第十一話 『新しい景色へ』
昨日と同じく開門から正午まで礼拝が行われた。
礼拝に来た人々の様子は、昨日と比べ少し異なっていた。昨日はこぎれいな身なりの人が多かったのに対し、今日は粗末というか、あまり裕福な暮らしをしているとは思えない身なりの人が目だった。表情も昨日と比べやや生気に欠けるという感じがする。
彼らからは昨日礼拝に来た人々と比べ、より切実に救いを求めているという雰囲気が感じられた。
一方、カイのほうは昨日と様子がほとんど変わらなかった。
見知らぬ人々に対する恐怖心はそうそう消えるものではなく、ここから逃げ出したいのを必死に我慢しているという空気が肌で感じられた。
ふと、今朝のことが頭に浮かぶ。
カイはクウを絵に描くことができなかった。本人にその意思があるにも関わらず。
そのことと、カイの他者に対する恐怖心には、何か関係があるのかもしれない。
正午を告げる鐘が鳴り、礼拝は終わった。
やれやれこれで一安心だなと思った時、礼拝堂の扉の外で何か騒ぎが起こったらしく、人々の慌ただしい声が聞こえてきた。
「何かあったのか?」
そばにいるルシカにたずねる。ルシカは静かに首を振った。
「なんでもありません。どうかお気になさらず。それより、巡礼の支度を始めましょう」
そう言っている間に礼拝堂の扉は固く閉じられた。
カイはおびえた目をおれに向ける。彼の不安をぬぐおうと、おれはなんでもないという調子で言った。
「大丈夫だ。カイが心配することはないさ」
うん、とカイはうなずく。礼拝の疲れとこれから始まる巡礼のことで頭がいっぱいなのだろう。カイはそれ以上何も言わなかった。
おれ達が大聖殿前広場に出た頃には、もうすでに礼拝に来た人たちの姿はなかった。広場の様子をそれとなく見渡したが、さっきの騒ぎのあとらしきものはどこにも見られなかった。
これから先、何事もなければいいのだけどと思いながら正門へ向かって歩く。
そうだ。何事もなければといえば。
正門を出て、その近くに止まっている馬車へ近づき、どこにも異常がないか入念に調べる。奴が、エポラッテがどこかに隠れているかもしれない。昨日侵入していたという荷物入れの中には特に異常が見られなかった。もっとも、奴も昨日と同じ手段をとるほど馬鹿ではあるまい。馬車の裏面にへばりついているということも十分に考えられる。おれは地面に膝をつき、大きく体をかがめ、馬車の裏面をのぞき込んだ。よかった。奴の姿はない。
「あの、ソウタ様。いかがなされましたか?」
ルシカの声が聞こえ、慌てて体を起こす。
「いや、なんでもないよ。さっき変な虫が見えてさ、この辺に隠れてないか確かめてたんだ」
「そうでしたか。どうかご安心ください。この馬車には守りの加護を施していますので、危害を及ぼす存在は近づくことすらできません」
ルシカは少し自信ありげに言う。
危害を及ぼす存在、ね。
その定義については一度話し合う必要があるかもしれないな。
それでも、エポラッテについてルシカに話すことはやめておこう。奴は神霊について何か重要なことを知っている。完全に排除するのはまだやめておいたほうがいい。
それに、奴が言った御主人様とやらが大聖殿の関係者である可能性もある。それこそ、神官長やルシカだったりするかもしれない。
もし、両者が結託しておれやカイ、クウを都合よく誘導しようとしているのなら、それに乗る必要はないだろう。
今日の巡礼はおれとカイ、ルシカの三人で行うことになった。議長は何か別件の仕事があるとかで参加しないらしい。おれとカイにとってはこの上なくいい知らせだった。空間的にも精神的にも余裕ができる。
「それで、今日はどこへ巡礼に行くんだ?」
「農業地区です」
ルシカは少し緊張した様子で言った。なにかしらの不安定要素でもあるのだろうか。
そのことをカイに悟られないよう、おれはいつも通りの口調を意識して言う。
「なるほど。昨日は都の中心部みたいなところばかりだったからな。その、農業地区ってのは遠いのか?」
「はい。ここから一時間ほどはかかります。城壁の外へ出ますので」
「そっか。まあ、のんびり行ってくれていいよ。昨日とちがって今日はいろいろと余裕があるからさ、都の様子をじっくりと眺めてみたいんだ。なあ、カイもそう思うだろ?」
うん、とカイは小さくうなずいた。
外に出て人目につくことは苦手でも、外の風景を見るのはきっと好きなはずだ。それにたくさんの景色を見れば、それだけ描ける絵の幅も広がるだろう。




