第13話
ロジーは馬車の中でもやもやとした思いを重ねていた。最後に見た、オルの姿が忘れられなかった。オルは悲しい顔などしていなかった。ただ、笑顔でロジーを送り出していた。それだからこそ、忘れられなかったのかもしれない。
シリルは、そんなロジーを見て、いつも通り口少ない様子ではあるものの、表情がむっとしているということを読み取り、話しかける。
「ロジー、どうかした……?」
イーナは、何故シリルがそんなことをいきなり聞いたのか良く分からないという表情。一方のロジーはどきっとしたようで、慌てながら、考えていたことを口にする。
「先生、あの、ドワーフの子……」
「ん? あぁ、あの、客引きとかしてた、ドワーフの? 何かあったの?」
「いや、なんでも……ない」
この言い方でなんでもないということはないだろう。あまり無理に突っ込む話でもないかもしれないが、ここはもう少しだけ足を踏み入れてみても良さそうだと判断する。イーナはその様子を退屈そうに見ながら、外の景色をぼーっと見ていたりする。
「あの子、いえ、ドワーフの扱いは、皆、ああなんですか……?」
シリルはこの問いにどう返すべきなのか迷った。しかし、あまり長い時間迷っている訳にもいかず、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「いや、ドワーフだから、どうっていう話でもないよ。あの鉱山都市では、労働者階級としてドワーフが多いっていうだけで……それは、例えば、ミラル王国だったら──」
そこまで口にして、唐突に色々な過去が湧き出るように頭の中を覆いつくそうとしてきた。
流れ出るような記憶。それは、かつて自分が救おうとしてきた者たちの姿。労働者階級という言葉を発したことで、それらの記憶が怒涛のように頭の中をめぐっていた。
自分が行ってきた行動は、果たして彼らのためになっていたのだろうか。少なくとも彼らの希望にはなっていたのだろうか。だけれども、仮になっていたとしても、今の自分はもう彼らの希望ではない。そう──
「──せい、先生?」
ロジーがシリルの身体をゆする。発言が途中で止まっていたことをおかしいと思ったからだ。シリルはその声かけに我に帰り、言葉を続けた。
「あー、そう、ミラル王国だったら、ドワーフじゃなくて、同じ種族である人間だ。平民の人間たちは、その多くが労働者として労働力を搾取されているんだ、これは、変えようのない……変えようのない……事実、なんだ」
シリルが悲壮な顔で語る。シリルが、今、救えるのは、労働者ではなかった。誰も救えない、気がした。でもそれも違う。シリルは、今目の前で悩んでいる一人の少女、ロジーを救うことができる可能性を持っているのだ。
何かを感じ取ったのか、ロジーは、少し間をおいて、
「悲しい、ですね」
と述べる。
「そうなんだよ、悲しいんだ」
シリルは、その後に、だから変えたいと思うんだ、とは続けられなかった。変えなければならない、とも続けられなかった。しかしながら、悲しいというロジーが抱いた確かな感情を、しっかりと力強く肯定して支えることは出来た。
その先、ロジーがどういう判断をするのかは、シリルの操るべきところでもなければ、導く先でもない。シリルは、諦めこそしたが、革命家として活動した。では、ロジーは一体何を選ぶのだろう。
「でも、オル──いや、あのドワーフの子は笑顔で私たちを見送ってくれました……私には何ができるんでしょうか」
ロジーは迷いつつも、言葉を吐きだす。無力さをかみしめるかのような、ロジーの問い。
「…………」
だけれど、これにシリルが答えることはできない。返されるのは、沈黙。それでも、ロジーがシリルの返事を諦めていないのを見て、シリルは、なんとか返答すべき文言を絞り出す。
「色々なことを知ること、じゃないかな」
「知る……?」
ロジーは怪訝な顔で、シリルを見返す。一体何をすればよいのかと聞いて、知ることと返されたのだから無理もない。シリルは、ロジーが納得出来るように説明を付け足す。
「そう、まずは、知ること。この世界を知ること、この世界で何が起きているかを知ること、そして、なんでことが起きてるのか知ることだと、僕は思う。それが正解かは分からないけど、その正解を導きだすためにも、知らなければいけないんだ」
シリルが提示できるのは、これくらいのことだった。
だが、ロジーはその解答に大きく納得したようだった。それは、答えというよりは、答えを導きだすための答えに過ぎない。だからこそ、ロジーが納得するには十分だったのかもしれない。
これで、少しはロジーの役に立てた立ろうか、と悩みつつも、これ以上自分に出来ることはない。出来ることといえば、この先、ロジーを見守りつつも、支えていくことくらい。
そのことが正解かは分からないが、シリルは、今できることをしたのだと思っていた。
「分かった、先生。私──」
その先の言葉をロジーが発することはなかった。彼女は、何かを決意したように、しっかりと自分の中へと仕舞いこんだ。
シリルは、ロジーを少しの間見ていたが、彼女の表情がほんの少し強く先を見据えたようなしっかりとしたものになったことを見届けて、これ以上、何かを言うことは不要だと思い、ロジーの今後の成長を祈ろうと思った。
ロジーの決意とともに、馬車は数時間の旅路を終えて、ついに、最終目的地である、サン・マジーネへと到着しようとしていた。
長い旅路の末に見えてきた景色は、大きく開けた平地に広がる小麦畑。加えて、馬車がサン・マジーネに近づくにつれ、一つの特徴的な建築物が目に入る。サン・マジーネを代表する建築物──マジーネ大聖堂。
「あれ……!」
すっかり話題のなくなりかけていた馬車内に、イーナの声が響く。外の景色に表れた天まで届くかとも思えるほどの大きな建築物。シリルも実物を見るのは初めてだった。
「あれが、マジーネ大聖堂かぁ、すごいな、この距離でも見えるなんて。あの大聖堂は歴史がかなり古くてね。昔は小さな建物だったらしいんだけど、それに増築を重ねて、その間に街も大きくなっていったんだ。歴史を感じるよね~」
馬車がサン・マジーネに近づくにつれ、マジーネ大聖堂以外の建築物も見えてくる。サン・マジーネの歴史は古く、かつては一国としてこのロー半島に在った地域でもある。それを象徴するのが、今はほとんど崩壊状態にはあるが、ところどころに見える城壁跡だ。かつて、サン・マジーネ全体を取り囲んできた城壁。幾多の敵の侵入を阻み、このサン・マジーネという一つの都市を大きく栄えさせた証である。
城壁跡の内側に入ると、景色はさらに一変する。立派な頑丈そうな造りの家々が所狭しと立ち並ぶ。城壁内という土地の狭さに所以するのか、三階建て、四階建ての建築物も数多く存在している光景は、シリルの生まれ故郷ミラポリスを僅かながらに思い出させる。
「都会だぁ~!」
イーナが、子供らしい発言をする。無理もない、ずっとフィレニアという栄えているにしても、所詮はミラル王国の端に位置する街から出たことがないのだから。ミラポリスを長いこと見ていたシリルからすれば、さほど驚くほどの都会っぷりではないが、彼女たち二人にしてみれば、驚きが大きいのは自然なことだ。
三名は早速宿を探す。
何件か当たって、もう先数日間満室だということを告げられた後、ようやく一つ空室がある宿屋を見つけることに成功する。
「運がいいね、君たち。もう今日の夜から祭りの準備が始まるんだよ。明日の昼頃から、どんどん出店が出たり、色んな品評会、首都の方から来てる旅人たちのショーだとか、剣術会だとか、それはもう色々な行事が行われるからねぇ~! ああ、チラシあげるよ、これ」
宿屋の店主から祈願祭の日程などが書かれた広告をもらう。宿屋の店主の言葉には、イーナとロジーだけでなく、シリルも胸躍った。その日は旅の疲れを多少でも取るため、残りの時間はほとんどを客室で過ごすことにする。部屋は、狭いものの小奇麗で、観光地としてしっかり観光産業が整っていることを感じさせる。大きな通りに面しているため、窓から景色を見るだけでも、サン・マジーネの街を楽しむことが出来るなかなか良い部屋だった。
「よし、二人に注意事項を言っておこう」
その時間を利用して、シリルは二人に話をしておくことにした。
「この祭り、祈願祭は、本当に全国からたくさんの人が集まる。それは、人間だけじゃない。ドワーフだったり、中には、エルフも集まる。エルフは工芸品を売ったりしてるとも良く聞くね。とにかく、たくさんの人が集まるんだ」
その言葉に、二人とも目を輝かせる。
「でも! だからこそ、危険でもある。たくさんの人が集まるということは、悪意をもった人間も少なからず紛れ込んでいる可能性がある、ということ。だから、僕から絶対に離れないように!」
イーナとロジーは、素直にこくりと頷いた。
「そして、もしはぐれてしまったら、すぐに運営している人達に声をかけて助けを求めるんだ。きっと運営本部があるはずだし、そこで身の安全を守ってもらうこと。二人とも、自分の身を絶対に守って、いいね!」
これにも、二人はこくりと素直に頷いた。物分かりが良くて助かる。
「……先生! 分かりました!」
いきなり声をあげたのはイーナ。だが、それ以上にいいたいことがあるようだ。
「分かったので、その、チラシ……! 何が行われるのかを確認したいでーす!」
イーナの意識はもう完全に祈願祭の方へと向いているようだった。シリルも、その意見には賛成で、さっそく先ほどもらったチラシを見てみる。
「へぇ、一言に祈願祭って言っても色々あるんだな……」
メインはやはり遠方の色々な珍しい品が集まる青空市だろうか。
「ちなみに、僕は、エルフの森でつくられたっていう工芸品が欲しいんだよ。魔力が込められてて幸せになれるとか、なんとか」
そんなシリルをじとーっとした目で見る二人。
「……先生」
ロジーに至っては、憐みの視線を向けてくる。シリルはこれに負けじと、その憐みをなんとかしようと説教をたれてやることにした。
「お、おい! いいか、エルフってのは、本当に魔力を持ってるんだぞ!? かの民族解放戦争を無事終戦へと導いたのも、エルフの魔装部隊のおかげとも言われているし、その後も、中部地区の治安回復に尽力した魔装部隊の面々だっているんだ。だから、エルフが作った工芸品にはだなぁ──」
「もう、もういいのよ、先生!」
イーナがぽんと肩に手を置いてくる。けしからん、もう、この二人にはエルフの工芸品をじかに手に取ってもらうしかないと心に決めるシリルであった。
「私は~、やっぱり、宝石……?」
イーナが興味を持ったのは青空市の中でも、宝石装飾類の類だ。貴族らしいといえば貴族らしい一面だし、同時に女の子らしいとも言える。
「あぁ、確かに、装飾類だったらエルフの出店も多いかもしれないなぁ」
「……エルフ馬鹿……」
ロジーがぼそりとつぶやくが、シリルの耳には入っていないようだった。
「夕方くらいまでは出店、夕方からは街中央のマジーネ大聖堂の付近で大きな聖火を焚きながらの祭典、かぁ。音楽の演奏も兼ねた劇もやるみたいだね、宗教色が濃いかもしれないけれど、中部地区南部の文化の勉強としては見ておいて損はないと思うし、見ようね。それにしても、三日間も行われるのか、体力もつかな」
「私は祭り初めてなんだよね~! 先生、優しくリードしてね?」
「おいおい、変な言い方しないでくれよ、僕だって初めてなんだから」
イーナはすっかり祭りを楽しみにしているようだったし、
「……服とか、欲しいかも」
ロジーも、馬車の中でのちょっとした悩み事をシリルに相談して気持ちの整理がついたのであろう、もう陰鬱とした表情はそこにはなく、うっすらと楽し気な表情が見て取れた。
「よぉし! 二人とも、悔いのないように、しっかり楽しもうな! あぁ、三日もあるから初日から飛ばし過ぎないように」
そんなこんなで、祈願祭当日、どこをどのように見て回るのかという計画を立てたり、何をするかという計画を立てたりで、時間は過ぎていった。




