第一章1「双星姉妹」
「……は?」
それはとても冷たい目であった。
照りつける陽射しすら凍らせてしまいそうなほど冷たい目を姉に向ける。
「お姉ちゃんに向ける目じゃないわよそれ!?」
「今のお姉ちゃん……いえ柚さんには適切な目だと思います」
「名前にさん呼び!? 流石の私も傷つくよ!?」
溜息を吐きながら冷たい目を呆れた目に変えて姉の顔を見る。
「それで、異世界転生って何ですかお姉ちゃん?」
お姉ちゃん呼びに戻ったことに笑顔を咲かせ、柚は嬉しそうに答える。
「ネット小説のお決まりよ。なんのとりえもないひきこもりが異世界に転生して成り上がる。それが異世界転生……!」
「ネットと現実をごっちゃにしないでってあれほど言ったのに……。お姉ちゃんたまには言うこと聞いてよ……」
「待ってちょうだい杏。今回はマジもマジの大真面目よ」
杏からの哀れみの視線に抗議を挙げながら両手を広げ、語り出す。
「今まで週三ぐらいで杏に報告してた私の右腕に宿る黒龍が暴走したとかそういうレベルじゃないわ」
「黒龍(笑)のレベルが低脳すぎて異世界転生がマジのマジに聞こえないのが残念だよ……」
「低脳って言ったッ!? 今、低脳って言ったわね!?」
杏の肩をガッシリと掴み、前後に揺らしながら大声で抗議する。
そんな柚を杏はビンタで黙らせ嘆息しながら口を開いた。
「話が進まないからはやく進めて」
「……ねぇビンタする必要あった? お姉ちゃん言えばわかる子だよ?」
ビンタされた頬をさすり、涙目になりながら話を進める。
「で、割と冗談抜きで異世界だと思うわ。あれを見なさい」
柚が指を向けたほうには、美しい女性が歩いていた。
「……あの人がどうしたの?」
「亜人よ。あの美しさと長い耳はエルフね」
「あ、お姉ちゃん見てみて獣耳がいるよ。かわいいね」
「妹のほうがかわいい……じゃなくて話聞きなさいよ。それで晴れて異世界転生を果たした私たちですが」
真面目な顔で杏に向き直る。
いつもふざけている姉の真面目な顔に、真面目に話を聞くことにした。
「──元の世界に、帰りたい?」
「帰りたくない」
即答であった。
元の世界でひきこもりだった柚と杏に、地球など未練の欠片もないものだ。
「なら決まりね」
右手を天に掲げて大袈裟にポーズをとり、再び高らかに柚の声が木霊する。
「双星姉妹、新生活の始まりよ!」
○○○○○
双星柚はお姉ちゃん兼ひきこもりである。
歳は十五で中学二年生を即座に卒業し、ひきこもりへとジョブチェンジを果たしたダメ人間。
誰もが羨む天才であるが、ダメ過ぎても出来過ぎても生きにくいこの世界ではただ埋もれていくしかなかった。
双星杏は妹兼ひきこもりである。
歳は十五で中学二年生を即座に卒業し、ひきこもりへとジョブチェンジを果たしたダメ人間。
姉とは違う天才であるが、ダメ過ぎても出来過ぎても生きにくいこの世界では妹もただ埋もれていくしかなかった。
人の関係を断ち切り姉妹で生き続けてはや二年。
才能を無駄に浪費し、つまらなく姉妹二人で生きていた結果、
「異世界転生ってことよ」
「自分で言ってて恥ずかしくないのお姉ちゃん……。確かに杏たちは天才だけど」
「妹の恥ずかしいライン略して恥ラインがわからない……」
杏の恥ずかしさ感覚に疑問を抱きながら、柚は本題へと話を切り出す。
「まあそういうわけで、私たち姉妹はひきこもりから転生するのよ」
その一言に杏の顔に陰がかかり嫌悪感が身体を支配する。
そんな杏の様子に気づいた柚は肩に手を置きお姉ちゃんらしく優しくそして強く言う。
「私たちの才能を魅せつけ、使い果たすときが来たわ」
才能を現実に呑まれ、足を引っ張るだけの凡人に屈辱を味わされてきたその日々が杏を駆け巡った。
誰よりも優秀であり、天才であればあるほど叩かれる。
優れた才能には、優れたコミュニケーションが無くてはいけない元の世界。
そんな世界、必要ではない。
自分の大好きなお姉ちゃんを潰した世界と凡人など破滅すればいいとひたすらに杏は考えてきた。
「杏の才能をお姉ちゃんに魅せて」
その大好きなお姉ちゃんが杏にそう言った。
ならば答えは一つのみだと覚悟を決める。
「……魅せてあげるのはいいけど、杏たち一文無しに宿無し、生活するにゼロどころかマイナスからのスタートだよ?」
異世界もといひきこもりからの転生に承諾した杏を見て柚はニッコリと笑顔を浮かべた。
「それについて杏、あなたに頼むわ」
手でマネーの形を作りながら可愛らしくウィンクする。
その姿に杏は、苦笑しながら呆れた顔で姉を見た。
「カッコつけるなら最後までつけようよお姉ちゃん……」
そう言いながら杏は視線を一キロメートル先の路地裏へと向け、そして何かを確認し頷いた。
「お金を稼ぐのは杏がするよ。だから素敵なお家、探しといてねお姉ちゃん♪」
「まっかせなさい!」
柚と別れるように意外と乗り気な杏は先程確認した路地裏へと歩き出した。
少々歩き人通りの中からするりと抜けて路地裏へと入る
その路地裏は昼とは思えないほど暗く、雰囲気はどんよりと重苦しい。
その中で一際怪しい扉を見つけた。
なんの変哲もないシンプルで薄汚れた扉、しかしその扉には扉を開けるためのものが見当たらない。
扉を押しても軋む音さえ鳴りもしない。
だが間違えなく挙動不審な二人組が扉を入るのを視認した。
「まあ、杏にしか見えないけどね」
杏はその場でステップを踏み、次に起こす行動の準備をしながらここにはいない姉へ呟く。
「魅せてあげるよお姉ちゃん。杏の才能の一つを──」
杏はその場で高速回転し、扉に回し蹴りを決めた。
こじ開けられた扉の先の景色が見え、それに満足した杏は笑みを浮かべ、
「すぅみませ〜ん。ちょっといいですかぁ♡」
首輪に繋がれた裸の女とそれを握った男に甘ったるい声で話しかけた。




