IV
《Elizabeth》
待ちに待った金曜日。
約束の時間よりも少し早く着いてしまった。
窓から中を覗き、客がいないのを確認すると、ウキウキしながら店内へと足を踏み入れる。
が、エドワードの姿も見当たらない。
彼は何処だろうか。
名前を呼ぶとカウンター奥のカーテンから彼が顔を出す。
「やぁ、待ってたよ」
心做しか笑っているように見える表情にほんのりと頬が熱を持つのが分かった。
「食事はもう準備できるから上で待ってて」
手招く彼の正体など知らずに、彼女は喜んで食人鬼の食卓へと招かれた。
《Edward》
食事を始めたエリザベスをじっと見ていると不意に目が合った。
「そんなに見られたら恥ずかしいわ」
彼女はそう言って照れ隠しのように口許をナプキンで拭う。
「あぁ、ごめん」
心にもない謝罪を述べ、自分も食事を口へ運ぶ。
そして再び彼女に目をやると
首を傾げ、食べかけのステーキを見つめていた。
「口に合わなかったかな?」
「ううん、美味しいわ。美味しいけど・・・何の肉?豚に似てるけど少し違う気もするし」
ワインを口に含み、彼女の言葉に目を細める。
「さぁ・・・何の肉だと思う?」
美味い、と言った肉の正体を知ったらどんな反応をするだろう。
怖がる?嘔吐する?泣き喚く?
試してみたい気持ちになったが、ぐっと欲求を抑えた。
抵抗されるのは面倒だからね。
《Elizabeth》
何の肉か気にはなったが、彼が愉快そうな表情を浮かべていたので楽しんでくれてるならいいと思う事にした。
彼女が食事を終えたのを確認してから、エドワードはグラスに残っていたワインを煽り、型崩れたソファへ腰掛けると隣に来るよう促した。
なんだか距離の縮まった彼の態度に少し困惑しつつも、まるで尻尾を振る子犬のように彼の隣へ腰を下ろす。
座ると同時に無言で肩を掴み押し倒され、ギシッとソファの軋む音がした。
この先を予想し顔を赤くする彼女だったが、自分を見下ろすひどく冷たい眼差しに、予想が外れたと気付く。
彼の白く長い指がぴたと首にまとわりついた。
「・・・さよなら、リズ」
まるで機械が話しているような
ひどく無機質な別れの挨拶だった。
《Edward》
待ちに待った時がきた。
あとは少し力を込めれば彼女は簡単に事切れる。
それなのに・・・。
強く噛み締めた唇から深紅がプツリと滲み出た。
「エディ?大丈夫?」
首に手をかけてから二、三分経ったろうか。
その間、彼女は抵抗もせずに
それどころか彼を心配するような言葉をかけた。
そんな態度に苛立ちは増したが、どうしても力が入らなかった。
鬱陶しいはずだ。迷惑なはずだ。この瞬間を待ち侘びたはずだ。
そう思っていたのと同じくらいに、自分を映す瞳を、名を呼ぶ声を、感じた体温を、どうしてだろうか、失うのは惜しいと感じた。
矛盾する不透明な心に頭を掻きむしり、ただ一つ理解していた事を吐き出した。
「お前のせいだ!」
《Elizabeth》
「お前のせいでおかしくなったんだ!訳の分からない事を言うから!頭に浮かんでくるから!僕なんかに構うから!全部お前のせいだ!」
そう言い果て、エドワードは項垂れた。
どうして、なんで、と弱々しく呟く彼の頭に手を伸ばす。
そっと柔らかな黒髪を撫でてみたが振り払う気はないらしい。
否、そんな気にすらならないのかもしれない。
「・・・君が悪いんだ」
絞り出すような声で彼女を責める。
きっと彼は知らないのだろう。分からないのだろう。
殺せない理由が。頭に浮かぶ理由が。おかしくなった理由が。
母親が幼子をあやすように頭を撫でていたが、ふとある事を思いつき、胸を弾ませた。
「ねぇ、提案があるんだけど・・・」
彼女の言葉にエドワードが静かに顔を上げた。
「今度はどんな馬鹿げた事を言う気だ?」
恨めしげな彼の眼差しに臆することなく彼女はふわりと微笑んだ。
「私を食べて」