アトリエへ
「おじいちゃん・・・!おじいちゃ・・・っ!」
後から、後から、涙が頬を伝って落ちていく。
目の前には、黒い棺。そこに、横たわっているのは・・・
「おじいちゃん・・・。」
そう。私、アリス・ヘデイスのお祖父ちゃんのスモーキー・ヘデイスだ。
おじいちゃんは、画家だった。素晴らしい絵を描く人だった。
姉のマーガレットと絵を見せてもらっては、その素晴らしさに魅入った。
その道では中々に有名だったらしく、個展を開くとかなりの人で賑わった。
しかし、そのおじいちゃんは、死んでしまった。
アトリエのイスに座って、キャンバスに向かい合ったまま死んでいたらしい。
今は、その、お葬式。
「おじいちゃんの絵が、大好き。」
「おじいちゃんが、大好き。」
もう、この言葉も想いも届くことはないのだろう。
「アリス。」
姉の声がした。
ゆっくりと振り向いて見ると、姉の目もまた涙で濡れている。
「姉さん・・・。」
美人で優しい姉さんは、どれだけ泣いていても美しい。
でも、自分はどうだろうか。・・・きっと、ひどい顔になっている。
「ほら、そんなに泣いちゃダメよ。お祖父ちゃんも、悲しむわ。
笑って?無理にでもいいから。ね?」
「で、でも。こん、な、ところ、で笑った、リ、したら、非常識、だ
とい、われて、、、しまうわ。」
涙でつっかかってしまい、うまく、言葉にならなかった。
「ええ、確かにそうね。けれど、おじいちゃんの前では、笑ってあげて。」
それでも姉には、言ったことが伝わったらしい。
言われて私は、再び棺の方へと顔を向け・・・笑った。
私が今できる、最上の笑顔を見せるために。
お葬式から三日後。
私たち家族は、おじいちゃんのアトリエ兼家に向かった。
遺品を整理するためだ。
最初私はいく気がせず、家に残るよう父にお願いした。
しかし、
「みんな同じ気持ちだよ、アリス。ほら、行こう。」
と言われてしまい、何も言い返せなくなってしまった。
今も馬車に揺られながら(嫌だなぁ・・・。)
と思っているところだ。
私の正面には、母が座っている。
馬車の中で目線を合わせるところがなく、窓の外を見ていた。
森の風景が変わることなく過ぎていく。
(いつもならこの森は、見るだけでとてもわくわくしていたのに)
今はただ、このまま何処かへ行ってしまいたい。という思いだった。
(そういえば・・・)
ふと、思い出すことがあった。
最後にアトリエへ行った10月頃の事。
その日もおじいちゃんの横に座って絵を描くのを見ていた。
一度筆をキャンバスの上におくと、鮮やかに絵が出来上がっていく。
その様子を飽くことなく、ずっと見ていた。
絵が一段落したのか、おじいちゃんが立ち上がった。
「アリス。喉が渇いてないかい?紅茶を入れてきてあげよう。」
「ありがとう、おじいちゃん。」
湯気が立ち上り、良い香りが辺りに漂った。
二人で、のんびりとおいしい紅茶を楽しんでいた。
その時、おじいちゃんが言ったのだ。
「そうだ、アリスの14歳の誕生日には何か
特別なものをあげようね。」
と、微笑をたたえながら。
「本当!?どんな物かしら!ねぇ、何?何をくれるの?」
「ふふ、それは誕生日まで秘密だよ。」
「え〜っ!気になるわ!」
「だからこそ、余計に楽しみだろう?
誕生日までお待ち。きっと素敵な物をあげるから。」
(あの時・・・私すっごく嬉しかったんだっけ・・・・。
すっかり忘れてたわ・・・。何をくれようとしていたのかしら?)
考えてもピンとくる物がなく、結局分からなかった。
「そうだ、父さん。おじいちゃんの家はどうなるの?」
横に座っている姉が、父に聞いた。
「そうだなぁ・・・。売りに出す、かなぁ・・・?」
私の家は所謂 お金持ちで別荘など色々ある。
だから、アトリエも別荘にすると思っていた。だが、
「う、売るの!?嫌、だめ!!売らないで!」
売られたくない。
あのアトリエが誰か他の人のものになるなんて、考えられない。
「うーん・・・。まぁ、またそのうち考えるさ。」
これでこの話は、おしまいとなった。