Ⅱ
《Elizabeth》
運命的な出会い(?)からひと月たった頃
彼女は『パーキンス精肉店』の前で心踊らせていた。
つい先日、偶然彼の姿を見つけたのだ。
食事に誘うため、日を改めて身嗜みを整え、今に至る。
小窓から店内を覗けば、客であろう老紳士と、黙々と肉を包む無愛想な店主、エドワード・パーキンスがいた。
客が柔和な笑みを浮かべ話しかけているようだが、エドワードはニコリともせず淡々と仕事をしている。
周囲にちやほやされ、媚びへつらう姿に飽きていた彼女には、そんな彼の態度がクールというか何というか
兎に角、魅力的に思えたのだ。
客が店を出たのを見届けて、彼女は髪を整え深呼吸をした。
《Edward》
そろそろ閉店の時間だ、と時計を見るとドアチャイムがなった。
「いらっしゃ、」
店内へ入ってきた見覚えのある女に無表情だった顔が曇る。
「君の家から此処へ来る間に肉屋はあったと思うけど」
「君じゃなくてリズ!それに客として来たんじゃないわ」
コツコツと低めのヒールを鳴らしながら女が近付く。
「約束通り、食事に行きましょ」
もう閉店の時間でしょ、と嬉しそうに笑う女とは対照的に彼は深い溜息をついた。
「・・・分かった。表で待っててくれないか」
予想外の返答だったのか目を丸くする女だったが、すぐに笑顔に戻ると、分かったと店を出ていった。
今夜あたり狩りに行きたかったし、獲物の方から来てくれるなんて好都合だ。
そんな事を考えながら身支度を始めた。
《Elizabeth》
なんて素敵な日だろう。
隣を見上げると運命の相手(彼女はそう思っている)がいる。
自然と頬の緩む彼女をエドワードは怪訝そうに見下ろす。
「まさか一度目の誘いで来てくれると思わなかったわ。正直断られるかと」
「OKと言うまで何度でも来るだろう?」
よく分かってるじゃない、と笑えば
彼は何度目かのため息をついた。
向かっている店の事や、このひと月に起きた他愛ない出来事を話しても「へぇ」とか「そう」としか返ってこなかったが
たったそれだけでも彼女は嬉しかった。
媚を感じないエドワードの態度が嬉しかったのだ。
目的の店に着いた頃には、これが最後の晩餐でもいいと思うほど。
《Edward》
食事を終え、すっかり暗くなってしまった街を歩いていた。
鴨のポワレが、とかミルフィーユが、とか
女が先程食べたメニューの感想を楽しそうに話しているが
彼の耳には大して届いていない。
何処で仕留めようか、車がないから家へ招こうか
ロングコートのポケットに忍ばせたテグスを弄りながら、ただそれだけを考えていた時だった。
「エディは優しいのね」
思いがけない言葉に豆鉄砲でも喰らったように顔をし、つい足を止めた。
「優しい?僕が?」
「ええ、そうよ。歩幅合わせてくれてるでしょ?」
体格差のあるエリザベスを気遣った自覚はなかった。
「・・・なんとなくゆっくり歩きたかっただけさ」
「あの夜だって助けてくれたわ」
「・・・ただの気まぐれさ」
そう言ってバツの悪そうな顔をして歩き出した。
今度は少しペースを早めて。
《Elizabeth》
彼の店へ近付くにつれ寂しさが強まっていった。
このひと月、エドワードの事ばかり考えていた。
気付けば濡羽色の髪と金糸雀色の瞳が頭に浮かぶのだ。
一目惚れなんて経験は初めてで、彼女は本気で運命だと思っていた。
少し俯き気味で歩を止めた彼女の気持ちを知ってか知らずか、エドワードは淡々と進んで行く。
そんな彼の背を名残惜しそうに見つめていた。
が、店の前を通り過ぎても彼が歩みを止める様子はない。
「ねぇ!何処へ行くの?」
慌てて声をかけると彼が立ち止まり振り向いた。
「・・・家まで送るよ。そしたら他に助けを求めなくて済むだろ」
僕みたいな被害者が増えたら可哀想だからね、と
きまり悪そうに吐かれた言葉は
そこら辺の男の口説き文句よりも
彼女にとっては甘い愛の言葉にしか聞こえなかった。