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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第二章 『この世界に生まれたから』
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第四話 『転世の代償』

 親が子を気にかけるのは当然だ。

 神官長が言った言葉が、忌々しいほど重くのしかかる。

 考えてみれば、おれはもといた世界では行方不明者になっているのだろう。異世界へ行くなんて誰にも言わずにここへ来たのだから。まあ、言ったところで誰も信じないだろうけど。

 親父やおふくろは、今頃どうしているだろうか。

 おれみたいな厄介者が消えてせいせいしたと思っているだろうか。

 十五年分の養育費が無駄になったと腹を立てているだろうか。

 それとも、心配しているのかな。

 突然いなくなって、不安に思ったり、悲しんだりしているのだろうか。


 ……おれは、あの人達にどう思われたいと思っているんだろう。

 わからない。


 いつの間にか壁や天井に現れていた光の玉は消え、神霊の間は夜の暗闇に満たされていた。それでも窓から差し込む月明りや星々の輝きのおかげで、ぼんやりとではあるけれど部屋の様子をとらえることはできた。

 寝台には、カイとクウが並んで眠っている。

 幸せな夢を見ているのだろうか、カイの寝顔はとても安らかなものだった。

 クウも今は落ち着いた表情の寝顔を見せている。

 暗がりのため細かなところまでは見えないが、そういう雰囲気は確かに感じとれた。


 神官長達が去ってからどれくらいの時間が経ったかはわからない。この神霊の間には時計がないからだ。時の流れを知るには、窓の外を見るしかない。

 今、窓の外に見えるのは満天の星空が輝く夜の世界だった。あとどれくらいでこの夜は終わるのだろう。見当はつかなかったが、いつかは必ず終わるということはわかった。

 おれは二人のそばに座り、夜が明けるのを待つ。


 もといた世界のことは、極力考えないようにしよう。

 今のおれがなすべきことは、この二人を守ることだ。

 成り行きとはいえ、おれはカイとクウを生み出した。生みの親としての責任がある。

 ラトナが教えてくれた通り、おれは二人と絆を結び、二人を絆で結んで、完全な神霊に成長させなければならない。そうしなければ、二人は生き残れないんだ。

 二人の安全をしっかりと確保したうえで、もといた世界のことを考えよう。

 しかし……、もといた世界とおれを結ぶ絆が鍵になる、か。

 一体何が、おれとあの世界を結んでいたんだろう。


 あれやこれやと考えているうちに、東の空が少しずつ明るくなり始めた。

 やがて窓から明るい日の光が入り込み、神霊の間の暗闇を払いのけていく。

 朝が来る。

 東の窓から見えるはるか遠くの山々の背後から、太陽がゆっくりと姿を現す。

 太陽がその姿を完全に現した時、それを合図とするようにどこからともなく鐘の音が鳴り響いた。

 この鐘の音はどこから聞こえるんだろうと思った時、寝台のほうから物音が聞こえた。

 カイが目を覚ました。カイは清らかな青い瞳をこちらに向け、どこか遠慮がちに言う。


「……あ、あの。おはよう。ソウタ」


「ああ、おはよう。えっと、その、昨日は大変だったな。具合はどう? 大丈夫か?」


「きのう? なにか、あったの?」


「もしかして、式典の時のことを何も覚えてないのか?」 


「式典に出たことはおぼえてるよ。でも、そこでなにがあったかは、よくわかんない」


「そうか……」


 いや。むしろそのほうがいいかもしれない。

 あの時のカイの様子は普通ではなかったし、カイの神言によって引き起こされただろう大混乱は今の彼に教えるべきことではないだろう。


「ねえ、どうしたの、ソウタ。顔がくらいよ。もしかして、なにか悪いことがあったの?」


「いや、その、式典の途中でカイが倒れちゃったからさ、何があったんだろうって心配してたんだ」


 うそは言ってない。しかし大切なことを隠していることにかわりはなく、少し胸が痛んだ。


「たおれたって、ぼくが? だから、なにもおぼえてないのかな……」


「大勢の人の前に出たから緊張してたんだよ。カイはあれか。あんまり人前に出るのはいやか」


 申し訳なさそうにカイはうなずく。

 まあ、人見知りで引っ込み思案なのは昨日の様子を見れば誰にでもわかることだが。

 あまり暗い話題ばかりだと気が滅入るので、少し話題を変えてみるか。


「そうそう。昨日、日が沈んだ頃にクウが目を覚ましたんだ」


「本当? ねえ、クウってどんな子だったの? ぼくのことどう思ってたの?」


 さっきまでの暗い顔がうそみたいにカイの表情は明るくなった。


「うん、まあ、かなりアグレッシブな性格だったな。カイのこともがんばって起こそうとしてたぞ」


「そうなんだ。ぼくのこと、気にしてくれたんだ。なんか、うれしいな……」


 カイは顔をほころばせ、傍らで眠るクウに目を向ける。

 そんなカイを見て、おれは真実の残酷さをこれでもかと実感した。

 そう、真実が幸せをもたらすとは限らない。幸せとは、隠された真実の上に成り立つ暖かで優しい幻のようなものなのだろう。


「でもどうして、ぼくはおきなかったんだろう。少しくらいなら乱暴にしてもいいのに」


 マウントとって怒りのままボコボコに殴りかかろうとしていたんですが。もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。


「ソウタ。どうしてぼくとクウは、おなじ時間に起きないの?」


「おれにもわからない。ただ、おれがカイやクウと絆を結び合うことで、カイとクウも絆を結び合えるってラトナが言ってたんだ。だから、何かしらの方法はあるはずだ」


「ソウタと絆を結ぶって、どうすればいいの?」


「これもラトナが言ってたんだけど、転世の代償として失ったもの、つまりおれともといた世界を結んでいた絆を取り戻すことが鍵になるらしい。ただ、それが何だったのかどうしても思い出せないんだ」


「どうしてソウタは、別の世界に行こうと思ったの? ソウタとソウタがいた世界の絆って、とても大切なものなんでしょ? それをなくしてまで、どうして?」


 カイはただ純粋に、その理由を知りたいのだろう。彼の青い瞳はどこまでも純粋で、一点のくもりや汚れは見られない。

 けれどおれは、自分がひどく責められているような圧迫感と不快感を感じていた。

 それが自分勝手な感情だと理解できていても、情けないことに、少なからず腹が立ってきた。


 ソウタ、とカイがおれの名を呼ぶ。

 見るとカイは少し表情をくもらせていた。黙り込んだおれへの気遣い、というより恐怖心によるものだろう。


「……あ、いや。なんでもないんだ。気にしなくていい」


 彼にあたったところでどうしようもないことだ。

 そもそもはおれの自己責任なんだから。


 朝の爽快な光が満ちていくにも関わらず、神霊の間の空気は重く冷たくなっていった。

 それを切り替えるように、扉をノックする音が聞こえた。


「おはようございます。ソウタ様、カイ様」


 閉じられた扉の向こうからルシカの声が聞こえてきた。

 もう一度繰り返すが、扉はまだ閉じてある。

 つまり、そういうことなのだろう。


「お食事の用意をお持ちしました。神霊の間へ入ることをお許しいただけますか」


 カイは天敵に発見された小動物のごとく寝台のシーツに潜り込む。

 おれは寝台を離れ、扉を開けた。そこには台車に二人分の食事を乗せたルシカが立っていた。それとなく周囲に目をやり、他に誰もいないことを確かめる。


「おはよう、ルシカ」


 ルシカはおれに向かって一礼する。彼女のほほには、うっすらとしたあざが見えた。


「その、昨日のよるのことなんだけどさ、あれから何かあった?」


「申し訳ありません。神官長よりその件について話してはならないと命じられています。ですが、ソウタ様やクウ様がお気になさるようなことはありませんので、どうかご安心ください」


 それで納得できるわけないだろ。と言いたかったけど言えなかった。

 結局のところ、今のおれにできることはほとんど何もないのだから。


「それと、神官長よりお二人へ本日の公務の指示が出ております。大聖殿開門の鐘が鳴ってから正午の鐘がなるまでカイ様への礼拝をおこない、その後は日没の鐘が鳴るまで都へ巡礼をしていただきます」


「その、礼拝とか巡礼ってのは、つまりカイがいろんな人と会ったり、いろんな場所へ行くってことだよな?」


 はい、とルシカはうなずく。おれはカイに聞かれないよう声をひそめて言った。


「それって、大丈夫なのか? 昨日あんなことがあったばかりなのに」


「昨日の暴風はカイ様の神言によるものだと神官長が正式に公表されました」


「まってくれ。それってカイが責められることになるんじゃないのか」


「ご安心ください。都の者達は強力な力を持った神霊がお生まれになったと喜んでいます。カイ様を非難する愚か者は一人もおりません。皆、カイ様を都を守る神霊たりえる存在として崇めております」


 それもそれでなんか嫌だな。


「それでは私はこれで。開門の鐘が鳴る前にお迎えに上がりますので、それまでにお食事をお済ませください」


 失礼します、とルシカは頭を下げて出ていった。

 扉が閉じてからしばらくした後、カイがシーツからおそるおそると顔を出す。


「……ソウタ。もしかして、また、たくさんの人の前に出なくちゃいけないの?」


 カイはおれに今にも泣きだしそうな目を向ける。


「そういうことになるな。やっぱり、人前にでるのは苦手か?」


 うん、とカイはうなずく。


「そうか。そうだな。おれも人前に出るのはあまり得意じゃない。でも、ここにいる以上、自分の役割は果たさなくちゃいけないんだ。だから、がんばるしかないよ」


 何を偉そうなこと言ってんだと自分でも思う。

 もといた世界から逃げてきたおれに、そんなことを言う資格はない。

 それでもおれは、言うしかないんだろう。


「もちろん、おれもカイと一緒に行くよ。君を一人になんかさせない」


 おれはカイのそばへ行き、彼の小さく柔らかな手をそっと握る。

 カイは、おれの手を握ったまま、顔を上げて言った。


「わかった……。ソウタが言うなら、言うとおりにする」


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