さらば。また逢う日まで。
主人公の性格が少しわかってきましたね。
青天の霹靂、前代未聞俺は今日までの人生をいつも通り、平和的に過ごしていた。そう、今日の朝までは。
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TV「今日の天気は晴れのち雨。一部の地域では晴れにも関わらず雷が発生する事もあるかもしれませんね。青天の霹靂…というんでしょうか。」
「…。」
俺にとってテレビというものはラジオ同然の物だ。特に忙しい朝はソファに座って寛ぎながら見るなんてことはありえない。目や手は朝食を食べるのに集中し、聴覚だけそれを聞き流しているのだ。もちろんほぼ内容は入ってこない。
「(…。今日は食パンにしてくれってあれだけ言ったのに…。)」
俺は目の前にある炊きたての飯に味付け海苔を乗せそれを箸で飯ごとつまみ、口に運ぶ。悪くは無い。というか、むしろ美味い。
だけど今日は食パンの気分だったんだよ…。
母はそんな俺の何とも言えない気持ちにも気付かずに頬を赤く染めながらマグカップに入ったジャガイモのポタージュスープを木のスプーンですくう。
「…ねぇ…のうちゃん。」
母はすくったそのスープをまたもう一度カップに戻し、神妙な顔をして濃霧の名前…あだ名を呼ぶ。母は濃霧が幼い頃からのあだ名、のうちゃんと呼んでいたクセが抜けず中学の今に至るまでこう呼んでいるのだ。
俺は味噌汁を片手に持ち、箸で底に沈んだ味噌をかき混ぜ母の顔を見た。
「何…どうしたの?」
「…。それが…」
母と濃霧の間に15秒ぐらいの沈黙があった後、母は元々大きな目をこれまた大きく開きこう言い放った。
「のうちゃん…転校することになったのよ…!」
「…!!」
そりゃあ誰しもこんな朝っぱらからいきなり転校するなんて言われたらパニックに陥るだろう。今まで仲の良い友達と過ごしていた充実した毎日。その全てが崩れ去ってしまうのだから。でも俺の場合、本当に突然過ぎてどう反応したら良いか分からなかったのだ。
「…あのさ…何それ…。そんなサプライズ的に伝えられても困るんだけど…。」
「パパの仕事がようやく決まったのよ…。それはね…それは嬉しいの。だけどよく分からないのよ。パパに聞いても、いずれ分かるしか言わないし…。まぁ…給料は良いらしいけど…」
「…え?」
母「あっ…!いや何でもない!本当に何でもないの!今日の昼には引越しの業者さんが来て…今日の夜にはこの町を出るわ…。とにかく早くこの町を出ないといけないの。最後の1日を楽しく過ごすのよ…!」
「いやいやいやっ!楽しく過ごすのよじゃないよ!?気持ちの整理もつかねぇし、それにこんな非現実的な事があるか!?今日の夜にはこの街を出る!?」
「しょうがないじゃない…!昨日の朝、パパから突然言われたのよ!ほら…私がこう…ズバっと言えないのをのうちゃんが一番知っているでしょ…?」
「…はぁああ…。」
濃霧はため息をわざと大きく吐く。せめて昨日の夜ぐらいには言ってほしかった…。父さんは色々な仕事を辞めては務めの繰り返しで、今回やっと腰を下ろす場所を決めたらしい。その度に俺の家庭は引越ししていた。中学卒業まで後数ヶ月しかないというのに、こんな微妙な時期に転校するとか前代未聞だ…。
「…。ほら!最後の日ぐらい…のうちゃんの可愛い笑顔を見せて?」
「えっへへぇえ…」
濃霧は母の髪の毛をぐしゃぐしゃと手で撫で回し、ヨロヨロと椅子から立ち上がると床に置いていたリュックを背負う。リビングのドアを開け、母の方にゆらぁっと振り返ると
「いってきまぁす…」
そう不気味な笑顔を向けドアを弱々しく閉めた。
「…。もう照れ屋さんなんだから…。」
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現入学校
……………
教室
「(こうなったらとことん楽しんでやるよ!あぁー楽しいなぁー!!超ハッピーだなぁー!!あっははぁ…あぁ…泣きそう。)」
「何お前一人で顔芸披露してるんだよ。」
一人の男子生徒が濃霧の肩を叩き話し掛けてくる。
「いつも顔芸してる奴に言われたくねぇよ。この顔面カオスが。」
「だぁっははっ…!…どういう意味だそれ。」
駄目だ。色々とショック過ぎて口から暴言しか出てこない。一旦落ち着こう…今日はいつも通り、普通に過ごす…。それがベストな今日の過ごし方だ…。
「…よしSHR始めるぞ。皆席につけ。山崎突っ立ってないで席座れ。」
「っす。じゃ、また後でな。」
「…おう。」
一体なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ…いつもそうだ。父さんは俺に直接何も言わない。ごめんな…また辛い思いをさせるな…。ぐらいは言ってもいいんじゃないか?それすらない。母さんだって父さんがどんな仕事をするのか明確には知らないようだし。そんなの本当に家族って言えるのか…?
「…皆。突然だが。回道が今日で転校することになった。」
…既に学校には伝えられていたってことか…。周りの生徒らはザワザワと小声で話し始め、近くの生徒らは濃霧に驚きの声を掛ける。
「お前マジ!?」
「なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「…悪ぃ。」
そんなのこっちが聞きてぇよ…。今の俺には
苦笑いと虚しさしか込み上げてこない。
「皆、最後の一日を回道くんと楽しく過ごすよう。」
「(…最悪だ…。)」
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放課後.
「…リュックに入らねぇ……。」
最後のHRが終わった後、生徒らがドッと濃霧の机の周りに集まり、購買の菓子やらパンやらを大量に置き始めた。パッケージにはお別れのメッセージが書かれていて、俺は久しく感じなかった感謝の気持ちが溢れた。
「…。お、焼きそばパン…よく手に入れられたな…人気なのに。ありがたいな。」
それを詰めているうちにどんどん生徒は教室を出ていく。その度に俺に別れの声を掛けてくれた。パンパンになったリュックを背負い、教室を出る。
「!」
「…濃霧…」
小学校から一緒だった女子生徒。女子友達の中でも一番親しい中だ。
「…。お前もこれから?」
「うん。帰るよ。」
濃霧より少し背の低い彼女は太陽のように笑うと茶色がかった髪の毛を揺らし濃霧と並んで歩き始めた。
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外はもうオレンジ色の空が広がっていて、ピリピリという寒気と共に頬を触る風がくすぐったかった。
「…転校するんだってね…。」
「…ん?あぁ…今日でね…。」
「…。寂しくなるなぁー。なんて…言ってみちゃったりして。」
彼女が悪戯な笑みをし、背負っていたリュックをぴょんとジャンプして背負い直した。
「…。連絡先はあるし。いつでもLINEは出来るよ。」
「そうだね…。」
「…。」
…コイツ…こんな顔するんだ…。
「ねぇ…。あのさ…。」
「…?」
彼女が何か言いたげにこちらを見た。
「…私っ」
「あ!来た!のうちゃん早く!」
「しまった時間見ていなかったな…。」
母は家の前に止められた車の側で濃霧に早くと手招く。
「そうだ…何か言い掛けてなかったか?」
「…ううん何でもないの。また連絡するね…!」
「…お、おう…。」
彼女は反対方向に歩き始めそしてクルッと振り返り、ニカッと笑う。
「またね!寂しくて泣くなよ!」
俺にピースサインをして彼女はオレンジ色の道を走っていった。その背中が妙に脳裏に焼き付いたのを俺は覚えた。
心に執着するような、妙な感情が…。
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車 乗車
「…。何か飲む?」
「…いいよ。いらない。」
「…そう。じゃあわたし飲んじゃおっと。」
右手でハンドルを握りながら座席横のドリンクホルダーへと左手を伸ばす。
「…。」
天気予報通り、外のオレンジ色がどす黒く濁っていき、やがて空が大粒の涙を流し始めた。母が即座にワイパーを作動させ、ため息を漏らす。
「やだ…雨が降ってきたわ…。私、雨の日の運転苦手なのよぉ…やだわぁ…」
「…青天の霹靂…起きなかったな…」
「…え?」
「…なんでもねぇよ。本当に…なんでもない…」
濃霧の心を鏡写しにした空は一面悲しみの海に沈んでいた。
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続く
主人公の性格が少し見えてきたのではないでしょうか?これからもよろしくお願いいたします。