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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第一章 『世界に示す絆の姿』
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第十三話 『叫び』

 とりあえず、カイを説得することはできた。次の問題はクウだ。

 式典とやらが始まる前に、なんとか目を覚ましてもらわないとな。

 まあなんとかなるだろう。そんな楽観的な考えでおれはクウを目覚めさせようとした。

 そしてすぐに、これが一筋縄ではいかないことだと思い知らされた。

 思いつく限り様々な方法を試してみたが、クウは目を覚まさなかった。

 激しく体を揺さぶってみたり、耳元で何度も呼びかけてみたりしても、効果はなかった。

 体に刺激を与える方法はまだまだ思いつけたけど、神霊とはいえ女の子なので思いとどまった。たとえもといた世界の法的拘束は受けなくても、十五年の歳月にわたって培われた道徳心は良心という鎖となり、おれの心を律していたのである。

 運ばれてきた食事のにおいをかがせてみたりもしたけど、やはり目覚めなかった。食事のほうも黒っぽい固めのパンと味の薄い野菜スープだけなので、あまり食欲をそそらないのかもしれない。

 おれは一通り食べたが、カイはほとんどまったく手をつけなかった。


「食べないと体がもたないぞ」


「だいじょうぶ、だと思う。そんなに食べたいって思わないから」


 あるいは神霊とやらには食事をとる必要がほとんどないのかもしれない。


 食事をすませてからしばらくした頃に鐘が鳴る。

 鐘の音が神霊の目を覚ますきっかけになるのではと思ったけど、クウは目覚めなかった。

 もはや万策尽きた、と脱力した時、おれの頭は最後の手段をひらめいた。


 口づけだ。


 クウはまるで魔法にかかったみたいに眠っている。

 それなら口づけで目を覚ますかもしれない。実に古典的で、なおかつ実績のある手法じゃないか。

 しかし……、それを試す勇気はおれにはない。

 おそらくカイも同じだろう。


 そろそろ昼になるかなという時、鐘の音が鳴った。

 どうやら正午を告げる鐘だったらしく、ルシカが迎えにやって来た。

 ルシカは寝台で眠り続けているクウを見ると、少し落胆したように表情をくもらせた。


「ごめん。いろいろがんばってみたんだけど、どういうわけか全然起きてくれないんだ」


「いえ、とんでもありません。どうかお気になさらず……。それで、早速ですが、式典への出席をお願いできますか?」


 もちろん、とおれはカイの手を握った。ルシカはうなずくと、眠り続けているクウを抱きかかえ、部屋を出た。おれとカイも彼女の後に続いて部屋を出る。

 大聖殿の通路には武装した憲兵達と、祭具と思われる杖を持った神官達が待機していた。おれ達の警護を担当しているそうだが、脱走しないよう監視に来たというかんじがしないでもない。

 カイもそう思ったのか、おれの手を強く握り、ほとんど密着するように体を寄せてきた。


 ほとんど会話がないまま、おれ達は大聖殿の二階にある広々としたバルコニーに到着する。

 大聖殿そのものが小高い丘の上に建っているらしく、大聖殿前広場と都の街並み、都を取り囲む灰色の城壁、その奥に連なる山々と果てしなく広がる青空が見えた。

 大聖殿広場はサッカーグラウンドの倍はあろうかというくらいに広く、そこには老若男女を問わず多くの人々が集まっていた。彼らはみな、剣と魔法のファンタジーな世界に登場する一般人と同じように、落ち着いた色合いの飾り気のない簡素な服を身に着けていた。一方で頭髪の色は黒、茶、赤、金、白、そして緑や青などバラエティに富んでいる。神霊を見られるためか、誰もが妙に興奮したような表情を浮かべていた。

 バルコニーの真下からは議長の声が聞えてきた。どうやら観衆に対し式典の演説をしているらしい。都の最高権力者らしく、堂々とした声を張り上げていた。内容がすっからかんだったので、それをごまかすためなのかもしれないが。

 やがて演説が終わったらしく、おれ達はルシカにうながされてバルコニーを進み、集まっている人々に姿を見せた。

 おれ達の姿が見えてきたらしく、人々は熱狂的な歓声を上げた。

 ルシカは用意されていた椅子に眠っているクウを座らせ、静かにその場から去ろうとした。

 その時だ。

 カイの手が急に熱くなった。


「あ……、あぁ…………」


 突然、カイはうわごとのように声をもらした。


「どうしたカイ、大丈夫か?」


「いやだ……いやだ……。やめ、て。やめ、てよ……」


 カイは「やめて、やめて」とくり返し、おれの手を離して頭を抱えうずくまった。

 これはただごとじゃないと思い、おれはもう一度カイの手を握ろうとした。しかし、その手に触れようとした瞬間、沸騰したお湯に手を突っ込んだかのような強烈な熱を感じ、即座に手をひっこめた。

 この時カイは、もはや触れることすらできないほどの熱を発生させていたのだ。


「なんだよ、おい! 何がどうなって」


「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 カイの絶叫が響く。

 直後、彼の叫びを打ち消すようにどこからともなく猛烈な暴風が唸るような音と共に吹き荒れた。

 おれはバランスを崩し、その場に転倒する。なんとか立ち上がろうとするも、かつて経験したことがないほどの強烈な暴風にさらされ、まともに身動きがとれなかった。

 というか、少しでも気を抜けばバルコニーの外へ吹っ飛ばされそうで、もう、マジで恐怖しかない。

 死ぬにしても、こんな理不尽で意味不明な死に方だけはごめんだ。なんとしてでも生き抜いてやる。

 そんなことを考えているうちに、ようやく風がやんでくれた。

 おれはおそるおそる立ち上がり、カイの様子を見る。

 カイは力を使い切ったみたいに倒れ、眠っていた。目立つ外傷はなかったが、その寝顔からは痛々しいまでの苦しみや悲しみが感じられた。頬にははっきりと涙のあとが見えた。

 そうだ。クウはどうなった。

 クウは椅子から転げ落ち、仰向けになって倒れていた。やはり眠ったままで、苦しさなど微塵もないという安らかな寝顔を浮かべていた。そのすぐそばでは、ルシカが気を失って倒れていた。

 まあ、なんだ。なんやかんやでおれ達は、無事といえば無事だった。

 その一方で、広場は大変な混乱状態に陥っていた。

 大勢の人々が突如吹き荒れた暴風によってなぎ倒され、いたるところで助けを求めてもがいている人の姿が見えた。中には乱闘騒ぎを起こしている人々や、気が動転して暴れまわっている人々、大聖殿のほうに平伏して一心不乱に祈りを捧げている人々などがいた。


 ……まってくれ。どうしてこうなった。


 祈るように空を見上げ、おれは思う。

 どうやらおれは、とんでもないものを生み出してしまったらしい。


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