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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
序章 『春の夜の迷い子は』
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第二話 『非現実的セーラー服』

 トラックは何事もなく走り去り、おれの視界から姿を消した。

 それでも、そのトラックの姿はおれに何かしらの啓示のようなものを与えてくれた。


 いわゆる異世界転生というやつだ。


 しがらみだらけのどうしようもない現実世界から解き放たれ、剣と魔法の冒険ファンタジーな異世界へと転生し、神様的な存在から与えられたチート能力を駆使して富と名声と権力を手にし、素晴らしい仲間達と共に生きていく。


 そんな未来があるかもしれない。

 いや、きっとある。

 信じるんだ。可能性を信じて、一歩前へ進むんだ。


 そこまで思考がとんだところで、頭を抱える。

 ああ、なんてことだ。

 こんな、ひどい。

 おれはとうとう、いかれちまった。


 トラックにはねられて異世界転生だと?

 そんなもんを本気で信じて、しかも実行しようなんて奴がいたら、そいつは間違いなくサイコパスだ。


 ベンチから立ち上がり、この近くにあるコンビニを目指して歩く。

 一人でじっとしているから妙な考えが浮かんでくるんだ。

 精神に異常をきたして自殺に走るくらいなら、補導された方がまだマシだろう。


 とりあず雑誌でも立ち読みして時間を潰すか。


 しばらくして、コンビニの明かりが道の先に見えてきた。ガラス張りの壁からもれる明かりが、途方に暮れた心をなんとなく暖めてくれる。

 店の外からそれとなく店内の様子をうかがい、警察官や不良集団など有害な人種がいないかどうかを確認する。見たところその手の輩はいないようだ。一安心しながらドアへ向かう。


 とその時、店から人が出てきた。


 その人の姿を見て、おれは思わず足を止めた。

 目にしたのはほんの二、三秒だったけど、その姿は鮮明に記憶に残った。


 それは、セーラー服を着た女の子だった。

 ハーフだろうか、淡い栗色のショートヘアで、鳥の翼のように毛先が外側にはねている。

 一瞬見えた横顔はきれいに整いつつも、かすかな幼さを残していた。

 瞳の色はわからなかったが、その眼差しは驚くほどにまっすぐで意思の強さを感じさせる。

 少女は背すじをしっかりと伸び、絶望的にうすい胸を堂々と張り、一歩一歩を自信に満ちた足取りで歩いていた。


 なんとも不思議な印象を感じさせる少女だった。

 妙な言い方だけど、存在感がおかしい、というかんじがする。たとえるならアニメ映像の中に実写の人物がまじっているような、そんなかんじだろうか。


 彼女はおれに気づく素振りを見せず、どこかを目指して歩き続ける。

 そのうしろ姿はどんどん遠ざかり、小さくなり、夜の暗闇の中へ消えようとしていた。

 気がつくと、おれはごく自然に、無意識のうちに、彼女の姿を追いかけていた。


 なぜそんなことをしているのだろう。


 理由はいくつか挙げられる。

 明日の朝までの時間つぶしの足しになると思ったから。

 一瞬見えた横顔がまあまあ好みだったから。

 深夜に女の子を尾行するという行為に背徳感と快感、興奮を感じたから、などなどだ。

 しかしどれも決め手に欠けているな。


 あえて言うなら、ただ純粋に、本能的に、興味を持ったからだろうか。


 そのように思わせて、実際に行動させるだけの何かが、彼女にはあるのかもしれない。

 夜の街を、彼女は白昼堂々という様子で歩いていく。

 一方でおれは物陰に隠れつつ足音をひそめ、深夜の不審者にふさわしい挙動で彼女の後を追った。


 しばらく尾行しているうちに、彼女が来ているセーラー服に見覚えがあることに気づいた。

 それはこの学区にある県内有数の進学校の制服だった。

 おれは両親にその学校を第一志望にさせられ、そのための受験勉強を押し付けられたのだ。

 これも、何かの縁というやつだろうか。


 そんなことを考えているうちに彼女を見失いそうになり、慌てて追いかける。


 彼女は律儀にも車がまったく通っていないのに信号待ちをしていたのですぐに追いつけた。

 やはり尾行に気づいている様子はない。

 しかし、あの学校の生徒がなぜこんな夜中に一人で出歩いているのだろう。

 まったくの手ぶらなので塾や予備校の帰りというわけではなさそうだ。進学校なのでアルバイトは禁止されているだろうし、友達と遊んでいたとも考えにくい。

 親子げんかをして着の身着のまま家を飛び出し時間を持て余して途方に暮れているというわけでもなさそうだ。

 もしそうならまさに運命だが、彼女は明確な目的があって行動しているように見える。


 ではその目的は何なのか。


 やはりそれは、自分の目で確かめるしかない。



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