼の盗賊を思わせる地味な軽装スタイルで、セミロングの金髪を後頭部で一本にまとめている。顔立ちは幼さと柔らかみが残っているが、目つきは鋭く、その眼力は獲物を捕食する野生動物のそれに近い。

 はっきり言って、ルシカとは正反対に属する外見の少女だった。


「シオン……。あなた、どうしてここにいるの?」


「転世者と神霊が現れたんだ。あんたならそいつらをここに連れてくるだろうと思って待ってたのさ。ぜひとも連中の顔を一目拝んでおきたくてね」


 シオンと呼ばれた少女はどこか挑発的な口調で言った。


「で、そいつらが新しい転世者と神霊かい。前のとあんまりかわんねぇな。こりゃまたダメかも――」


「シオン!」


 ルシカにしては珍しく、怒鳴るような大声を出した。

 シオンはからかうように笑いながら、おれとカイに目を向ける。


「ま、あんたらもせいぜいがんばりなよ。このくそったれな都のためにな」


 そう言うとシオンは森の奥へ姿を消した。


「ルシカ。今のは一体、誰なんだ?」


「申し訳ありません。ここで見たことや聞いたことは、どうかすべてお忘れください」


 ルシカは足早に歩き出す。

 いよいよ日没が迫って来たらしく、森はだんだんと暗闇に飲み込まれていた。

 おれはカイの手を握り、ルシカの跡を追う。


 しかし、全部忘れろと言われても無理な話だ。気になることがいくつもある。


 シオンはおれ達のことを、新しい転世者と神霊と言っていた。

 さらに、前の、とも言っていた。

 そしてルシカは、シオンの言葉を遮るように怒鳴り声を上げた。


 どうやらこの都は、おれ達にとって重要なことをまだまだ隠しているらしい。


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