はじまりのうた 1
※TS、男性が女性に変化する作品です。苦手な方はお戻りください。
男性の皆さんは、幼いころにボーイソプラノだった時期がありましたよね。
そんな中性的な美しい歌声を失った声変わりが憎くて仕方なかった記憶があります。
それをTSさせたら、どうなるか。
IFのお話です。
「失語症……だと思われます」
白い壁に白い天井、白衣を着た人間に白い服を着た女性たち。まるで色違いの服を着ている僕たちが異物の様に感じられてしまう。だから俺は、病院が嫌いだ。
「失語症……ですか……。その、治るん……ですよね?」
母親の疲れた声が心に響く。まるで俺が要らないと言われているようで、居心地が悪かった。両親は音楽家を生業にしていて、その影響で俺も幼稚園児の頃から色んな習い事をやらされた。
そんな両親の目に適ったのは“歌”だった。
言い方が悪いかもしれないが、血統的に言っても俺は音楽家のサラブレッドだ。世界的に有名な天才音楽家である両親の間に生まれた、凡人の俺にとっては歌だけが親と子を繋ぐ絆だった。
けれど、俺は知らなかったのだ。
まさか男が成長の段階で“声変わり”なるものを経験する、絶望的な仕打ちが待っていることを。
俺はそれまで【天使の歌声】とまで言われ、何度もステージで歌ったこともあった。俺は天狗になっていたのだろうか、俺は我儘だったろうか、俺は傲慢だったろうか。
そんな天使は、成長と共にその身を堕天させた。
天才的な歌声は消え去り、音程すら禄に取れない駄声となった。最初は訓練すれば声は高いままで居られると励まされた。俺はそれを信じて、日々喉が潰れるような思いに耐えながらも必死で縋りつこうとした。
けど、駄目だった。俺の背は中学二年までの150cmをとうに超えて、既に180cmに差し掛かろうとしている。恐るべし成長期。しかし、こんなでかい体が高く美しい声を出せる訳がない。出したところで気持ち悪くて仕方がない。
それでも頑張るしかなかった。俺には歌しかなかった。ヴァイオリンも、ピアノも、トランペットも、才能が無い上に全部兄妹に持っていかれた。俺には歌でしか、親の気を引く材料が無かった。
それなのに、高校進学を控えた春休み、両親は俺に告げたのだ。
「もう、やめろ」……と。
続けて「みっともない」や、「男らしくテノールで」とか、一方的な進路変更を強要された。それもそうだろう、この親は中学卒業までは俺の歌声の回復に協力してくれたのだ。もう取り戻すことが出来ないと分かっていながら、俺の心が割り切れる時を待ってくれた。そんな優しい人達だったのだ。なのに、俺はこの時自分の事しか頭に無かった。親に要らないと言われたと判断した俺は、自らの声を、忌まわしき低音を封印した。
「それは、何とも言い難いです」
「あの、それはどうして……ですか?」
「お子さんの失語症は、身体的要因ではないのです。つまり、精神的な問題なのですよ。私達医師は、たしかに治療は出来ます。ですが精神的な原因の場合、治るかどうかは患者の意思によるものですから、なんとも言えないのですよ」
「光輝、あんた何で……」
母親が悲しそうな声を出す。それはとても美しくて、聞いていて心地が良い筈の音色なのに、哀しみに染まってしまって心をきゅうっと締め付ける程に切ないものだった。
「……………………」
俺は俯きもせず、哀しみもせず、ただ……虚ろな目で意思を見ていた。そこに感情は無く、ただ見ているだけだった。何の意思も持たない人形のように。輝いた笑顔を見せていたあの頃の天使はもういないのだ。
「光輝くんは……諦めてしまっているのでしょうね。それが何かわかりませんし、原因さえ分かればまた声が出るかもしれないのですが……お母さんが伺った話から推察するに、無理かもしれません」
はは、随分とはっきり言う医者だな、嫌いじゃないけど。
「光輝くんは、肉体的な変化に心が付いていけなかったのでしょう。本来なら時間が解決する問題でしたが、彼はボーイソプラノに執着しているようです。それを否定したあなた方両親が最大の原因とも取れますが……何より、彼の声を取り戻すのであれば外科手術、という手もあります」
「外科手術ですか?」
「はい、声を高く調整する手術です。昨今の性同一性障害による整形手術の一つですね。声を整形する手術です」
「そんな事ができるんですか?」
「不可能ではない……という程度です。最悪二度と声が出ることはありませんし、腕の良い医師が付いても、首に切り傷は残るでしょう。そして本来の声には戻らないでしょうし、最悪の場合声を完全に失う可能性もありますので、積極的にお勧めはしませんが」
「そう、ですか」
なんだか難しい話をしている。俺はもう歌声になんか興味はないのだ、だって俺は二度と声を出すことは無いのだから。二度と喉を震わせる事は無い。俺は新しく始まる高校生活に希望を持っている。空元気のような希望だが、俺はもう両親の期待を得る事は出来ないし、喉を気にかけて出来なかった事をいっぱいするのだ。
コーラの一気飲みや、刺激物の多いファーストフードめぐり。他にも色々控えている。幸いな事に、俺に友人はいないから誰の目を気にすることなく自由に遊びまわる予定だ。ぼっちとか言うなよ? 普段から歌の稽古で付き合いが無かっただけだし。べ、別に寂しくなんてねーし!
ああ、これでヴァイオリンの姉貴と、トランペットの兄貴と、ピアノの妹に、親の期待を丸投げできる。悔しいが、俺にそれを求める資格はもう無い。だから、俺は普通の人生を送らせてもらうとしよう。
この日、心に踏ん切りを着けた七原光輝は、親の愛も、家族の心配も全て無視して自らの道を決めた。
俺は、凡人王になる!
馬鹿げた冗談で、自らの悲哀を塗り固めながら。
短かったですね、すいません。PCが不調なのか。書いた文章をあの手この手でデリーとしてくるんですよ。
キーボートが悪いのかと思って外しても、一向にデリートが続いているので心が折れかかってます。ぐすん。
次は夜にでも上げますので、よければ見てやってください。
フリーディア・オンラインの方もよろしくお願いします。