第17話
「ねぇ、あなたたちの目的は何?」
イーナは口が聞けるようになってまず、そのことを聞いた。すると、五人の中でもまだ背が高く、イーナより少し高いくらいの背丈のドワーフが答える。
「そりゃ、なにって、この辺に来たどこかの女を誘拐して、金品かっさらって、後はどっかに売りさばくんだよ」
「へぇ……」
酷く怖いことを言われているはずなのに、なんだか、ピンと来ない。
「へぇ、って、あんた」
呆れたのか、イーナの横にいた、イーナをここまで攫ってきた男の子が思わず呟く。
「という訳だから、とりあえず、持ってる金品を出しなよ」
続けて言うが、イーナはここで、残念なお知らせを知らせなければならないことを思い出す。
「私、そういうの持ってないないわよ?」
これは、事実だった。イーナは金を持っていなかった。金貨、銀貨、その他高級な装飾品の類など、持っていなかった。あるといえば、今着ている服くらいだろうか。といっても、この服も、パーティ用の豪華な服という訳ではなく、少しお高いくらいで庶民でも頑張れば買える程度のものだし、あまり新しくもなく、売ったところで大した金にはならないことが予想できる。
「そんな訳ないだろ!」
だが、誘拐犯はそれを信じようとしなかった。何故なら、
「お前、装飾品の出店で色々と見てたじゃないか! 知ってるんだからな。だから、お前をさらったんだ!」
そう言われても、ないものはないのだ。イーナは、とにかく信じてもらえるように反論する。
「あれは、その、私の先生がいて……って、はぐれたんだ! もう! ねぇ、今からマジーネ大聖堂前の広場に行かないといけないの! はやくこの手の拘束をほどいてよぉ」
「何を訳の分からないことを! ほら、いいから、出、せって!」
誘拐犯は、イーナの服の中へ手を入れようとする。イーナは溜らず、暴れるが、それでも服の中をまさぐろうとするのをやめようとしない。
「もうっ!」
イーナは、頭をどしんとぶつけた。ガツンと誘拐犯の腹部へと見事ヒットして、そのままダウン直前に追いこむことに成功する。その思わぬ反撃に部屋の中にいた一人が、ひゅーと声をあげる。
「はいはい、やめやめ、そこまで」
パンパンと手を叩く音が聞こえた。手を叩いたのは、先ほどイーナへと何が目的かということを説明したドワーフ。
「残念ながらここに女は君しかいないんだ。仮に女でも、死ぬ気で抵抗されたらこっちも手傷を負うかもしれない。それで──こっちとしても温和に済ませたい。どうしたらいいだろう?」
その問いは、おそらく、イーナへ向けての問い。イーナは、馬鹿正直に答える。
「まずは、自己紹介をしましょう!」
誘拐犯たちに、自己紹介を求めるというのは色々と的外れな気もするが、イーナはこの人達のことを知りたかった。多分、単なる好奇心に過ぎない。だが、およそ子供ばかりに見えるこのグループが一体なんでこんなことをしているのか、イーナにはあまり見当がついていなかった。
ただの知的好奇心に過ぎないこの発言だが、誘拐犯らは、どうやら面白いと感じたようだった。
「これまで誘拐してきた金持ちのやつらは総じて命乞いをしてきた。なかなかおもしろいじゃん」
という呟きが聞こえる。次に、リーダー格らしき、先ほどまでずっと話していたドワーフが口を開く。
「俺はミンハ。分かると思うが、俺がこのグループのリーダー。年は大体あんたと一緒」
ミンハは次にイーナを攫ってきたドワーフの少年に話をするように促す。
「自己紹介なんて……どうしたんだよ、ミンハ」
「たまにはいいじゃねぇか、祭りだし」
くししと笑うミンハに、ため息を一つついて話す。
「ヒュウ。年はミンハと同じ」
簡潔な紹介だった。それに続き、残り三人もそれぞれ話す。残り三人については、ヒュウとは違い、ミンハの言うことに全く不満はないようで、むしろ、少し楽しそうだったりする。屋内は非常にくらいにも関わらず、ほんの少しほんわかした雰囲気が流れる。
「さ、次はお嬢さんの番だ」
ミンハがにこやかに言う。イーナも、自分の要望がすんなりと受け入れられた訳で、ここで自分だけ自己紹介しない訳にもいかないだろう。
「私はイーナ。ミラル王国に住んでて、今は旅行でここに来てるの」
簡潔な自己紹介だが、ミンハの懐疑心を僅かながらに払拭するのには十分に貢献する。
「よし、イーナ、満足したかな? さ、早く金目のものを出すんだ」
にっこりとした笑顔で言うミンハだが、その笑顔は、脅しの笑顔とも取れる。しかし、だからといって、イーナの懐に金目のものがないのは事実だった。
「本当にないの。……って言っても、信じてくれそうにないわね」
イーナは仕方なく観念することにした。まずは、靴を脱ぎ、次に履いていた長めの履物を脱ぐ。すらりとした生足が露わになるが、暗闇のため、さほど輝いては見えない。そこまで来て、イーナが何をやっているか気づいたミンハだが、止めることはない。代わりにヒュウが口を開いた。
「お、おい、お前、なにするつもりだよ」
「何? 脱ぐのよ」
イーナは既にスカートに手をかけている。これが脱げ落ちれば、当然下着が露わになるのだが、イーナは躊躇していなかった。イーナは、ミンハの言葉を思い出していた。恐らく、自分は、大変な目に合う可能性が高いだろう。それを回避するにはどうしたらよいのか。多分、そう、仲良しになるしかないと思っていた。
甘い、甘い考えといえよう。この目の前にいる五名のドワーフの少年たちは、日ごろからこういうことをしているのは話を聞く限り明らかだった。しかし、何の気まぐれか自己紹介に付き合うという行動を取ってくれた。それなら、これまで攫われた人達と違うことをすれば、もしかしたら違う結末になるかもしれない。イーナは頭の奥深くでそんなことを考えていた。つまり、今すべきは、仲良くなること、なのである。これまで捕まってきた人達がしてこなかった行動。
イーナがスカートに手をかけ、降ろそうとした時。
「──いいよ、もう」
ミンハがはぁとため息をついて、イーナの行動を止める。
「果たして、馬鹿なのか、天然なのか……」
ミンハはそんなことをつぶやいて、イーナに脱いだ靴などを着直すように言う。
「でも、ただで解放って訳にもなぁ……」
ミンハがつぶやき、周りのドワーフらに意見を求めるようなそぶりを見せる。それに答えたのは、グループの中でも、かなり年齢の低そうなドワーフの子供であった。
「じゃあ、おもしろい話、聞きたい!」
まさに純粋な要望。そんな遊びのような要望に、ヒュウが異論を唱えようとするが、ミンハが抑える。
「まー、まー、ヒュウ。確かに、こいつを捕まえてきたのはお前だ。でも、なんだ、たまにはこいつを楽しませてやるってのも悪くないんじゃないか? 祭り、だしなぁ」
にこにことする最年少ドワーフの笑みに負けたのか、ヒュウはフンといって、適当な場所に座る。どうやら納得したらしい。
次に考えなければいけない局面に立たされたのはイーナである。この後、自分は、面白い話、なるものをしなくてはいけない。こんな無茶苦茶な振り、これまでに経験したことなど当たり前ながらなかった。
イーナは必死に思い出す。面白い話、面白い話……。誰かがドジを踏んだ話? それとも、自分が失敗をしてしまった話? どれも、インパクトに欠ける。一体何を話せばいいのだろうか。そう悩んだイーナだったが、もはや何も思い付かない。
「さ、という訳で、どうぞ」
にこにことして言うミンハ。機嫌はとても良さそうだということが分かる。この機会を逃してはもう次はないだろうと考えても問題なかろう。
追い詰められたイーナが話し始めたのは──
「つい数日前から、私はこうやって旅行に出ててね──」
つい数日前から始まったこの旅の話だった。とっさに思い付いた人に話せるようなことがこれくらいしかなかったからだった。話している間に、ところどころで面白い話も出てくるものだろうと楽観的に、ただただ経験したことをひたすら話していく。
旅の話をするのだから、当然ながら、シリルやロジーのことも登場したし、自分が今どういう状況にいるのかということもミンハらに知られていくが、それは、仕方ないと割り切った。
最初は緊張して、どうしよう、笑ってくれるかな、と不安でいっぱいで恐る恐る話していたイーナだったが、話しているうちに、段々と自分が楽しくなっていることを感じた。ドワーフたちは、格段大きなリアクションを取っている訳ではないのだが、イーナは旅の思い出を振り返ることが出来ているようで、楽しかったのだ。
「──という訳でね、昨日この街に来てね。朝、マジーネ大聖堂を見たのよ! あれはすごい建物だわ……。皆はあの中に入ったことある?」
このサン・マジーネに住んでいる子らに対しての単純な疑問であったのだが、言ってすぐに、失言だったと気づく。この子たちは少なくとも、一般の家庭に暮らす子たちではないだろうということはなんとなく想像がついていた。そういった子たちに、マジーネ大聖堂に入ったことがあるかという問いはもしかしたら彼らの感性の地雷を踏んでしまった可能性が十分にあり得たのだ。
「あるぜ」
だけれども、ミンハの答えは、イーナの予想したものとは大きく違っていた。あっけらかんとした様子で、それどころか、自慢気な様子で言ってくる。どうやら、他のメンバーたちも入ったことがあるようで、いいでしょ~、などと言ってくる者もいる。イーナは、素直に答えた。
「いいなー! あの一番上からね、この街を、いえ、この辺り全部を見下ろしてやりたいなぁって思って。それでね──」
その後の話はあまりない。この祭りのことを少し話し終えると、ついにイーナの話は終わりを告げる。
「終わり……?」
そう聞くのは最年少ボーイ。
「う、うん」
イーナはそう答える他なかった。大した笑いが起こることは始終なかった。これは、残念ながら……。徐々にイーナの頭から希望が失われていく。
「終わり、か」
ミンハが言う。これが最後の終わりの合図かと思ったが、ミンハはさらに続ける。
「どうだった?」
ミンハが問うのは、イーナに面白い話をしてとせがんだ少年に対してだ。イーナは、なんと言われるかどきどきはらはらしている。
「おもしろかった!」
少年は、イーナの一番言ってほしかったことを口にする。ほっとする反面、何が面白かったのかいまいち理解できない。思わず、
「な、なにが?」
と、聞いてみると、少年は笑顔で返してくる。
「ぼく、この街から出たことないから!」
この時、イーナは気づいた。面白いというのは、何も、腹を抱えて笑うという意味での面白おかしいという意味だけではないということに。この子にとって、イーナの話は、物語そのものだった。自分が経験したことのないことを知ることができるという喜び、それこそが、この少年にとって面白いという感覚になりえたのである。
「ま、俺も退屈じゃなかったよ。お前が途中に寄ったっていうファローは俺とミンハの出身地だしな」
まんざらでもない様子で言うのはヒュウ。
「いい思い出は何にもないけどね」
苦笑いするのはミンハだ。
どうやら、イーナの話はなんとかこのドワーフ達に受け入れてもらえたらしい。それは、けれども、イーナの話自体が面白かったというよりは、
「君が楽しい旅をしたってのが良く伝わった」
という理由でのようだった。ちなみに、イーナが適度に可愛らしいというのもプラスポイントだったのだが、それはさすがに口に出すのは憚られたようだった。その代わりといってはなんだが、
「後、教えといてあげると、イーナが金持ちのお嬢様にしては、俺たちを見下したりしてないのも、実はポイント高いんだよ」
という事実をミンハから教えてもらう。イーナはそれまで全く意識していなかったが、一体それがどこから湧き出ている感情なのかを少し考えると、すぐに思い当たる節があった。先生、そう、常に弱い者の立場に立とうとしていたシリルの姿が頭に思い浮かぶ。
イーナは一安心して、早速、ここからしなければいけないことの要求をすることにした。
「さ、じゃあ、私を解放してくれる?」
その言葉に、ドワーフ一同は、うんと言いかける。しかし、それを止める者がいた。手を一同の前に出し、まだだめだと合図するのはヒュウだった。確かに、彼が止めるのも無理はない。せっかく見つけた獲物なのだし、それも、見つけたのは彼だ。そんなヒュウにミンハが意見する。
「おい、ヒュウ。もちろん、お前の気持ちも分かるが……」
「まぁまてって、ミンハ」
そんなミンハの言葉を遮るようにして言う。
「イーナのことは分かったよ。じゃあ、イーナは、俺たちに何をしてくれるんだ?」
「何を……って?」
イーナは、ヒュウが言っていることがいまいち理解できなかった。そんなイーナに、ヒュウはさらに付け加えるようにして説明する。
「さっきミンハが言った。俺たちに対して見下してない、ってな。じゃあ、イーナは、俺たちに何かできるのか、って聞いてるんだよ」




