XIII
《Edward》
ドアを叩く音がした。
「やぁパーキンス君。待たせたね」
帽子を取って挨拶をする老紳士、リチャード・ブラッドリーを出迎える。
「早速だが、電話で言っていたお願いとは何かな?」
「・・・此方に」
にこにことする彼を店の作業場へ手招き、冷凍庫の重たい鉄の扉を開く。
立ち込める冷気に紳士が目を細める。
「一体ここに何、が・・・」
口を開いたまま呆然とする紳士をよそ目に、冷凍庫の中へ足を踏み入れる。
二人でよく座っていたソファに横たわるエリザベスの冷たい頬をそっと撫でた。
彼女の首にかかるあの日渡したペンダントが、凍てつきながら鈍い輝きを放っていた。
「・・・彼女の綺麗な身体を切り刻めなかった。彼女の'食べて欲しい'という願いを叶えてあげられなかった」
ぽつり、ぽつりと話す彼の言葉を、リチャードは静かに聞いていた。
「だけど、死んでも離れたくないという思いは僕も同じなんです」
あれからどれほど涙を流しただろう。
枯れるほどに流したはずのそれがぼろぼろと溢れ出す。
「ブラッドリーさん、最初で最後の頼みを聞いてくれますか?」
《Richard》
暗い森の中、ザクザクと土を削る音だけが闇の中に響いていた。
「・・・それくらいでいいんじゃないか?」
シャベルを動かす手を止めたエドワードに手を差し出し、引き上げる。
「おっと、やはり歳には適わないな。私も手伝いたかったんだが」
ふらついた足を擦りながら自嘲気味に笑うと、彼はふるふると首を振り口を開いた。
「ブラッドリーさんにはまだやって頂く事があるので・・・」
そう言ってシルクのシーツでくるんだ'彼女'を抱きかかえると、彼は再び穴の中へ降りていった。
「パーキンス君」
此方を見上げる彼に小さな小瓶を投げ渡す。
「これは?」
「土に埋もれるより早く、あのお嬢さんに会える魔法の薬さ。私からの餞別だよ」
そう言ってウインクを飛ばすと、彼は少し笑った。
「君が笑うのは初めて見たな。いい顔だ」
「・・・彼女のおかげです」
「そうか・・・。もし気が変わったらその薬は飲まなくてもいい。それじゃあ、私は少し散歩してくるよ」
帽子を深く被り直し、恋人達に背を向けて歩き出した。
《Edward》
足音が遠ざかるのを確認してから、彼女と穴の中に横たわる。
腕枕をして、冷たい身体をぎゅっと抱き締めた。
「リズ、食べてあげられなくてごめん・・・。だけど、」
彼女の金糸の様な髪を優しく梳く。
「ずっと君の傍にいる。離れたりなんかしない。離さない。・・・リズ。そっちに逝ったら、また笑いかけて、名前を呼んでくれるかい?」
甘い毒を一気に飲み干し、色のない唇にそっとキスをした。
少しずつぼやけていく視界の中で、彼女が少し、笑ってくれたような気がした。
《Richard》
東の空が紫に染まりだした頃。
穴の中を覗くと、穏やかな顔で眠る二人がいた。
傍には空の小瓶が転がっている。
「・・・おやすみ、パーキンス君。そして名も知らぬ素敵なお嬢さん」
別れの挨拶を告げてからシャベルを握った。
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「ふぅ・・・年寄りには重労働だな」
穴を埋め終わり、腰を伸ばしてトントンと叩く。
足元から「ありがとう」と聞こえた気がして、柔らかく微笑んだ。
「そうだ、今度アイビーの苗を植えてあげよう。君達にぴったりだろう」
帽子を取って胸に当て、深々と頭を下げる。
「末永くお幸せに」
夜明け前の空に、二つの星が寄り添うように光っていた。
- fin -