Ⅲ
《Edward》
エリザベスを送り届けた後
適当に見つけた獲物を解体しながら考えていた。
何故仕留めなかった。しかも家まで送るなんて。
何のメリットもない行動をした自身が理解出来なかった。
獲物の脚を切り離そうとクレバーナイフを握り締める。
「あいつのせいだ・・・」
苛立ちにまかせて何度もナイフを振り下ろした。
あいつが!あの女が!馬鹿げた事を言うから!調子が狂ったんだ!
仕留めなかったのも!送ったのも!あの夜だって!エリザベスが!
ビチャ、と頬に飛んだ生暖かい赤で我に返る。
脚はとうに胴体から外れて、切口は無惨に潰れていた。
冷静になろうと一度ナイフを置き、頬を拭う。
「・・・リズ」
無意識に口からこぼれた音に、彼は苦虫を噛み潰したよう顔をした。
《Elizabeth》
まるで夢だったのではないか、と天井を見上げながら頬を抓る。
ジンとする痛みを感じると嬉しそうに記憶を巻き戻した。
一度ペースを早めたエドワードだったが、気付けばまた彼女に歩幅を(無自覚だが)合わせてくれていた。
被害者が、等と言ってはいたが案外ほっとけない性格なのだろうか。
優しさだろうがそうじゃなかろうが、彼女をときめかせるには十分だった。
目を閉じて彼を思い浮かべる。
薄い唇。アンニュイな眼差し。気だるげなテノール。
愛しのエドワードで頭を埋め尽くして
彼女は静かに夢の世界へと落ちていった。
《Edward》
一仕事終え、熱めのシャワーを浴びながら
ボーッと食のことを考えていた。
今日の獲物は喫煙者だったな。肉質はあまり良くないだろう。明日の朝食はベーコンエッグにしようか。前仕込んだ分が食べ頃のはず。
そんな事を考えていたら、ふとエリザベスの姿が浮かび、思わずシャワールームの壁を殴りつけ舌打ちをした。
あぁ、早く早く早く早く早く。
「早く仕留めないと・・・」
シャワーのコックを締め、タオルで頭をガシガシと拭く。
「彼女がいなくなれば元に戻る、きっとそうだ・・・」
自分に言い聞かせるように呟いて、いつもより疲れた身体と心を休める為にベッドへと向かった。
《Elizabeth》
窓から差し込む陽の光で目が覚めた。
うーんと伸びをして脳が覚醒するのを待つ。
もう昼前だろうか、随分寝てしまった。
起き出した頭で昨夜エドワードに渡したメモの事を考えていたら、ジリリリと電話のベルが鳴る。
期待に胸を高鳴らせ慌てて受話器をとった。
『やぁ、リズ』
受話器から流れる愛しい声につい顔が綻ぶ。
昨日の今日で電話をくれるなんて思ってもいなかった彼女は歌うような調子で返事をした。
「おはよう、エディ」
《Edward》
ざわめく心を抑え、普段通り淡々と用件を伝える。
「・・・じゃあ来週の金曜、19時に僕の部屋で」
『楽しみにしてるわ!』
上機嫌なエリザベスが言い終えると同時に受話器を置き、壁に掛かるカレンダーに目をやる。
あと六日で鬱陶しい彼女はいなくなる。
朝食のベーコンエッグを消化している胃袋の中に一週間後には彼女の一部が納まっているはずだ。
あの白い首にテグスを絡め・・・いや、彼女は僕のこの手で
喉の震えが止まるのを、エリザベスが壊れる瞬間を感じたい。
彼は殺しに快楽を見出すタイプではなかったが、エリザベスだけはただの獲物と同じに思えなかった。
あぁ、待ち遠しい・・・なんて気持ちは何時ぶりだろうか。
胸が高鳴るのは厄介払いができるからだと
冷たい指先が彼女の細首に触れる時までそう思い込んでいた。
初めての知らない感情が何なのか分からなかったし
分かっていたとしても認めたくなかったから。