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《Elizabeth》
嗚咽を漏らすエドワードの背を優しくさすっていると、くしゅん、という音がバスルームに響いた。
思わず笑うと彼が気恥ずかしそうに顔を上げる。
「ごめん、その・・・情けないな、僕は」
目を伏せる彼の頬を両手で挟み、鼻先にキスをする。
「さぁ、温かいシャワーを浴びて寝ましょう。一緒に浴びる?」
彼女の言葉を聞いた途端、彼の顔が茹でダコのように赤くなる。
彼の方がいくつか歳上だが、そんな初々しい反応が可愛らしいと思った。
「冗談よ。おやすみ、エディ」
そう言ってバスルームの扉を閉めると自身の唇にそっと触れ、遅れてやってきた胸の高鳴りを落ち着ける為に大きく息を吐いた。
《Edward》
彼女に言われた通りにシャワーを浴びながら、冷静になって考える。
食べてしまったら、きっと後悔する。
彼女に名前を呼んでもらえなくなる。
彼女の笑顔も見れなくなる。
僕の料理を食べて「美味しい」と言ってくれることも
いつも彼女より後に目覚める僕に「おはよう」と言ってくれることもなくなる。
さっきみたいに彼女に触れる事だって、
ふと先程の行為を思い出して再び顔に熱が集中する。
今まで女性を意識した事がなかった彼に、キスの経験などあった訳がない。
勿論童貞だ。
一人で取り乱して、男のくせに泣いて、しかもキスは彼女の方からで・・・
「本当・・・情けない」
濡れた髪をかきあげて、小さく溜息を吐いた。
《Elizabeth》
瞼が閉じかけた頃、錆び付いた蝶番がギィ、と小さく鳴いた。
「・・・リズ?」
「起きてるわ」
返事を返すと、エドワードが静かに部屋の中へ入ってきた。
「その、今夜は一緒に寝ても、いい、かな?」
目を逸らしながら途切れ途切れに訊ねるエドワード。
「今夜だけなの?」
「・・・これからは」
月の光が差し込むだけの部屋でも、彼の顔が赤いのは分かった。
くすっと笑いながら隣のスペースをぽんぽんと叩くと、彼はよそよそしくベッドへと入った。
元々このベッドは彼のものなのだが。
胸板に擦り寄ると、エドワードが彼女の長い髪をそっと撫でる。
その動作はぎこちなかったが、それがこの上なく心地良かった。
間もなく聞こえてきた彼の穏やかな寝息につられるように瞼を閉じた。
《Edward》
いつもより少し早く目覚めた彼は、とある喫茶店へ足を運んだ。
ステンドグラスのはめ込まれたドアを開けると、マスターであるリチャード・ブラッドリーが開店準備をしている最中だった。
彼に気付いたリチャードが人当たりのいい笑みを浮かべる。
「あぁパーキンス君か。君が来るとは珍しい。もしかして入荷のお知らせかな?」
リチャードは肉屋の常連だ。
ただし普通の客ではない。
同じく、食人嗜好家だった。
「その件で伺いました。どれだけ待っていただいても、もう入荷する事はありません」
「・・・あの美しいお嬢さんが原因かな?」
黙り込む姿を『YES』と受け取り、リチャードは嬉しそうに笑った。
「それほど愛する女性に出逢えたなんて幸せ者だな。正直心配していたんだよ。君は折角整った顔をしているのに無愛想だし、女性を食糧としか見ていなかったし、私が若い頃は・・・あぁすまない、年寄りの昔話ほど退屈なものはないな」
申し訳なさそうに笑いながら、一枚のカードを渡された。
「私の連絡先だ。何かあったらいつでも連絡するといい。君には世話になったからね」
「ありがとうございます」と言ってカードを受け取り、店を出ようとした。
「お幸せに」
投げかけられた言葉に振り返り、にこやかに手を振るリチャードにもう一度深く頭を下げた。
《Elizabeth》
エドワードの眠っていた場所に寝転がりながら、彼が戻るのを待っていた。
私を殺せなかったのは、私に惹かれているからだと。
そうは思っていたが、いざ本人の口から「愛してる」と言われた時は、心臓が爆発してしまうんじゃないかというくらい嬉しかった。
彼はいつまで愛してくれるだろうか?
私が年老いても、死んでも、彼は愛してくれるだろうか?
互いに愛し合っている今、彼に食べてもらえたら・・・。
そう思いながらも、もう少しこのまま、彼と何気ない日々を過ごしたいと思っていた。
一つになりたい。
でもそうしたら、
彼の名前を呼ぶことも
彼に見つめられることも
優しく触れられることも
もう出来なくなってしまう。
あぁ、私も矛盾しているわ
堂々巡りの考えに目を伏せていると「ただいま」と彼の声がした。
とりあえずは今この時を楽しもうと、笑顔で彼を出迎えに向かった。




