第十二話 『異世界の空気』
これといったトラブルもなく馬車は市街地へ入る。
改めて見て思ったが、やはりここはゲームやアニメなんかで見るファンタジーな世界そのものだった。おれがもといた世界の欧州には、歴史的価値から街全体が世界遺産に登録されているという地域がいくつかあるけど、そういった街並みを思わせる風景が馬車の車窓から見えた。
灰色の石畳で舗装された大通り。
煉瓦と木で建てられた家屋が整然と並び立つ街並み。
それらと調和するように降り注ぐ陽光と、その中を行き交う異国の服をまとった名も知れぬ人々。
明るい声を上げてはしゃぐ子ども達や、木陰の下のベンチで談笑する婦人方。
色とりどりの作物をいっぱいに乗せた荷馬車を傍らに停めた露天商。
サーベルを下げた憲兵。
歌や踊りを披露する大道芸人、はいないか。
それにしても、ああ、ファンタジーだ。
今すぐにでも馬車から飛び出して、この世界の空気を体いっぱいに感じたいと思えるほどに。
もっとも、それはさすがに無理な話だった。おれ達が乗っている馬車を見ると、誰もが姿勢を正し、祈りを捧げていたからだ。もし転世者であるおれが外に出たら、どんな騒ぎが起こるかわからない。
まあ、彼らが必要としているのは神霊であるカイのほうなのだろうけど。
なにはともあれ、馬車の中から見える都の様子は平和だった。
それでも、いくつか気になることがあった。
まず、大通りを通っている時に感じたことだが、街灯の数がやたらと多い。
家一軒につき街灯四つか五つという割合だった。水銀燈を思わせる古風な造りの街灯だったので、各家庭がそれぞれ明かりを灯すのかもしれない。にしても数が多すぎる。
まるで、夜の暗闇を極力抑え込もうとしているかのように。
次に気になったのは、街中でたまに見かけるモニュメントだ。
それは世界樹を模したデザインのもので、高さは子どもの背丈くらいのものだった。四本の樹木が互いに絡み合いながら上へ上へと幹を伸ばし、その頂には両手でやっと抱えられるというくらいの大きなガラス玉が乗っていた。ガラス玉の中は水で満たされているらしく、その中心部分には黒い石が浮かんでいる。それは、ルシカや神官長が持っているものと同じ類のものに見えた。
モニュメントに向かって祈りを捧げている人の姿がちらほらと見えることから、やはり宗教的なものなのかもしれない。
そしてもう一つ、明らかにモンスターと思われる生物が普通に表を歩いていることだ。
いわゆる獣人というやつだろうか。人間に近い形はしているけど、獣の耳や尻尾が生え、顔や頭も含めて体中が獣のような体毛に覆われている姿の生き物が、その主人らしき人間のそばを付き従うように歩いている。
獣人にもいくつか種類があるらしく、犬や猫を思わせるものもいれば、両腕のところが翼になっている鳥人のようなものもいるし、蜥蜴のような爬虫類系の獣人もいる。ゴブリンのような小型のものやトロールを思わせる大型のものもいた。
「あんなのが表を堂々と歩いてて大丈夫なのか?」
「はい。問題はありません。あれらは全て人間の使い魔ですので。首元をご覧ください。使い魔を使役する力を付与された『法石』が見えるでしょう」
「法石?」
「はい。法石とは、霊石という特殊な石に特定の霊術を記録し、その所有者の意思に応じて霊術を発動させる力を持った石のことです。所有者であれば霊術を使えない人でも、記録された霊術を発動させることができるのですよ」
ルシカは自分の首元に下げている黒い石を手のひらに乗せる。それが法石らしい。
たしかにルシカの言う通り、どの獣人の首元にも黒い石が見えた。
もっとも、ルシカが身に着けているようなネックレスのようなものではなく、首枷に埋め込まれたものだったが。
「なるほど。でも使い魔っていうわりにはたんに後ろをついてきているだけで、何かの役に立っているようには見えないけど」
「使い魔を所有できるのは一部の上流階級に属する人々か、あるいは使い魔の能力を必用とする専門職に就いている者のみとなっています。つまり使い魔を連れて外を出歩くということは、自分の社会的地位を証明する方法でもあるということなのです」
なるほどねえ。どうりでどいつもこいつも鼻持ちならないいけすかねえ顔をしてるわけだ。
……待てよ。
「てことは、昨日のおれとカイは、議長にとっての使い魔みたいなもんだったのか?」
「都の周囲にある山々には、霊石が豊富に埋蔵されています」
話題の方向転換が雑すぎる。そのうち大事故起こすぞこの人。
「ですので都では神官や職人達によって多くの法石がつくられているのです。古くからこの都は良質な法石の産地として発展してきました。法石は希少価値が高く、そのため大変高価なものですが、それでも様々な用途に使えますので」
ようするに、法石はこの都の特産品ということか。
「じゃあさ、たまに見える世界樹のモニュメントみたいなのと一緒にある法石は何に使われているんだ?」
「あの法石は、大聖殿の様子を映し出す力を持っています。大聖殿で重要な儀式が行われるとき、都の者達がその様子を見られるように都の各所に配置されているのです」
「テレビみたいなもんか」
「てれび、ですか?」
「おれがいた世界にも離れた場所の景色を映す機械があったんだ。でも、そういう役割があるにしては、なんで拝んでいる人もいるんだろう」
「それは……、なぜでしょうね」
なんというか、嘘がつけない素直な人なんだなぁ。
まあ無理に聞く必要もないか。妙なことを聞いて神官長につっかかられても困るしな。
「それよりソウタ様。もうじき城壁の外へ出ますよ」
話している間に市街地を抜けたらしく、殺風景な荒れ地と、その果てに広がる灰色の城壁が見えた。
馬車は城壁に設けられている巨大な門の前で止まり、ルシカは馬車から降りて門番と何かを話し始めた。たぶん門を開くように頼んでいるのだろう。
ルシカが馬車にもどると同時に、門は地響きのような音を立てつつゆっくりと開いた。馬車はそのまま門を通り、城壁の外へ出る。
そしておれは、この都のもう一つの姿を知った。




