VI
《Elizabeth》
「お嬢さんが来てから肉を買うのが楽しみになったよ。こんな素敵な女性と一緒だなんて、パーキンス君は幸せ者だねぇ」
また来るよ、といつかの老紳士が店を出て行った。
それを笑顔で手を振りながら見送るのは、淡い桃色のエプロンを身につけたエリザベスだった。
エドワードと共に暮らし始めてから、ひと月と半分。
昼間はこうやって店で接客をしている。
「そろそろ閉店だから表の灯りを消してきてくれないか」
作業場からエドワードが顔を出した。
客の言葉がお気に召さなかったようで、些か不機嫌そうだった。
《Edward》
エリザベスと少し早めの夕食を済ませてから、彼は着古したロングコートに袖を通し、愛車のキーを手に取ってガレージへと向かう。
これから彼女を、彼女の働いているパブへと送るためだ。
彼女が仕事の時は欠かさず彼が車で送迎していた。
変質者にでも襲われて、勝手に死なれては困る。
エリザベス・ナイトリーを手にかけるのは自分なのだから。
あくまで自分の為で、決して彼女の身を案じているわけではない。
「心配なわけないだろ・・・」
運転席に乗り込み、他でもない自分に半ば言い聞かせるように呟くと、準備を済ませた彼女が助手席のドアを開けた。
「いつもありがとう」と微笑んでシートベルトを締める彼女を一瞥してから、何故だか重く感じる足でアクセルを踏んだ。
《Elizabeth》
「綺麗になったな!」
注文したビールを受け取りながら、常連の男が声をかけてきた。
「前は綺麗じゃなかったってこと?」
わざとらしく唇を尖らせると、男がガハハと豪傑に笑う。
「前から綺麗だよ、あんたは。より魅力的になったってことだ。俺の連れ達も言ってたぞ」
そう言って、仲間たちの座るテーブルを指差す。
「女は恋に落ちると綺麗になるのよ」
「ほぉー。あんたが惚れるなんて相手はどんな色男だ?」
ぐいっとビールを一口あおり、口許の泡を拭いながら男が問いかけた。
「とても素敵な人よ。他の誰も代わりになれないくらいに」
エドワードを思い浮かべながら、彼女はうっとりと答えた。
《Edward》
エリザベスを送り届けてから帰宅し、キッチンへと向かう。
冷蔵庫を開けると、小柄なエリザベスでは届かない上棚の奥から瓶を取り出す。
瓶の蓋を開けると、赤いアルコールに浸かった二つの球体が彼を見ていた。
エリザベスとは違う翡翠色のそれを一つ掴み、口に放り込む。
皮の厚い葡萄のような食感を楽しみながら階段を降り、仕事用の大きな冷凍庫の中を探る。
エリザベスがいる時は'普通'の肉を使うので、彼女がいない間にする食事が彼の楽しみだった。
手のひらほどの'もも肉'を見つけ、どう調理しようか考えていると、ふとエリザベスの姿がちらついた。
「食べてくれ」という彼女を差し置いて他を食すことに、一瞬後ろめたさを感じたが、その思いを消すように頭を振り、再びキッチンへ向かった。
《Elizabeth》
「私、もう少し太った方がいいかしら?」
迎えにきたエドワードの車に乗り込み、運転席に座る彼に聞いた。
「君の体型がどうなろうと僕には関係ないと思うけど」
心底どうでもいいという表情で答え、車を走らせる。
「関係あるわ。食べるのは貴方だもの。太った方がお肉が柔らかそうじゃない?」
少しでも美味しくありたいのだ。不味い、と吐き出されては意味がない。
「僕もそう思ってたさ。実際は酸味が強くなるだけで・・・」
言葉を途切れさせた彼を見れば、しまったという顔をしている。
「ふーん、そうなの。美味しくないのね」
そう返し、窓の外に顔を向ける。
隣にいる人間が人食経験があるなんて知ったら、普通なら走行中の車から飛び降りてでも逃げ出すかもしれない。
が、彼女は特に驚きもしなかった。
食べられたい人間がいるのだから、食べたい人間だっているだろう、と。
変わり者の彼女に浮かぶ感情は驚愕でも恐怖でもなく、嫉妬だった。
これまででどれほどの人間が彼とひとつになったのだろうか。
どのように殺され、食べられたのか。
顔も名前も知らない者達を羨ましがりながら、早く自分の番がくることを願った。