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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第二章 『この世界に生まれたから』
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第六話 『巡礼』

 礼拝堂の扉のそばには通用口のような小さなドアが目立たないように設けられている。おれはドアの閂を外し、カイと一緒に外へ出た。礼拝堂の外は大聖殿広場につながっていた。美しく整備された石畳の広場を歩き、憲兵たちが警備にあたっている正門へ向かう。

 少なからず、おれは緊張していた。初めて大聖殿の外へ出るのだから。

 しかしその緊張をカイに悟られてはならない。カイはおれ以上に緊張し、不安を感じているだろうから。

 おれはカイの手をしっかりと握り、気分を変えるように空を見上げる。


「きれいに晴れてるな。今日は絶好のお出かけ日和だ」


 空々しいという言葉のお手本みたいだが、何も言わないよりはずっといいだろう。


「そう、だね。晴れて、あったかくて、気持ちいい」


 そう答えたカイの顔は少し明るかった。天気の話題なんてどうでもいいことかもしれないが、それをきっかけに会話をすることが大切なんだ。コミュニケーションをとることが、互いに絆を結び合う第一歩なんだから。


「本当に青い空だな。カイの瞳の色とそっくりだ」


「そうなの? ぼくの目って、この空みたいに青いんだ。知らなかった」


「そういえば、カイはまだ鏡を見たことがなかったな。今度ルシカに頼んで用意してもらおうか」


「うん。ねえ、ソウタ。クウはどうなの? ぼくと同じ、青色の目をしているの?」


「いや、クウは反対に赤い色だよ。燃える血潮や沈む寸前の夕日みたいな、鮮やかな紅色だ」


「そうなんだ。見てみたいな。きっと、きれいなんだろうな……」


「そのうちきっと見られるさ」


 というか、そうなってもらわないと困る。二人が同時に目を覚まさなければ、二人が絆を結び合うこともないだろうし、そうしなければ二人が完全な神霊になることもないのだから。

 神霊としての役割を見守ることも大切だが、おれの本来の役割は二人がこの世界で生きていられるよう、二人を完全な神霊にすることなんだ。


 正門のそばまで来ると、憲兵たちがこちらに向かって一礼し、きびきびとした動作で門を開けてくれた。なんとなくいい気分になりながら、おれとカイは正門の外へ出た。

 どうやら大聖殿は小高い丘の上に建っているらしい。正門を出て見えたのは、なだらかに広がる緑の丘と、その向こうに広がる欧州の古都を思わせる都の街並み、都をぐるりと取り囲む灰色の城壁、その向こうに広がる雄大な山々と、果てなく広がる澄み渡った青空だった。

 なんというか、この場から今まさにファンタジーな大冒険が始まるという予感で胸が膨らみ熱くなる、そんな心躍る光景が広がっていた。


「すごい、きれいな、景色……」


 カイはそうつぶやき、おれの手を離して自分から前へ進んだ。


「ねえ、ソウタ。すごくいいながめだね。丘も、街も、山も、全部。大聖殿の外って、こんないい景色が広がってたんだ。ねえ、なんだか、わくわくするよね」


「ああ。そうだな」


 カイの顔は明るかった。それはもう、心の底から楽しんでいるように、彼は笑っていた。さっきまでの礼拝の疲れが一気に消し飛んだと思えるほどに。

 おれは初めて、カイの幸せそうな顔を見た。外の世界に広がる景色を見ることが好きなのだろう。もしかしたら、それが原因でカイは太陽が姿を見せている間に目を覚ますのかもしれない。

 正門のそばには一台の馬車が止まっていた。熟練した職人の技術を感じさせる伝統工芸品のようなつくりの馬車で、王侯貴族専用といったかんじがする。しかも馬車を引くのは白銀の美しい毛並みと鋭くとがった角を持つ一角獣、ユニコーンだった。マジか、と思わず声を漏らしそうになる。

 ユニコーンの首元には黒い石のついた細い鎖がかけられていた。たぶん、ルシカが身に着けているものと同じ石だろう。大聖殿に所属することを示す身分証みたいなものだろうか。

 なにはともあれファンタジーだ。今まで散々な目にあってきたが、ようやく異世界に来たんだと実感できた。なんだろう。目頭が少し、熱く――。


 バンっ! と馬車の扉が勢いよく開かれる。


「お待ちしておりました転世者殿! そして我らが都の守り神たる神霊様!」


 暑苦しくむさ苦しいおっさんの声が、おれの感動を一瞬でぶち壊した。

 馬車から現れたのは議長だった。彼は初老とは思えない素早い動きで馬車から飛び出すとおれの前へ進み、ははー! と平伏した。


「この度の都への巡礼、大変ご苦労様です! つきましては私も我が都を代表する議長として、ぜひ御二方の御伴をさせていただきたく参上致しました。ええ、ええ、それはもう、ええ!」


 奇声を上げながら何度も地面に白髪頭をこすりつけるおっさんに恐怖していると、馬車の陰からルシカが現れた。彼女はあきらめを促すように、静かに首を振った。


「わかった。わかったからもうやめてくれ。カイがおびえてる」


「ああ! 私としたことがなんたる無礼を! どうか、どうかお許しください! どうかあっ!」


「わかったから、静かにしてくれ。土下座をやめろ。暴力だぞこれは。ついてきていい。ついてきていいから」


「左様ですか? ありがとうございます、ありがとうございますうぅぅぅっ!」


 というわけでおれとカイ、ルシカ、議長の四人は馬車に乗り込んだ。おれの隣にカイが座り、カイの正面にはルシカが座る。そしておれの正面にはクレイジーなナイスミドルが座った。

 カイにとってはルシカと向きあって座った方が、議長の強烈に猛烈な顔面と向かい合わせるより精神衛生的にずっといいだろうと思ったからだ。

 馬車が走り出すと同時に、議長はこの都がどれほど長い歴史を歩んできたか、伝統ある由緒正しい都であるか、そして今後どのように発展していくのかを雄弁に語り始めた。話の節々には議長である自分がいかに貢献してきたかという自慢話が盛り込まれ、いつの間にか自慢話がメインになってしまった。

 おれはほどほどに聞き流しながら適当に相づちを打ちつつ、早くこの拷問めいた時間が終わることを祈った。


 馬車はなだらかな丘を下り、大聖殿を取り囲むように広がる平原を抜け、都の市街地へ入った。

 正門前から見た通り、都の街並みは欧州の古都とほとんどそっくりだった。石畳で舗装された大通りの両脇にはレンガ造りの古びた家屋が並び立ち、三角形や円錐状の屋根が連なっている。

 道行く人々はこぎれいな服をまとい、おれ達が乗っている馬車が通ると誰もが立ち止まって拍手と笑顔を向けてくれた。まあ、悪い気はしない。


「転世者殿、ご覧ください。あちらに見えますのが我が都の議事堂でございます」


 議長が馬車の窓の外を指さす。その先には小規模な神殿というかんじの石造りの建物があった。


「まずは議事堂にて、都の議員共に神霊様と転世者殿をご紹介したく思います」


「それってつまり、おれとカイが馬車の外へ出るってことか?」


「左様でございます」


「巡礼って、ただ馬車に乗って移動するだけじゃないんだな」


「もちろんでございます。神霊様の威光を都の者達に知らしめることが目的ですので。議事堂のほかにも裁判所、憲兵隊本部、中央役所、産業会館、自警団本部などなど、都における重要な機関に巡礼を行ってもらいますぞ」


 隣にいるカイの顔色が目に見えて蒼くなった。

 ルシカを見ると、彼女は黙って小さくうなずいた。拒否権はない、ということか。

 とにかく今は、今日という日が無事に終わることを祈るしかない。

 この祈りを聞き届けてくれる存在がいるかどうかはともかくとして。


 都の巡礼を続けているうちに、あることに気づく。議長は行く先々でおれとカイ、つまり転世者と神霊の第一の下僕のごとく振る舞いつつ、自分との関係性を強調していた。

 つまり、自らの権威づけのためにおれ達を利用していたのだ。ラトナの言った通り、このおっさんは信用しないほうがいいな。

 都の人々の様子も少しおかしかった。議事堂の議員や役所の官僚、憲兵隊長など権力を持つ連中は誰もが何かを期待するような目をカイに向けていた。これはおれの直感なんだけど、彼らの目は都の守り神を見ているというより、もっと俗物的な意図があるように感じられた。

 なんというか、エロ本の表紙を見て目を輝かせる中学生のような、そういう類の期待がこもった目をしていたんだ。もっとも、それ以上のことはわからないけど。 


 空が赤々と燃えだした頃に巡礼は終わった。最後に訪れたのは学術院という施設で、議長は院長と話があるからと残り、おれとカイ、ルシカは外に停めてある馬車へ向かった。


「お二人とも、本日は本当にお疲れ様でした」


 歩きながら、ルシカが労いの言葉をかけてくれた。


「明日も本日と同じ日程ですので、よろしくお願いします」


 それがとどめになったらしく、満身創痍だったカイは崩れ落ちるように倒れた。


「なんてむごいことを。カイになんの恨みがあるんだ」


「申し訳ありません。ですがこれも神官長が授かった御神託によるものですので」


「御神託、御神託って。じゃあ御神託だったらなんでも従えってのか。御神託でカイを殺せって言われたら、その通りにすんのかよ、なあ」


 申し訳ありません、とルシカは頭を下げる。

 結局のところ、彼女は中間管理職みたいなものなのだろう。上の命令を伝えるだけで、おそらく彼女には何も決定することはできないんだ。


「……ごめん。八つ当たりしても、仕方ないのに」


「どうかお気になさらず。とりあえず、大聖殿へ戻りましょう。まずはカイ様にしっかりと休息をとっていただかないといけませんから」


 おれはカイを抱きかかえ、馬車に戻る。

 馬車が動き出してから少したった後、おれはふと学術院で見た光景を思い出した。

 あの方法なら、カイとクウを結び付けるきっかけができるかもしれない。


「ルシカ。ひとつ頼みたいことがあるんだ。カイとクウを完全な神霊にするために、きっと必要なことなんだけどさ……」


 おれの話を聞き、ルシカは「わかりました」とうなずいた。


「それらの品は中央市場の横町通りにあると思います。大聖殿へ届けるよう手配いたしますね」


「ありがとう。たすかるよ」


「とんでもございません。神霊の成長は、都に生きるものすべてにとって喜ばしいことですから」


 そう言ってルシカは笑った。

 なんだか、初めて彼女が笑った顔を見たような気がした。

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