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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第二章 『この世界に生まれたから』
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第七話 『宵の不協和音』

 日が沈み始めたころに大聖殿へ帰り着く。おれはカイを抱いて神霊の間へ急ぎ、寝台で眠りについているクウの隣にカイを寝かせた。気持ちよさそうな寝顔を見せるクウとは対照的に、カイは重病を患っているかのように暗く苦し気な寝顔を見せていた。

 それにしても、どうしてカイはここまで他者との接触を拒むのだろうか。

 原因について考えてみても、思い当たることは何もない。そもそもカイは生まれてまだ二日ほどしかたっていないのだ。その間にここまで引っ込み思案になる要素があっただろうか。

 思えば、初対面の時からカイはおれに対しても警戒心を持っていた。たぶん、持って生まれた性質なのだろう。

 ならばなぜ、カイは太陽が姿を見せている間だけ目を覚ますのだろうか。

 どっちかというと、他者との関わりならクウのほうが向いているだろうに。まあ、カイと比べて、だけど。

 あるいは、大聖殿の外へ出た時に思った通り、彼が外の世界を求めているからなのかもしれない。


 まあ、一人であれこれ考えても仕方ないか。


 やれやれとため息をついた時、コン、コン、と扉をノックする音が聞こえた。

 扉を開けると、そこには少し大きめの紙袋を抱えたルシカが立っていた。


「お待たせいたしました、ソウタ様。頼まれていた品物が届きましたので、お届けに参りました」


「ありがとう。助かるよ」


 おれは紙袋を受け取り、中身を確かめ、机の上に置く。

 それと同時に、日没を告げる鐘が鳴った。微妙なちがいではあるけれど、日の出の時は教会の鐘のように明るく高い音が、日没の時は寺院の鐘のように低く厳かな音が鳴る。何か意味があるのだろうか。


「そういえば、この鐘って誰がどこで鳴らしてるんだ?」


「わかりません」


「へ?」


「この鐘の音は自然と発生します。日の出と日の入り、正午、大聖殿の開門、そして大聖殿に何か重大な出来事が起こった時に鳴るのです」


「えぇ……。それって、大丈夫なのか? そんな怪奇現象が日常に溶け込んでるなんて、おかしいと思うけどな」


「ご安心ください。今のところ特にこれといった害はありません。それに、何かと便利ですから」


 なんとたくましい答えなんだ。やはりこの世界では霊術や神霊といった現象が一般的だから、人々の思考もそういうふうにつながるのだろうか。


「それでは、私はこれで失礼します。ソウタ様もごゆっくりお休みください」


 ルシカは一礼して去っていった。

 鐘の音が消えるとともに、夜の暗闇が神霊の間を満たしていく。ほどなくして昨日と同じように壁や天井に小さな光の玉が現れて、部屋の中を照らしてくれた。

 それを合図とするように、カイの隣で眠っていたクウが目を覚ました。


「おはよう、クウ」


 考えてみれば、日没後におはようというのも変かもしれない。

 でもそれ以外に、目覚めた相手に何といえばいいのかわからなかった。

 クウはだるそうに体を起こし、両手を天井に向かって突き出し背中を思いっきり伸ばす。


「んんーっ、はぁー。おはよう、ソウタ……、あ」


 クウは何か思い出したようにジト目をこちらに向ける。


「あたしが寝てる間に、なにかヘンなことしてないでしょうね」


 まあ、警戒する気持ちもわからないでもないが、おれとしては多少なりとも不快感は感じる。


「ほーう。ヘンなことって、たとえばどんなことなのかな?」


「ヘンなことって、それは、その……、ヘンなことよ」


「だ、か、ら、具体的に説明してくれないとわかんないなあ。そういうことは前もってしっかり説明してもらわないと、こちらとしても対応に困るんですけどねぇ」


「うぅ……、だから、ヘンなことはヘンなことよ! それくらいわかるでしょ、ソウタのバカ、アホ、ヘンタイ!」


 クウは寝台から飛び降りるとこちらに駆け寄りポカポカとおれの体をたたいた。なんとも微笑ましいドメスティックバイオレンスである。


「わかったわかった、悪かったよ。それよりも、それだけ元気に動けりゃ大丈夫そうだな」


 昨日、クウは神官長によって強制的に眠らされたのだ。さらにクウは、神言と思われる力も使っていたらしい。体調に何か悪影響が出ていても不思議ではないのだ。

 しかしどうやら、それは杞憂に終わったらしい。


「なによそれ。まるで昨日あたしになにかあったみたいにいうのね」


 クウの紅色の瞳がおれの目をまっすぐにのぞき込む。

 まずい。ここで昨日の件をクウに話したら、怒りに任せて何をするかわからん。


「いやー、べつに、たいしたことは何もなかったけどなー」


「じゃあなんで今あたしから目をそらしたの。ソウタ。あんたなにかかくしてるの?」


「いやいや、かくしごとなんて、ねえ?」


「ねえ? じゃなくて」


「うふふっ」


「うふふっでもなくて……、って、ちょっと、なに? なんなの?」


 クウは悲鳴を上げ、おれから飛びのく。彼女の視線はおれの足元に向けられていた。

 おれも目線を自分の足元に向ける。その瞬間、ギョロリとした巨大な眼球と目線が重なり、おれは「うおっ?」とのけぞった。

 そこにいたのは、エポラッテだった。ピエロ服を着た出来損ないのゴブリン、とでもいうべき奇怪な生物が、まるでおれの影からにゅるりと発生したかのごとく存在していた。


「お、お、お前。なんで、ここに? どうやって入ってきた?」


 エポラッテは「うふふっ」と笑いながら奇妙に体をくねらせる。


「どーでもいいじゃないかぁ、そんなことはぁ。それよりもアンタってばヒドイなぁ。アンタの大切な『小さなトモダチ』であるおいらのことを、えーと、そいつ、なんだっけ……、ぷうぅ? に教えてないなんてぇ」


「え、なに、ソウタ。あんた、そんなのと友達なの?」


 うわー、ひくわー、とクウの紅い瞳は語っていた。やめろ。親をそんな目で見るんじゃない。

 しかし。クウのこの反応を見るに、どうやらクウにもエポラッテが不気味なバケモノに見えているらしい。


「そうさ! おいらはみんなの『小さなトモダチ』なのさっ! うふふっ」


 エポラッテはピョコピョコと尻をリズミカルに動かしながらおれとクウの間に立つ。


「それにしてもさ、今日はとぉっても楽しかったね! えーとぉ、ぱい、だったかなぁ。とりあえずそいつと一緒にアンタ都へお出かけしてさ、いろんなトコ見てまわったよね。たくさぁんの人に出会って、素敵な思い出もいぃっぱぁあいつくってさ」


「おいまて。どうしてお前がそれを知ってるんだ」


「ちょっとソウタ。カイと二人で都へ出かけたって、どういうことよ?」


 しまった、と思った時にはすでに手遅れだった。

 クウはまっすぐにおれを見つめ、声を荒げて言う。


「二人だけでお出かけなんて、ずるい! あたしだって外に出たいのに!」


「ちがうんだ、クウ。これは楽しいお出かけとかじゃなくてカイの仕事で」


「おいらちゃーんと知ってるよぉ? きれいな馬車に乗って、ぽかぽかお天気の昼下がりに都のわいわい賑やかなトコに行ったんだよね。あ、そうだそうだ。たしか神官の女のコも一緒だったね! もしかして、デートだったのかな? こいつめぇ、このこのぉ、スミにおけない色男! うふふっ」


「てめえ、これ以上ふざけたことを言うな!」


「エポポ? おいらふざけてなんかないよぉ? おいら馬車の荷物入れに入って、あんたが何をしてたかちゃーんとみてたよぉ?」


「いつの間にそんなとこに……」


「どうでもいいわよ! そんなの!」


 クウが顔を真っ赤にして叫ぶ。おれをにらむ彼女の目には、かすかに涙がにじんでいた。

 もはや誤解を解くとか、そういう段階ではないのかもしれない。


「あーららぁ。なーんかよくわかんないけど、大変みたいねぇ。昨日はさ、途中までしかおしゃべりできなかったから、御主人様にお願いして今日も来たんだけどぉ、それどころじゃないみたいねぇ。しょーがない! おしゃべりの続きはまたの機会のお楽しみってことで。そんじゃあ、はい! 今日は解散!」


 エポポ、エポポ、エポポのポー。などと能天気に口ずさみながらエポラッテは勝手に自己完結して去っていった。


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