Ⅴ
《Edward》
『私を食べて』
エリザベスの言葉に目を見開いた。
「あ!変な意味じゃないわ。そのままの意味よ」
変な意味でも良いけど、と彼女がはにかんだ。
「・・・そのままの意味の方がおかしいって分かってる?」
「勿論分かってるわ」
何故か得意げな彼女を見て、彼は頭を抱える。
あと少しのところで達成することは出来なかったが、確かに仕留めた後は食べるつもりでいた。
しかし相手から言われるとなんだか拍子抜けしてしまう。
溜息をつく彼の頬にしなやかな手が触れた。
その手の持ち主が今までにない真剣な顔で告げる。
「好きよ、エドワード」
《Elizabeth》
暫し間が空いてから彼が苦々しい顔で口を開く。
「悪いけど、それが被食に繋がる意味が分からない」
「私が変わってるだけよ。普通は食べられたいなんて思わないわ」
ますます眉間の皺が深くなる彼を見てクスクスと笑う。
「私は好きな人と一つになりたいだけ。死ぬまで一緒、なんて御免だわ。死んでも離れたくない。離さない」
彼女が前々から願っていたこと。愛する人に食べられること。
それを口にするのはこれが初めてだった。
言えなかったのではない。
そう思うほどの相手に出逢わなかったから。
「・・・愛だの恋だの、僕は知らないし分からない。けど君を愛していないことは分かってるし、寧ろ殺したいと思っている」
それでもいいのだ。
彼自身が'知らない'と、'分からない'と思っているなら、それでいい。
「食べてくれるならどうだっていいわ。永遠に愛してる、なんて言ってくれたところでそれを証明する術はないんだし、本当の気持ちは本人にしか分からないもの。私は私が愛した人に食べてもらえるならそれで十分。で、エディは食べてくれるの?」
幼子がおねだりするような顔でエドワードを見つめた。
《Edward》
運命だ何だと言っていたが、冗談だと思っていた。
まさか愛を伝えられるなんて思っていなかった。
その言葉に、心臓のあたりがじんわりと熱をもったことが、何故なのか分からず不快に感じていた。
「・・・・・・断る」
少し考えてから答えると彼女は残念そうに眉を寄せる。
「どうして?美味しそうじゃない?」
そういう問題ではないし、寧ろ美味そうだと思っていた。
「僕は君を殺したい。けどまだ、殺せない」
だからそれまで待ってくれ、と言い終わると同時、彼女はあの夜のように彼の首に腕を絡めた。
《Elizabeth》
「ありがとう、エディ!」
血色の悪い彼の頬に自分の頬を擦り寄せる。
まるで婚約でもしたかのように彼女の心は歓びに満ちていた。
「分かったから離れてくれないか・・・」
迷惑そうな声が聞こえて、笑いながら腕を離した。
「一緒に暮らす準備をしなくちゃ。今日は帰って荷物をまとめるわ。明日の昼頃には来れると思うから。あっ、買い物もしなくちゃ!それと、」
そう捲したてるとエドワードは狼狽えた。
表情の乏しい彼のこんな姿を見れるのは自分だけじゃないか、と思う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!意味が分からない。どうしたら一緒に暮らすことになるんだ」
あたふたとする愛しい彼につい顔が綻んだ。
《Edward》
「いい案だと思わない?一緒にいれば私を殺せるタイミングを逃さずに済むわ。貴方は殺したい時に殺して、私は早く食べてもらえる。でしょ?」
確かに彼女の意見も有りだと思うが、自分がもっとおかしくなるんじゃないかという不安もあった。
それに楽しみのことも。
変わり者の彼女に食人嗜好の事が知れれば、受け入れるどころか歓喜の舞でも踊り出しそうだ。
早く食べられたいが為に自殺でもしてしまうんじゃないか。
それは避けたい。彼女は自分の手で。
「・・・条件がある。僕が殺すまでは絶対死なない事」
言い終えるかどうかというところで再び彼女に抱き締められ、どうしてこうなってしまったのかと深い深い溜息をついた。