雪女と武装
偶然年下男子タグをつけようとして、企画をみつけたのでお邪魔しました。
これが私の完全武装。
私はつけていたネックレスを外す。まとめていた髪をばらりと解いた。髪留めを投げ捨て、ついでにかけていた眼鏡も外す。化粧を落とした。
__ああ自由だ。
全身が弛緩していくのがわかる。
身体ごとベッドにダイブする。帰ってきてすぐつけたエアコンのおかげで、シーツは冷たく、気持ちがいい。
__私は今、暖かく柔らかくなっていく最中だ。
外では理性的で硬質な女を演じているつもりだ。メタルフレームの眼鏡、理論的な言動を心がけ、時には冷たいとさえ言われる決断をする。
仕事だ、負けられないと張り詰める。外は怖い。それを支えているのがお守りのようにつけているネックレス。そして、化粧。
私はこれでスイッチする。
昔は、切り替えが上手くいかなくて、いつでもどこでも緊張してしまった。けれども、大人になって、化粧をするようになってから、オンとオフが切り替えられるようになった。単純に、化粧は武装なのだ。特に気合いを入れなければならない時は、派手な化粧をするようになった。
電話がなって、慌てて取る。3コール以内で出るのは、もう癖みたいになってしまった。
「もしもし……」
「こんばんは。今日はオフモードなんだね」
ふふっと彼は笑った。
「なんでわかるの?」
「ちょっと声が小さい。いつも、もうちょっと大きくてパキッとしてる」
ほら、当たったでしょ? と私より年下の彼は得意げだ。
もうっと私は恥ずかしくなる。
「最近きついんでしょ?芽衣さん」
なんで、わかるんだろう。私は弱音は吐かないようにしているはずなのに。
「なんで? って思ってるでしょ。芽衣さん、オフモードの時は結構無防備だから、漏れてるよ。わかる」
彼の声は暖かくて、包み込むようだった。年下のくせに包容力があるとかズルい。なんだそれ。もう好きになるしかないだろう。好きだけど。
「ねえ」
「なあに」
「会いたいな」
__ああもう、ズルい。私だって会いたい。
「ダメ?」
「いいよ」
すぐに行くから、と彼は言った。ああ、今日は金曜日か。
「お願い。化粧しないで待ってて」
その言葉に、私は動きを止めてしまう。今まで、彼の前で化粧を取ったことはあっても、初めからしなかったことはない。
「無茶言わないでよ。」
「無茶じゃないよ。なんか今日はそのまま抱きしめてあげたい気分。ほら、俺、癒し系だし?」
癒し系なのは否定できないけど。
「ねえ、ダメ?」
彼は、たたみかけるように続ける。そんなはずないのに、上目遣いで見つめられている気がしてしまう。
「しょうがないなぁ、今日だけだからね」
そんな風に流されつつ、私は怖いのだ。彼はぐずぐずに私を溶かしてしまうから。
電話を切って、エアコンの温度を2度下げた。せめて部屋くらい冷たくしないと。私が溶かされてしまわないように。
やがて、やって来た彼は部屋に入るなり、開口一番こう言った。
「寒っ。おまたせ」
「いらっしゃい」
「なんでこんなに寒いの?」
「私が雪女だから」
__あなたに溶かされちゃうとは、言わない。
彼はキョトンとした。ああ、可愛い。
「そんなに暑いの?」
私は答えない。
「コーヒーいる?」
「いらない。芽衣さんもコーヒーはやめて。お茶にしといてよ」
そう言って彼は私の身体に腕をまわして来た。
「なんでお茶?」
「コーヒー飲んだら、芽衣さん戻っちゃうじゃん。オンモードに」
「せっかく今可愛いのに、それはなしで」
そういうもんかな?
「ネックレスも外してるんだ。珍しい」
あれは彼にもらったものだ。外で冷たく武装している私を、唯一温めてくれる心臓みたいなもの。
「えーと、ごめんね。いつもはつけてるんだけど」
「そういう意味じゃないよ。今は何もつけてなくて、嬉しい」
そう言うと、いつもペンダントトップが揺れるあたり、鎖骨の間くらいに、彼はキスをした。
「あれって、さ。お守りなんでしょ? 今日は、俺が温めるから、ネックレスの出番はなし」
私は、顔が真っ赤なはずだ。ああ、恥ずかしい。
「お茶入れるから」
名残惜しそうな彼をそっとほどいて、冷蔵庫に向かう。コップには沢山の氷を入れる。
「そんなに暑いの?」
呆れたような彼に答えた。
「だって溶けそうなんだもん」
__私が。