中編「オフィスの先輩」
翌日の夕方。三田は、雑居ビルの窓を閉めつつ、帰り支度をしている。その彼に、軽くパーマを当ててカールさせたロングヘアが目を惹く先輩記者が声を掛ける。彼女も、同じように窓を閉めて回っている。
「今朝は、珍しく一発オーケーだったわね、三田くん。いつもはデスクの鬼に、原稿を真っ赤にされて突き返されるのに」
「えへへ。今日は一日、機嫌が良かったっすよね」
「三田くんがデスクにボツを食らわない日が来るとはねぇ。きっと、明日は雪が降るわ」
「盆休みまで半月も無いこの時期に、雪なんて降りませんって。やるときはやる男なんすよ、俺は」
「ふ~ん。まぁ、とりあえず、そういうことにしておいてあげるわ。ところで、明日の夜は暇かしら?」
最後の窓を閉め終わったタイミングで先輩が訊くと、三田は窓の外に視線を向けながら言う。
「アー、金曜日は八時から裕次郎を見る予定が」
「そう。それは、残念ね。お暇なら、ちょっとオシャレなバーに連れてってあげようと思ったんだけど」
残業の命令でないと気付いた三田は、クルッと先輩のほうを向き、餌をねだる犬のように態度を変える。
「あっ、暇です! ぜひとも、お供させてください!」
「あら、無理しなくて良いのよ? 今週の刑事たちの活躍を見届けなくちゃ」
「どうでもいいっすよ。どうせ来週になったら、明日の結末が分かるんすから。お願いしますよ、先輩。この通り!」
三田が両手を合わせて拝むような仕草をすると、先輩は、その言動の滑稽さに失笑しながら承諾した。




