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後編「長い夜とマスター」

 所変わって、ホテルの一階にある会員制のバー。三田と先輩は、カウンターに並んで会話を交わしている。先輩は慣れた様子でリラックスしているが、三田は、もの珍しさも手伝ってか、どこか落ち着かない様子である。カウンターの向こうでは、カマ―ベストに蝶タイをしたマスターが、グラスを拭いたり氷を用意したりしながら、二人の様子をさり気なく窺っている。


「刷り上がったゲラを読んだわ。良く書けてるじゃない」

「ありがとうございます!」

「ウフフ。ねぇ……。あの話、ホントは作り話なんでしょう? 多少は事実も混ぜ込んだみたいだけど、いつもより、体験談として整いすぎよ」


 カクテルでトロンとしていた目を、急に蛇か猫のように細めて見据えると、三田は目を泳がせながら、蛙か鼠のように冷や汗を浮かべ、早口にまくしたてる。


「えっ、ヤダなぁ。そんなこと、ありませんって。ウチは『迅速に、丁寧に、真相を』がモットーなんすから。ハハハ」

「いいのよ、三田くん。ここは知らない人が来ない場所だし、あたしたち、素面じゃないもの。何を口走ったって、酔った勢いで吹いたホラだと思われるわ。だから……。素直に認めちゃいなさい」


 ひと呼吸置いてから、先輩が三田の耳元に唇を寄せて艶めいた声で囁くと、三田は一瞬、顔をこわばらせて背筋を伸ばし、すぐに先輩に向かって頭を下げ、周囲を憚るような小声で謝る。


「はい。どうも、すみませんでした」

「何が?」

「あの記事は、俺のでっち上げです。ゴメンナサイ!」

「そんな大きな声で言うことないわよ。まぁ、これで君も一皮剥けたわね。あたしと同じ」

「えっ、先輩も?」


 顔を上げた三田が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、先輩は悪戯をした子供のような表情をして言う。


「あたしも入ってすぐの頃、取材メモを失くしたことがあってね。それらしいことを書いて誤魔化したら、昨日の君と同じような反応をされたの。だから、ピンと来たのよ。経験者としてね」

「それって、大丈夫なんすか? あっ、いや。俺が言えた口じゃないっすけど」

「平気よ。ウチは、大した出版社じゃないもの。たま~に嘘八百を載せたって、誰も気付きはしないわ。それに、群衆が求めてるのは、もっともらしい虚構だもの」


 そう言って、先輩が小悪魔めいた微笑みを投げかけると、三田は首を傾げながら、ややピントの外れたたとえを口にする。


「なんか、昔の映画みたいっすね」

「あぁ、白黒のアメリカ映画ね。架空の自殺志願者になってみる? 元野球部員でしょう?」

「じょ、冗談じゃないっすよ!」


 仰け反りながら三田が首と手を左右に激しく振って拒否すると、彼の席から転げ落ちんばかりのオーバーリアクションぶりに、先輩は口元に手を添えてクスクスと笑ってから、ぺティーナイフでパイナップルに細工を施しているマスターに水を向ける。


「あら、残念。――じゃあ、マスターは?」

「謹んで、お断りします」


 爽やかな笑顔でキッパリとはねつけると、先輩は再び三田のほうを向いて釘を刺す。


「つれない返事ね。――あっ、そうそう。分かってるでしょうけど、このことは他言無用よ。それから、脚色を加えるのは、ほどほどにしておくこと。いいわね?」

「了解です。口が裂けても言いません」


 そう言ってから、三田は両手の人差し指を口の端に引っ掛け、そのまま左右に広げながら笑ってみせた。

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