炎上商法
一昔前、俺はネット炎上というやつによく参加していた。その炎上ネタが、本当であると芯から信じていた訳じゃない。みんなでワイワイ騒ぐのが楽しかったんだ。いや、正直に言えば、テンションが上がって書き込みをしている最中は、そのネタを信じていたかもしれない。何というか、ネジが一本飛んだ状態になっちまうんだな。疑うことなんか忘れてその標的を叩いていると、自分が正義の味方みたいに思えてくるんだよ。しかも自分のそれを、多くの仲間達が肯定してくれている…… 気分が良かったね。
じゃ、どうして俺がネット炎上から足を洗ったかって? ある時にふと気が付いたんだよ。俺は何度も何度も書き込みをしている。もしかしたら、他の連中も同じじゃないか。仮に五回書き込むとしたら、実際に炎上に参加しているのは五分の一だ。一人当たりの書き込み数が多いのなら、更に少ない事になる。それで冷静になって、なんとなく冷めちまったんだよ。たくさんの仲間がいるような気になっていたが、実際に参加しているのは、ほんの数人かもしれないんだからな。
俺がネット炎上から足を洗ってしばらくが経った後の事だ。ある知合いから、こんな質問を受けた。
「なぁ、ネット炎上の参加者がよく見る掲示板とかってあるのか?」
なんでそんな質問をしてくるのか不思議だったが、俺はそいつにそれを教えてやった。まぁ、今でもそこがネット炎上に参加している連中の溜まり場になっているかどうかは分からなかったがな。
それからしばらく経った後の事だ。その溜まり場にこんな情報が流れたんだ。
「発覚! アイドルの○○は、万引きの常習犯だった。未成年の頃から、喫煙飲酒も当たり前だったらしい」
当然のように、ネット炎上参加者達はそのネタに飛びついた。情報の真偽? 多分、確かめていないと思うぞ。これは俺の私見だが、ネット炎上参加者の半分くらいは、本当にその情報を信じているが、もう半分は真偽なんてあまり関係なく参加している。まぁ、俺も同じ口だった訳だが、単に祭りが楽しいだけなんだよ。
標的になった奴が可哀想だ?
まぁ、そりゃそうなんだが、ネットをやる以上、そーいうのはどうしようもないと思うぜ。
なに? そんな事じゃ、世の中は良くならない? まぁ、そりゃそうなんだろうけどさ、なんか面倒くさいな、あんた。そーいうのは今は置いておいて、とにかく話を続けさせてくれよ。俺はそんな事が言いたいワケじゃねーんだよ。
俺はそのアイドルの炎上ネタに、何か胡散臭いものを感じていたんだ。何か嘘っぽいってぇかさ、わざと餌をやっているっていうか。そして俺は、しばらくが経って自分の勘が当たっていたって確信したんだ。
そのアイドルがある日突然に、炎上の犠牲者って事で、テレビで取り上げられるようになったんだよ。何でも万引きの常習犯だったのは同姓同名の別人で、彼女はまったくの無実だっていうんだな。だが、そこまでテレビで大きく取り上げられるのは変だ。はっきり言って、この程度のネット炎上事件は珍しくないし、普通は無名のアイドルにそこまで注目が集まるもんじゃない。しかも先に述べた俺の知合いは、芸能関係に繋がりがある。つまり、その一連の炎上事件は、炎上商法を狙って仕組まれたもの…… ま、少なくとも俺はそう考えたんだな。ネット炎上の宣伝効果ってのは馬鹿に出来ないから。
そのアイドルはテレビ画面の向こう側で泣き顔で訴えていたよ。いかにも悲劇のヒロインって感じで。まぁ、なんてぇか、“完璧な演技”だった。
ネット炎上参加者ってのは数が少ない。しかも嘘の情報に簡単に飛びついてくれて、小さな事件を大きな事件に変えてくれる。これだけの条件が揃っているのなら、その少ないネット炎上参加者達を騙して、商売に利用しようって思う連中が現れても不思議じゃない。
その後、その無名アイドルは、注目が集まって有名になった後で「ネット炎上に参加した人達も“騙されていた”という意味では被害者です。だから、名誉棄損で訴えるつもりはありません」なんてテレビで言っていたが、裁判所に訴えて詳しく調べられたら、自分達で仕組んだって事がばれるからじゃないかって俺は勘繰ったね。それを見て「天使だ」とかいう奴もいたけどさ。
もちろん、真相は不明だ。だが、一体どっちが躍らされているのか分からないってのはあると思うぞ。
「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」
ってな。
ま、俺は踊らないが。
疲れるから。
参考文献:
『ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するか 田中辰雄・山口真一 勁草書房』
この本によると、ネット炎上参加者って実は0.0X%程度の極少数らしいです。
それを知らせるだけでも十分に価値があるかな?と、思って書いてみました。