第2話:悪魔
この話でやっと真実が明かされます。
「…おい。なんだよ、これ…。いったい、どういうことだよ。」
目の前の光景に少年は息をのんだ。
本当はすでに、少年は、本能で、理解していたのかもしれない。
わかっていたのかもしれない。
しかし、彼の理性はそれを理解することを拒んだ。拒否した。
自分がもう、死んでいるなんていう事実、とうてい受け入れることなんてできなかったから。
そんなことをしたら、自分はきっと、壊れてしまうとわかっていたから。
だから、彼はそれを理解する前にその場所から、駆け出した。
家以外には行く場所なんてないとわかっていたのに。この世界に彼の居場所はないのかもしれないとわかっていたのに。
…彼はただ、一人になりたかった。
◆◆◆◆◆◆ 優香の独白 ◆◆◆◆◆◆
昨日、兄さんが死んだ。
小学校6年生の私は、死ぬってことを理解はしていたけれど、それを納得することはできなかったのだろう。
だから、交通事故でぐちゃぐちゃになっていた兄さんの遺体をみたとき、私は泣いた。
あんなに優しかった兄さんが。
あんなに、いつも私のことを大切にしてくれた兄さんが。
死んでしまうような世界なんてそんな世界は信じられなかった。そんな世界なら私は要らないと思った。
兄さんがいないというそれだけで、私は世界のすべてを拒絶した。
…だから、聞いてしまったんだと思う。悪魔の言葉を。
「私がおまえの兄を生き返らせてやろう」
その言葉は甘美で、なによりも私には救いに思えて…。
兄さんが、それをした後には人間じゃなくなるってことをわかっていても。
人の魂を奪いつくす亡者になりはててしまうとわかっていても。
私は、彼と契約を結ばずにはいられなかった。
次の日の朝、私は一人でむせび泣いた。
自分のしたことの恐ろしさを思い知ったから。
悪魔との契約というのが、私にとっても、兄さんにとっても救いにならないとわかっていたのに。
それでも、契約を結んでしまった、自分の愚かさに、弱さに絶望して。
ごめんなさい、兄さん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…
◆◆◆◆◆◆
…この世界で悪魔というのは、わりとポピュラーな存在だ。
だれもがしっていて、深い悲しみと絶望さえあればだれでも(たとえ、小学6年生であっても)簡単に呼び出すことができる。
悪魔は一人にひとつ、特別な特殊能力をもち、中には、人を蘇らせることができるものさえいるらしい。もっとも、それほどの力をもつのは、悪魔の中でもSSランク以上の力をもつものだけなのだが…どうやら、今、俺の目の前にいるのは、どうやらそんな、最上位の力をもった悪魔らしい。
俺が、家をでて、あてもなく走り回っていると、そいつは目の前におりたった。
金髪碧眼。スーツまでまとった眉目秀麗なその姿は、黒い羽さえまとっていなければ、天使にも見間違えられるだろう。
ちょっと、流し目を作ってやるだけで、たいていの女は落ちそうだ。
だが、幸いにも俺は男だ。その美貌に、みとれてしまうことはなかった。
「…で?悪魔が俺に何のようだ?」
人の姿をしていて、黒い羽を持っているのは、悪魔しかいない。
俺はそいつの黒い翼をにらみつけながら、たずねた。
「何のようだ、とはずいぶんな言い草ですね。私がお前を作ってやったというのに。」
そいつは、不敵な笑みをうかべつつ、馬鹿にしたようにこたえた。
「作った?何のことだ?」
「やれやれ、いちから説明しなくてはならないとは…新しい私の手下はずいぶんと頭がかたいようですね。
いいでしょう、説明してさしあげます。
まず、最初にあなたは昨日死にました。正確にいうと、人間としてのあなたが、ですが。」
「俺が…死んだ?」
「そうです。あなたも自分の遺影を見たでしょう。あれは真実です。あなたは昨日交通事故で死にました。そして私がよみがえらせたのです。私の手下としてね。」
「俺がお前の手下だって?だれが悪魔なんていう、この世のなにもかもから嫌われるよう存在に付き従うっていうんだ。」
俺はその悪魔をあざ笑うかのように言った。
「ずいぶんな言い方をしてくれますね。あなたももはや同じだというのに。」
「同じ?どういうことだ…?まさか!」
「おや、思ったほど馬鹿でもないようですね。そうです。あなたは悪魔になりました。この世の何からも嫌われる存在に、ね。」
「そんな!うそだ!俺が悪魔なんて…」
「うそではありません。今日学校に行ったのでしょう?
まあ、私が学校中の人間にあなたが死んだという事実を忘れさせたから、あなたは学校に行くことができたのですが。
そのとき、あなたのまわりの人間のあなたに対する態度はおかしくありませんでしたか?
冷たかったり、普段はとらないような行動をとったりはしませんでしたか?」
「それは…」
「とったのでしょう。それがあなたのいう、だれからも、何からも嫌われる存在に対する人間の対応です。悪魔は悪魔であるというだけで、この世のありとあらゆるものから嫌われる。たとえ、それが親友であったとしても、心の奥底がそれとかかわることを拒絶する。私も、あなたにそんな気分を味あわせたくはなかったのですがね…」
「じゃあ、なんで!
いったい、何故俺を悪魔なんかにしたんだ!」
「しようがないでしょう。あなたを生き返らせることが、私と彼女との間の契約だったのですから。」
「彼女?」
「そうです。あなたもしっているように、悪魔が特殊能力を使うことができるのは、契約者と契約をむすんだときだけです。私たちは契約を実行するかわりに、力を得ることができる。」
「前置きはいい。それで契約者ってのはいったい、誰なんだ?」
「私と契約を結んだ者の名は…蒼井 優香。あなたの妹です。」
「そんな…」
俺はその言葉を聞いて、体が動かなくなるのを感じていた。
そのとき、俺の心の中にあったのは、どうしようもないやるせなさと、俺を悪魔にした妹への憎しみだった…
さて、前回といい、今回といい、なんとなく、暗い話になってしまいましたね。実際作者にとっても予想外の方向にすすんでいってます(汗)
こんないきあたりばったりの小説ですが、みすてないでくださるとうれしいです。