#2
「クソッ!無茶苦茶しやがって!」
結局、葉巻の女神とやらに異世界へ送られてしまったみたいだ。意識が戻ると、見渡す限りの草原にポツンと立っていた。ふざけんな!
遠くに見える街はどう考えても令和の日本じゃない。蒸せかえるような草の匂いも、自分が暮らしていた東京では珍しい。
足下に置いてあった黒いリュックの中には、愛用のライターやナイフ等々の喫煙具達、メンテナンス道具、スマホ、この世界の通貨らしき物が入っていた。
「ファンタジー感無いなぁ」
服装はいつもの普段着。それにアウトドアメーカーのリュック。現代の日本人つっていう格好じゃファンタジー感が無い。まるで、仲間と葉巻でも吸いに行くみたいだ。仲間とやった焚き火会、懐かしいなぁ。幹事は大変だったけど。
とりあえずスマホを確認すると、葉巻の女神からメールが着ていた。この世界にも携帯電話会社とかあるんだろうか?
メールの内容は、葉巻の精霊の召喚方法の説明、この世界でのスマホの機能の説明、この世界の説明、この世界の言語が分かるようになっている事、葉巻の女神や契約した精霊とはメールでやり取りできる事等が書いてあった。メル友かよ!
「敵を倒してポイントが貯まると、そのポイントを使って新しい精霊と契約できるわけね。で、契約した精霊の葉巻は吸い放題なわけか。吸い放題は嬉しいし、お得だよな。でも、完全に僕のニコチン耐性に左右される能力じゃねぇか!」
ニコチン耐性が貧弱な自分には厳しい能力だ。戦闘中にヤニクラしたら即死じゃん!ポイントを貯めて契約する精霊を増やして、戦術を広げるくらいしか思い浮かばない。
「唯一の救いは、ファンタジー世界な事か。ゲーム好きで良かった」
この世界は、いわゆるRPGにありがちな剣と魔法の世界らしい。世界が崩壊しかけてる近未来SFとかじゃなくて本当に良かった……。ゾンビと追いかけっこしながら葉巻を吸うとか死ねる!
「とりあえず、モンテクリストNo.3を召喚してみるか!ぶっつけ本番は危険だし、一人ぼっちは寂しいもんな。かわいい女の子でありますように」
リュックから愛用のシガーケースを取り出す。黒い革製で2本入りの物だ。今はモンテクリストNo.3が1本しか入っていないけど、契約した精霊が増えたら任意の2種類をセットできるらしい。その辺の設定はスマホにダウンロードされてる専用のアプリで行うそうだ。昔、そんなゲームあったなぁ。腕に装着したコンピューターで悪魔を呼び出すやつ。
「さて……」
シガーケースからモンテクリストNo.3を取り出す。ちゃんと調湿されてる。葉巻の女神だの精霊だのって名乗ってて、カラカラに乾燥してたり、過加湿になってたりしたら、絶対に許さないけどな!
「この世界での1本目も、モンテクリストNo.3か」
僕が葉巻の世界へ足を踏み入れた、記念すべき葉巻。それがモンテクリストNo.3。
転生とか魔王とか、まだ色々と納得はしてない。それでも、最初の1本はこれ以外には考えられない。
「感慨深いなぁ」
モンテクリストNo.3のヘッドにナイフのブレードをあてる。ナイフでVカットする為だ。よく調湿されているから、ちょっとの抵抗感の後、ブレードがすんなり入っていく。この感触が堪らない。
ナイフは、長く愛用しているヴィクトリノックス。このくらい刃厚が薄くて、フラットグラインドのブレードは葉巻をカットしやすいんだよね。ハンドルは、自分で鹿角を加工したものに付け替えてある。
「ライターは、やっぱりコイツだろう」
リュックからダンヒルの30周年記念ライターを取り出す。レア中のレア物で、ここぞ!という時に使うことにしている。
モンテクリストNo.3に着火して一息、紫煙を吸い込む。この世界での最初の一服だ。ここから僕の新しい一歩が始まる。始まってしまう。納得いかなくても。無理矢理にでも覚悟を決める為に、このダンヒルのライターで火を着けた。ゴールドとシルバーのツートンに30周年記念の刻印が誇らしい。嫌が応にも気分が高まるね!
そして、吸い込んだ煙を一気に吐き出して気合いを入れ、力強く叫んだ!
「来い!モンテクリストNo.3!」