番外編:駆けゆく戦場と剣鬼の最期Ⅱ 3017.02.06
一瞬、俺は解らなかった。
何が起きたのか―――不詳。
早く、理解の進展を急げ、急がねば......!
本能的な恐怖、生命の危機に立たされて尚俺はその地獄を駆けずり回っていた。
徐々に鮮明になっていく認識が最初に思うことは1つ。
俺は、是が非でも勝たねばならないのだ――――――あの魔剣に。
◇
南方戦線における特務作戦、開始より数刻ばかりが過ぎた頃。
俺を伴った討伐隊は魔族側の戦力が過密している丘陵地帯を迂回し賊の根城があると思われる森林地帯へと進軍していた。
我々の此度の目的は戦闘ではなくあくまで討伐。
戦時下に疲弊した村、時には王国軍の砦をも襲い兵糧をかすめ取っていくという盗賊団を叩くことが何よりの目的である。
その為の非正規軍、馬上から横目に見えるだけでも各自の王国軍の外套から覗く装備はボーガンや猟銃、果ては戦槌と多種多様にして無秩序的。
今後の旅費に配慮して剣二本と短弓しか持ち込まなかった自分が恥ずかしかった程である。
先の見えぬ森をひたすら進む一行。
しかし依然として賊との接触は皆無であり、それどころか敵性体の一匹たりとも遭遇出来る様子は無い。ここまで来れば経験の浅い自分でも事の異様さには気づかされる。
何も無いに過ぎるのだ、森のくせに、と。
戦争の渦中にあるにしても、だ。
耳を澄ませば聞こえそうなものである、鳥たちのさえずりが。
出会いそうなものである、朽木を踏み往く鹿たちに。
だというのに、これ程森に踏み入って尚普遍的な光景が見られないというのはおかしい話だ。
隊員の多く、傭兵や狩人らが警戒を強める中、討伐隊は木々の開けた場所へと行きつくのだった。
◇
「何なのだ、これは......!」
討伐隊の頭目、傭兵長ヴェインの漏らした驚愕の音は俺の心情を形容したかのようなものだった。
我々の前に現れた無数のそれは、堆く散らばる死体―――そのどれもが鋭利な一刀の下に横断されている。
「装備と人数からして、例の賊に間違いなさそうね?」
馬から降り、慣れた手つきで傷痕をなぞる女性がいる。
流石歴戦の猛者たちと言うべきか、意外にも大して動揺は広がっていない。
「貴殿は、確か死体漁りだったか」
「ええ、私の領分らしいわね。けどこれは、異様な......」
そう言いつつも、女性は死体の傷を端までなぞり終えると、次は隣の死体を、その次は更に隣の死体を指し示し――――――ついには茂みにあった一つの切り株までたどり着いてしまう。
「あれは―――切り株? 何か分かったのか?」
ヴェイン隊長がその台詞を言ったとき馬上の俺には見えるはずもなかったが、きっとあの女性の顔は蒼白だったに違いない。
茂みを指す指は震えが止まらないといった様子だ。
「いえ......いや、そんな! に、逃げぇ!? 皆逃げ――――――」
女性の悲鳴も、人も、馬までもが、途絶する。
その刹那、俺は確かに死んだのだ。
◇
そして現在、息を吹き返した俺はようやく周囲の状況に理解を追いつかせた。
あの女性を含む討伐隊の大半が死亡。
その全員が盗賊と同様の屍を晒している。
恐るべきことに周りの木々をも巻き込んだその攻撃は扇型に並み居る全てを切断していたのだ。
それもたった一撃。否、たった一刀で。
そんなことをやってのけられる者がいるとすれば、そいつは収束する扇状の、角に当たる場所に佇んでいる奴に違いないのだ。
視界の果てに見えるその姿は人のそれだが、その漂う畏怖の何たるや。
しかしその程度ならいざ知らず、黒く立ち込める霧も血濡れの鎧も、全てはその手に握られた黒剣の禍々しさを引き立てにしかなっていない。
そうならざるを得ないのだろう。
等しく、あの魔剣の前では。