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いつか、おなじ空をともに  作者: 青山 樹
第一章 『世界に示す絆の姿』
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第七話 『神器』

 エポラッテのちょこまかとした耳障りな足音が遠のいていく。

 それと入れ替わるように憲兵が息を切らしながら走って来た。年は二十歳程度といったところか。軽装の歩兵という感じで、簡素な鉄の鎧と刃が十字に分かれている槍を持っている。身にまとっている衣服や装備からは、中世の欧州という印象を感じた。

 走り去ったエポラッテの姿を追うように、憲兵は通路の奥へ目をやりながら言った。


「なんだ、あの可愛らしい生き物は。妖精の類か?」


「可愛い、だと……?」


「ああ。遠目からだったが、なかなかの……、って、おいお前、その鍵はどうした!」


 憲兵の目は、おれの足元に落ちている鍵に向けられていた。


「へ? げっ! あ、いや、これはその……」


「さてはあの生き物はお前の使い魔だな! 鍵を盗ませて、脱走しようとしたんだろう!」


「いやいやいや、そんなこと、そんなこと……、ありま、せん、ヨ?」


 半分は正解なので、どうしても挙動不審になってしまう。


「だがお前、そいつは武器庫の鍵だな。牢獄の鍵はこれだ」


 憲兵は鍵束を見せる。

 あのクソ野郎、だましやがったな。

 などと悔しがっている間に、なぜか憲兵は鍵を開けた。


「さあ、出るんだ。神官長と議長、そしてルシカ様がお呼びだ。一緒に『世界樹の間』まで来てもらう。言っておくが逃げようとしても無駄だぞ。すでに大聖殿の周囲は憲兵隊が包囲しているからな」


「わかったよ。わかったからそうにらまないでくれって」


 考えれば、ここから逃げたところで行くあてはない。結局、成り行きに身をまかせるしかないんだ。

 世界樹の間とやらを目指し、うす暗い通路を歩く。

 服が濡れていた時は気づかなかったが、空気はそれほど冷たくはない。

 おれがいた世界と同じく、この世界の季節も春の後半といったところなのだろうか。


「なあ。おれはこれからどうなるんだ?」


「さあな。俺はお前を連れてくるよう命じられただけだから、何とも言えない」


「まあ、悪いことにならないよう祈っておくよ。ここは神聖な場所みたいだし」


「あまり無駄口をたたくなよ。お前の言う通り、この大聖殿は神聖な場所なのだからな」


「そうしたいのはやまやまだけど、何かしゃべってるほうが気がまぎれるんだよな。そうそう、さっきルシカのことを様づけで呼んでたけど、あの子は一体何者なんだ?」


「何を言っているんだお前は。ルシカ様は神官長の一人娘で、次期神官長となられるお方だ。都の者なら小さな子どもでも知っていることだ。そんなことも知らないのか」


「あいにくと、ここにはついさっき来たばかりでね」


「よそ者か。どこから来たんだ?」


「ここではない別世界から」


 嘘偽りなく真実を述べると、憲兵の兄ちゃんは「ぷっ」と小さくふき出した。

 まあ当然か。ふざけたことを言うな、とぶん殴られるよりはずっとましだ。


 それにしても、ルシカと神官長が親子だったとはな……。

 地下牢での様子を見れば二人の関係がどういうものなのか、大体見当がつく。

 どんな世界でも親子関係というのは難しいらしい。


 しばらくして、おれ達は広々としたドームのような場所に到着した。その中心には一本の樹木を中心に螺旋を描くように生えている四本の樹木の姿が見え、それらの樹木を頂くように円形の台座が広がり、その手前には石造りの立派な祭壇があった。

 そう。ここはおれがこの世界に『転世』して出現した場所だ。ついでに言うと、パンいちの醜態をルシカに晒した場所でもある。

 祭壇の前には神官長とルシカ、そして白髪をオールバックにした体格のいい初老の男が立っていた。おそらく彼が議長なのだろう。いかにも偉そうな、もとい威厳のある顔をしている。

 なるほどな。ここが『世界樹の間』だったのか。ということは、水鏡の中央に植えられている五本の木が世界樹ということになるのだろうな。

 憲兵の兄ちゃんは無言のまま三人に向かって一礼し、くるりと踵を返して去っていった。それを待っていたかのように、議長と思しき初老の男は苛立たし気に大股でおれのほうへと近づいてきた。


「お前が転世者を称する小僧か。私はこの都の最高権力組織である評議会を束ねる議長だ。つまり私は、この都における最高権力者であり、さらに言えばこの都における最も偉く、価値のある存在の一つなのだ。わかるかぁ?」


 そのわりには知性と品性に欠けるセリフだな、とおれは思った。

 もちろん、思うだけで口にはしない。おれには人並みの知性と品性があるからだ。


「それほどまでに尊い存在であるこの私が、貴重な眠りの時間を妨げられてまでここに来た理由はなんだと思う? え? 答えてみよ」


「はぁ、まあ、たぶんだけど」


「そう! お前だよ、お、ま、え! 転世者と称するものが現れたとの報告が入り、議長であるこの私がわざわざ駆けつけてきたのだ!」


 あ、こいつはダメだ。人と会話が成立しないタイプの大人だ。


「議長、ここからは私が話をする」


 神官長は議長を片手で制し、おれの正面に立つ。


「先ほど、私も貴様が『ぱんいちの転世者』であるという御神託を授かった」


 頼む。ぱんいちの部分は授からないでくれ。


「だが、それだけで貴様を転世者だと判断することはできない。邪法を操って転世者になりすまし、都を混乱に陥れようと企てている可能性もある。よってこれより、貴様が本物の転世者であるかを確かめるため、審判を執り行う」


 神官長はルシカのほうを向く。ルシカはうなずくと、祭壇から細長い木箱を取り出した。

 重要なものが収められているらしく、箱には赤、青、緑の三本のひもで厳重に封が施されている。

 神官長はルシカから木箱を受け取り、おれと向かい合った。


「この中には、この世界の人間には奏でることのできない特別な神器が収められている」


 神官長はひもの結び目に触れ、小声で何かをつぶやいた。すると三本のひもは生き物のようにぬるぬると動き、ほどけた。

 神官長はふたを開け、中をおれに見せる。

 中を見た時、おれはわけがわからなくなった。何かの冗談だろうとさえ思った。


 箱の中は空っぽだった。神器らしきものは、どこにも見えなかったんだ。


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