VII
《Edward》
彼がミスを犯してから二週間。
エリザベスは大して変わった様子はなかった。
彼を追及するような事もせず、ただ時々妬ましそうに彼の身体を眺めるだけだった。
それなら彼女に隠すことなく堂々と食事が出来そうな気もするが、何だか咎められるような感じがして、新しい肉を調達出来ずにいた。
何を気にする必要があるのかと自問自答しながら、売り物の肉を捌いていると店のドアチャイムがカランと音を立てる。
客かと思いカウンターに顔を出すと、外出していたエリザベスが茶色い紙製の買い物袋を抱えて帰ってきたところだった。
《Elizabeth》
ただいまの挨拶もそこそこに、居住スペースである二階へ向かった。
キッチンに着くと袋から買ってきた材料を取り出す。
生クリームやラム酒、そしてチョコレート。
今日は二月十四日、バレンタインデーだ。
エドワードはそんな事など興味ないだろうが、歳若い彼女にしてみれば一大イベントである。
喜ぶ彼の姿はあまり想像出来ないし、もしかしたら受け取ってすらくれないかもしれない。
それでも愛しい相手を想いながら作ることに意味があるのだ。
小さめの鍋に生クリームを注ぎ、火にかけた。
そしてペティナイフを手首に押し当て、じわりと一本の線が浮かぶと、その滲み出た愛の雫を鍋に落とし優しく混ぜる。
白に溶け込む赤を見て、彼女は恍惚の表情を浮かべた。
《Edward》
店仕舞いを済ませて二階に戻ると、ほんのり甘い香りが漂っていた。
訝しげな顔の彼に、エリザベスが可憐に包装された小さな箱を渡す。
頭に小さなハテナを浮かべながら受け取った包みを開くと、茶色の塊がいくつか入っていた。
「何だい、これ?」
「トリュフよ」
自信満々に答える彼女に「そういう事じゃない」と返すと、やっぱりというような顔で彼女が笑った。
「ハッピーバレンタイン、エディ」
・・・あぁ、そんな行事もあったな、と思いながら少し歪なそれを一つ摘む。
「甘いものはあまり得意じゃないんだ」
そう言いつつ口に放り込むと、彼女が心底嬉しそうに微笑んだ。
その表情を見ると、たまには悪くないかなと思ってしまった。
《Elizabeth》
トリュフチョコレートを完食してから夕食作りに取り掛かるエドワードの背中を眺める。
形が歪だの甘過ぎるだの言いながらも残さず平らげてくれたのは、奥深くにある優しさだろうか。
彼の胃の中に落ちていった甘い鳶色と共に自分の一部が吸収されると思うと、とてつもなく嬉しかった。
ほんの一部でこんなにも嬉しいのに、全て食べ尽くされたら天にも昇る気持ちになるのではないか。
まぁ、その時は既に天へと召されたあとなのだが。
そんな事を考えながら、カトラリーを並べたり皿を用意したりして、美味しい夕食が出来上がるのを待っていた。
《Edward》
二人分の食事を作るのにも大分慣れ、最近はエリザベスの好みも分かってきた。
パイが好きなようで、コテージパイやパスティを作ると跳ねるように喜ぶ。
苦手なものはあまりないようだが、唯一発見したのがブラックプディングだ。
目を瞑りながら恐る恐る口につける姿が、可笑しかったのを覚えている。
「無理しなくていい」と伝えたが、彼女は首を横に振って涙目になりながらも食べた。
根は真面目な彼女だから、残すのが申し訳なかったのだろう。
それからはメニューに加えないようにしている。
「シェフ、今夜のメニューは何かしら?」
ビーフシチューを煮込んでいる鍋を覗きながら茶化すように問う彼女に、ブリティッシュパイだと答えると、彼女はきらきらと目を輝かせた。
そんな予想通りの反応に思わず笑ってしまう。
「!貴方の笑顔、初めて見たわ!とても素敵よ!」
何だか気恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じ、彼女から目を逸らし咳払いをした。
「あー・・・もう少しかかるからシャワーでも済ませておいでよ」
ひらひらと手を振ってキッチンから出るよう促すと、彼女はクスっと笑ってから、くるりと背を向け出て行った。
一人になったキッチンで頬に手の甲をあててみると、まだほんのりと熱を帯びていた。