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僕らの終わらないドリリングディズ

作者: sbsbbb

挿絵(By みてみん)



 その昔。人々は枯渇していく地下資源の利権をめぐって、争いを繰り返していた。

 初めは小競り合い程度のものであったが、少しずつ大きくなり、遂に全世界を巻き込んだ歴史上もっとも長く大きな戦争となった。

 各国それぞれ 惜しむことなく、次々と新兵器を開発、投入していった。

 そして、それによる度重なる環境汚染の結果、地上は生物の住めない荒れ果てた世界になってしまった。

 人々は大戦の産物である、町がひとつすっぽりと入りそうなほどの超巨大ドリルを使い、まだ資源の残る地下を目指した。





 ピピピピピピピピ──


「ん……」

 目覚まし時計が朝を告げる。腕を伸ばし時計のアラームを止めるのは、今年十三になるマートノ・オージュ。通称マートン。

「んー……あと五分……」

 そう言うと再びやってきた睡魔に完敗した。


 ズドォォォン──


 下から突き上げるような衝撃によってベッドから放り出される。

「……もぉ、またかよ……」

 マートンはぼやきながら立ち上がると、ちょっと散らかった部屋のカーテンをあける。

 ざっと見たところ、本が数冊落ちている以外にこれといった被害はなさそうだった。とはいっても落ちた所には先客がおり、もうなにが落ちたかわからない。

 まだ眠たい。マートンはちょっと散らかった部屋に落ちて、だらしなく開いた本をぼーっと読んでいた。


「……年前、枯渇していく資源の利権をめぐって、争いを繰り返していた。初めは小競り合い……あ。リモコン。こんなところにあったのか」

 マートンは本に隠れていたリモコンで、テレビの電源を入れる。

 ちょっとだけ歪んだ画面の向こうで、毎度おなじみの報道官がいつものように淡々と現状を伝えている。

『……繰り返します。現在当機は岩盤地帯を通過中です。今後しばらく揺れが続くと考えられます。ご注意ください……繰り返し──』

 テレビの電源を切る。

「ホント最近多いなぁ……整備も操舵も大変なんだろうな。でもまぁ、とりあえず──」

「んー……はぁっ……僕の仕事は朝ごはん食べることかな」

 大きく伸びを一つして、マートンは部屋を出た。


「おはよう」

 母が声をかけてくる。

「おはよー」

 自分の席に着く。

 今日も食卓に父の姿はない。

「父さんはまだ?」

「まだ時間がかかりそうだって。さっき連絡があったのよ」

 マートンの父はドリルの整備士をしている。常に動き続けるドリルは入念な調整を必要とする。その為、残業、休日返上なんて日常茶飯事だ。

「でも、さすがに長くない? 今日で三日目だよ」

「……そうねぇ、お父さんのことだから“チームリーダーの自分が先に帰るわけにはいかない”なんて思ってるんじゃないかな。はい、どうぞ」

マートンの前に皿が並ぶ。今日のメニューはサラダとハムエッグ、そしてトーストが二枚。見慣れた朝食。卵は半熟が好みだ。

 マートンは自分のグラスにオレンジジュースを注ぐ。

「いただきまーす」

 いつもと日替わらない朝食を平らげ、じゃぁ、行ってくるねと薄茶色のつなぎに着替え母に声をかけた。

「いってらっしゃい」

 外へ出て、天井に描かれたお天道様にご挨拶。

「うーんっ……今日もいい天気だ」


 ここは超巨大な採掘機付都市。マートンが住んでいるのは、街をそのまま採掘機の中に移動させた居住区画で、一階層に入りきらない、区画を跨いだ区は階層を変えて配置している。

 五層構造の居住区の第三階層に住んでいるマートンは、間近に迫った『ドリルイン・ドリリングコンテスト──通称ドリコン──』に向け、二人乗りの小型ドリルを造っていた。


 コンテストはドリル機関部整備士養成学校が主催する大会で、未来の機関整備士候補を発掘、育成することが目的だ。

 優勝すれば特待生として入学することが出来る。

 整備士の父を持つマートンも当然憧れていたし、父は大きな目標だ。


 マートンの家からそれほど遠くない場所に作業小屋はある。十分もかからない距離だ。

「ん?」

 小屋の前に男が一人立っている。小柄だが、こちらに背を向けた体格はがっちりとしていた。

「あっ、もしかして……!」

 マートンは駆け出した。

「やっぱり、ファマーおじさんだ!」

 男がこちらを向き、その顔に笑みが浮かぶ。

「おぉ。マートン、元気してたか」

 ファマーはごつごつとした手でマートンの髪をがしがしとなでる。

 父と同じく機関整備士でチームリーダーをしていて、マートンの憧れの一人である。

「痛いよ、おじさん」

 口ではそう言っていたが、その顔には笑みが浮かんでいた。

「しばらく見ない内にまた大きくなったなぁ」

「しばらくって、おじさん。最後に会ったの二週間くらい前だよ」

「あれっ、そうだっけか」

 ファマーはがはははっと豪快に笑う。

「それにしてもまたケイトに似てきたなぁ」

「そうかなぁ? 母さん似って言うのはおじさんだけだよ。ところで、おじさんは何しに来たの?」

 マートンはそう尋ねると、ファマーは一瞬キョトンとした顔をしたが、おぉ、そうだったと言って、ここに来た理由を話しはじめた。

「実はな、お前の親父に頼まれたんだよ。ちょっと様子を見てきてくれって」

「えっ、父さんが……?」

「あぁ、もう少しかかりそうだから代わりにって」

 そう言うと大きなあくび。

「最近、岩盤が多いからな。最近は残業ばかりだよ……ふぁぁっ……んで、どうなんだ。調子は」

「うーん……八割ってところかなぁ……今回はちょっと小さめしたんだ。三メートルくらいかな」

 マートンはぽりぽりと頭をかく。

「それでも二人で組むには大きいだろう。間に合いそうか?」

「うん、それは大丈夫」

「おっ、頼もしいな」

「今年はなんだかいける気がするんだ」

「おっ。これまた頼もしいな」

「それで今日は足りない部品を買いに行こうって話になってて」

「あー、もしかして。あの子がそうか?」

 ファマーは左手で円をつくり望遠鏡を覗く様な仕種をする。

 その視線の先にはマートンと同じ薄茶色のつなぎを着た少女の姿がいた。少女は長い髪を背中でまとめていた。

「さて、お仲間が来たのなら私は退散しようかな。じゃぁな、マートン。大会楽しみにしてるぞ」

 そう言うとファマーは大きなあくびをしながら立ち去っていった。それと入れ替わるように少女──ミリーがやってくる。

「おはよ、マートン」

「おはよう、ミリー」

 二人は軽く挨拶をし、鍵を開け、中に入った。

 薄暗い小屋の中央に一台の掘削機が鎮座していた。まだ外装が装着されず、中のケーブルが剥き出しになっている所もいくつかあった。

 年期の入った小屋の壁や天井には小さな穴が開いていて、ちらちらと光が差し込む。

 マートンは小屋の明かりをつけると隅に置かれた机へ向かい、机の上のメモを手にする。

「さて、じゃぁ、今日も始めますか! まずは買出し!」


 二人は二階層の一角にある部品屋を目指して小屋を出た。

 階層の移動はエレベータを使い、小屋から往復三時間もかかる。

「ねぇ、ミリー。ケーブルだったらいつものショップでも買えるんじゃない? 別に降りてこなくてもさ」

「いいのよ。私はあのショップに行きたいの」

 今回はミリーが部品を買う店を決めた。

「あれ? ねえマートン。あそこにいるのって」

「あっ、ゴリだ」

 マートンの声が聞こえたのか、ゴリがこちらを向いた。ゴリというのはその体格からマートンがつけたあだ名で、彼、トーマ・トーマセスト・トーマスは第二階層からドリコンに参加するチームのリーダーである。

「よぉ、マートノ・オージュ。今年も参加するんだってな。今年は救助隊なんて呼ぶんじゃねぇぞ?」

 マートンが何か言おうとしたがミリーがそれをさえぎる。

「そんなことより自分のことを心配しないさいよ。人にちょっかいばかりかけてると、あんたもまた去年みたいになるよ」

 ミリーはそう言ってマートンをつれて、トーマの横を通り抜けようとした。

「今年は大丈夫!」

体格相応の大声に二人は少しドキっとする。

「何たってうちにはこいつがいるんだからな!」

「ん……?」

 マートン振り返ると、トーマの陰に隠れるようにして少年が立っていた。

 トーマは少年を前に押し出すと、自慢げに紹介した。

「こいつがうち期待の新人、ヤー・ヤンセルだ! まだ十才なんだぜ!」

 自分の子供を自慢するような言い方に、ヤーは複雑な表情を浮かべた。

「トーマさん。そんな会う人皆に言わなくても……」

「良いじゃないか別に。未来のエース、ヤー・ヤンセルの名前を今から皆に覚えてもらわねーとな」

 得意げに話すトーマを、ミリーはさらっと無視してヤーに尋ねる。

「はじめまして、私はミリー。こっちの人はマートン。ヤー・ヤンセル君? 君は何を担当してるの?」

「えっと、せ、設計をしてます」

「十才で設計かぁ。すごいなぁ。でも、こんなのがリーダーだと大変だろう?」

 マートンはトーマを指差して言う。

「おい、マートノ・オージュ、変なこと言うな!」

 トーマが声をあげる。

「えっと……やめて下さい。二人とも」

 ヤーが小さく声をあげる。

「大丈夫、いつものことだから。すぐ終わるわよ」

 ミリーが言う。

「まぁ、冗談はこのくらいにしてと。行こ、ミリー」

 マートンは店の中へ入っていく。

「ほらね」

 ミリーはそう言うとマートンの後を追って、ショップへ入った。

 中は普段行くショップと同じような雰囲気だった。棚に並んでいる工具にネジやビス。特別変わった所は――

「見て見てマートン! この子カワイイ! やっぱりこのお店じゃないとダメねっ」

「なにが?」

「ほら! 見てこのドライバー! この、なんていうの? ここ。マイナス部分からグリップにかけて丸い棒になるでしょ? その両端の尖った部分からグリップまでのこのライン! カワイイでしょ! カワイイよね!?」

「マイナスドライバーが!?」

 びっくりしたマートンは声が裏返ってしまう。


 鉄色のお花畑に包つまれているミリーが、徐々に青ざめ始めているマートンをグイグイ引っ張り、それほど広くもない店を三週する頃には、マートンには理解できない鉄色のカワイイ世界が袋いっぱいに広がっていた。


「これは買いすぎじゃないかな? もうわけわかんないや」

「ダメねマートン。だからお子様なのよ。あんなゴツゴツしたドリルじゃ優勝なんてできないの。見てこれ! このキーの差し込み口。ここ可愛くない!?」

 ミリーの指はキーの差し込み口あたりを指している。

「ここからここまでが外側に出っ張る部分よね。ほら、この端からここまでの丸み。うんうん。これも買おっと」

 もうわけわかんなくなっているマートンが、ミリーの鉄色のお花畑で出来た夢のトンネルを抜けると、そこはもう小屋の前だった。

 それぞれ違う意味でふわふわしている二人は小屋の鍵を開けて中に入ると、ライトで照らされているドリルの前に立った。

「そ、それじゃあ始めようか」

 その言葉にミリーはすぐさま反応して、ようやく組み上がりつつあるドリルの各パーツを素早く、的確に交換して行った。

「ちょっ、ちょっとまってミリー」

「どうかした?」

ミリーは手を止めずに返事をした。

「細かい所は後にしようよ」

「うーん」

 口を尖らせるミリー。マートンのお目当てのパーツは、ショップを早足で連れ回されている二週目の途中で、手を伸ばしてようやく手に入れたものだ。

 ガサガサ音をたてながら袋からケーブルを取り出すと、配線をつなげていく。

「ミリー、そこのスパナとって」

「はい、どうぞ。」

「ん、ドライバーも」

「はい。これでいい? はぁ、ちょっと待って」

 美しいカーブに見えるらしいドライバーを見つめるミリー。

「あ、ごめん。はいドライバー」

 少し沈黙した後、腰を落として作業をするマートン。三歩ほど離れたところからミリーが言う。

「組み上がったら、今度はちゃんとテスト掘削したいね」

「うん……そだね」

 去年は時間が足りなくて、ろくにテストもせず出場した。結果は散々で、数メートル掘ったところでエンジン停止、ハッチも開かず、ドリルを解体して救出された。

「よし。ありがとうミリー。あっ、ちょっと離れてて」

 マートンは散らかった工具を片付け、ぎりぎり二人が乗れる狭いコクピットに上半身だけ潜り込ませた。


ブォオオン――


 二人乗りの小さなドリルは、見かけによらない大きなエンジン音で回転し始める。

「いい音ね! マーートン!!」

「なに!!??」

「だーかーら!! 奇麗なエンジン音ねって言ったの!!」

「ドリルのペイントは!完成してからだよミリーーー!!」

「マートン! エンジン切って!!」


キィィン……


 結局会話にならなくてイラっとしたミリーは、マートンをドリルから引きずりだしてエンジンを切った。


「耳鳴りがする……でも。いい仕上がりね」

 少しイラだちが収まったミリーと

「うん、今年はいけるよ。今回のドリルはちょっと初心に帰って設計から見直してみたんだ。もともとは───」

 酔いしれるマートン。

 外はもう暗くなっていた。時計が十九時を回ると夜の時間だ。薄暗い程度にライトを弱め、電力消費を抑える。

 就寝の妨げにならないように、この夜の時間には採掘機付都市のドリルも掘削速度を落とす。

 十分に満足したマートンは、ミリーに帰ろうかと持ちかけ、ミリーも合意した。

「それじゃぁ、明日は外でテストしよう。学校に行けばテストさせてくれるよね、確か」

「うん。ちょっと早めに来て運び出す準備しないとね。ちゃんと起きないさいよ? マートン」

 二人は小屋に鍵を掛けながら話し、解散した。

 マートンは興奮が冷めないまま家に付き、興奮が冷めないままご飯を食べて、興奮が冷めないままなのでよく寝付けなかった。

 朝六時、外はゆっくりと明るくなる。

 本日マートンは小さな勝利を納める。目覚まし時計が鳴る前にスイッチをオフにしたのだ。

「ふあぁあ、あんまり寝れなかったな」

 散らかった部屋をよろめきながら足の踏み場を探し、部屋を出た。

「おはよー」

 マートンは席に着く。

「おはよう。早いのねマートン」

 朝食の準備をしている母は冷蔵庫からハムと卵を取り出しながら続けた。

「さっき父さんから連絡あったわ」

「父さん、なんだって?」

「今日いっぱいかかるみたい。マートンがコンテストに出るっていうのに。今回も無理かしらね」

「しかたないよ。そういう仕事なんだし。僕もそれを目指してるもん。それより今日は学校の校庭を借りてテスト掘削する予定なんだ」

 マートンはチラリと時計に目をやる。

「朝ご飯はいいや! もう出かけるよ!」

 椅子が倒れそうになるくらいの勢いで立ち上がると、部屋に鞄を取りに行き、すぐに家を出た。


 いつもの道をいつもより速くかつかつと歩くマートンは昨日の興奮が蘇ってきていた。

 最後は少し小走りになって、息を切らしながら小屋についた。いつもの半分の時間だ。

「よっしやるぞー!」

 小屋と学校はそれほど遠くはないのだが、そのままでは運べないので、いくつかに分解して運ぶ。

 当然車なんてものはなく、大きめの荷車を用意した。

 マートンはつなぎに着替え、いくつかの工具を鷲掴みにすると、昨日ミリーが中途半端に付け替えた計器回りの交換を始める。

 岩盤用レーダー、計器など、マートンのサポートをするのがミリーの役割だ。

 そこぐらいは交換してあげようとテーブルの上に置いたままになっている鉄色のお花畑の中の一輪の花を取り上げる。

 それほど数のないレーダーと計器の交換。それでも全て交換するには結構な時間と集中力が必要だった。

 ヘッドフォンをつけ、シャカシャカ音楽を聞きながら続けているマートン。その集中力メーターが振り切らんばかりになった頃、勢いよく扉があいた。

「はぁはぁ、ごめんマートン!っはぁはぁはぁ」

 汗だくで現れたミリーは振り向きも返事もしないマートンの背中に続けて言う。

「すぐ着替えるね!」

 築何十年も経っている小屋には少し優しくないミリーの扉の開け閉めは、そう遠くない未来に答えを出してくれそうだ。

 小屋に入ってきた勢いのまま“自称”ミリーの更衣室に飛び込んだミリーは急いでつなぎに着替え始める。

「終了っと!」

 他人様にご迷惑をかけるほどの大音量で音楽を聴いていたマートンが、ミリー登場の事実を知る由もなく、“自称”ミリーの更衣室にある冷蔵庫に向かうため扉を開けた。

「ちょ!!」

「うぉあ!!??」

「ちょっと何考えてんのよ!」

「ぇ! ちが!」

 なにかいろいろ飛んできたと思う。三つ目までは見えた。そこから先は目の前が美しいカーブで飾られた鉄色一色に染まって覚えていない。


「もう、怒ってないってばマートン。ねぇ、私も手伝うから。遅刻したし」

「う、うん。わかったよ。」

 ちょっと正気になったマートンは、部屋の隅に置いてある荷物を指さす。

「じゃあテーブルに置いてある工具箱と隣の段ボールを荷台に運んでおいてくれないかな」

「わかった。やっとく」

 三分割されたドリルは、小屋と学校間の往復の順番を待ち、少しずつ学校へ運ばれた。

 全ての機材を運び終わった後に気づき、マートンがあわてて校内施設と校庭の使用許可を取りにいったが、逆にまだテストしてないことについて適度にお説教も頂戴した。

「どうだった? 使っていいって?」

「……お説教のおまけ付だったけどね」

「なにそれ。それより早くしないと。もうお昼よ」

 解体と数回の往復で時刻は昼を回っていた。

「ふたりでかかればすぐ終わるよ」

 マートンの言う通り、解体にかかった時間より早く組み上げた。

 途中、コクピット内で作業していたミリーが、計器全てが自分好みのパーツに交換されているのに気づき、ちょっとした一人お祭り騒ぎになっていた。そのせいかミリーの動きが今までに類を見ないほど早くなり、それも時間短縮につながった。

 クレーンで作業台からドリル専用の台に乗せ変え、校庭に運び出す。

 今まで骨組みだけだったドリルに外装も付けられ、見た目はもう完成だ。あとは無事テストを終了させて、最終調整だ。


 マートンは一人で乗り込み、ゴーグルをかける。

「目標五メートル。準備はいい?」

 ミリーは手元のリモコンで横になっているドリルを起こす。

 ガキンという音がして、ドリルは垂直になった。

『いいよ。さぁやろう』

 マートンは小窓の中から篭った声で返事し、キーを回す。


キィィイィイン。ヴォオオォォオ!


「ここからは無線ね。落ち着いてマートン。計器が確認できないから、注意して。ゆっくりね」

『……ったよ……れ。聞こえる?』

「聞こえるわ。ちょっとノイズが入ってるけど。あ、安定した。じゃあ、降ろすよ?」

 ミリーはゆっくりドリルの先が地面に触れるギリギリまで降ろす。

『いくよ!』

 無線からその言葉がマートンに届くのと同時に、ドリルと台車とのロックが外された。


ズガガガガギガガガガッ!


『いい感触だ』

「……ゆっくりね! マートン!」

 回転はテスト用に落としていたが、予想以上に早く掘り進む。約三メートルの二人乗りドリルがゆっくりと潜っていき、マートンのいる席の小窓が見えなくなった。

 無線でミリーが伝える。

「順調よ。今二、ん、もうすぐ三メートル行くわ」

『あと二メートル掘ったら一旦出るよ!』

 ミリーが無線機を胸元に抱え、心配そうな表情でドリルの消えた穴を見つめる。

「あと一メートル!」


キーッィィィン!ガッガッガガ!


『……ふぅ。五メートル到達……』

「目標達成ね。マートン、お疲れ様!」

『引き上げお願い』

 ミリーは『うん!』と安心した声で言い、引き上げ用のワイヤーのボタンを押す。

『以……とすん……りいったね』

「そだね。もうすぐ引き上げ完了よ」

 ワイヤーが止まり、地上数十センチにぶら下がったドリル。


ズドォォォン───


『な!』

「ぇ!?」

 タイミングの悪い、強い下から突き上げるような揺れ。最近ではよく起こる、硬い岩盤を通る時の強い揺れ。

『……リー! 逃げろ!!』

 ドリルはマートンを乗せたままクレーンごと地面に叩きつけられた。

「うそ。マートン! マートン平気!?」

クレーンは大きく曲がり、ドリルと一緒に横たわっている。ドリルに外傷はあまりない。

『……気だよ。ミリーは?』

「私は大丈夫。よかった……」

 衝撃で割れてしまった小窓から互いに顔を見合い。ちょっと笑ってしまった。

「あーあ。窓粉々だねぇ。ハッチ、開く?」

「ん。あ、ちょっと待って。あれ」

 ハッチは少し歪んでしまって、中からマートンがガシガシ蹴ってようやく開いた。

「このタイミングで来るかなぁ普通」

「最近よくあったしね、揺れ。……修理間に合うかな」

 心配するミリーに、マートンはちょっと強く言った。

「五メートルは楽々掘ったんだ。後は微調整だけ。それにちょっと修理が加わるだけだよ」

「割れた小窓って予備あったかなぁ。あとハッチも歪みを直さないと」

「駆動系は無事かな。マートン見てわかる?」

 珍しくドリルの見た目以外を心配しているミリーにちょっと驚くマートン。

「ん、一回動かしてみないと」

 二人は別のクレーンでドリルを回収、分解しながら修理箇所を確認しつつ、小屋に戻った。

 まだ明るい、鉄で出来た街の遠くを白い三角の何かを持った二人組みが通りるのをミリーが見かける。


 ドリルを作業台に乗せ、組み立てていく。ちょっと歪んだ程度の箇所は、ミリーがハンマーで叩いて応急処置をした。

「実はそんなに壊れてないとか?」

 ミリーが言うと

「頑丈に造ったからね」

 とマートンが自慢げに答えた。あの衝撃で故障したのは、二人分の小窓、一部の外装とハッチ、ワイヤーフック程度で、駆動系は無事だったためミリーとマートンは話ながら修理を進めた。

「ね。奇跡の復活を遂げたこの子に名前つけましょうよ!」

「まだ完成してないよ」

「いいじゃない、もうすぐ終わるんだし。実は私考えて来たんだー」

 ミリーがバッグからメモを取り出す。そこには線の迷いが一切ない、デカデカと書かれたドリルの名前。

「マイクちゃんよ! これがひらめいたときは興奮して眠れなかったわ!」

「いつから考えてたの?」

「昨日の夜」

 ミリーはこのドリルの名前をウンウン唸って考え、ひらめいて今日遅刻した。

「それのために遅刻したのか」

 少々不満げに言うマートンにあっさり言い返す。

「いいじゃない。私が来たの気づかなかったくせに。あ、そんなことより。もうそろそろ完成じゃない?」

「うん、そだね。あとはここを閉め……って!」


「「せーの」」

「「かんせーい!!」」


 それほどダメージを受けず、奇跡の復活でもないマイクちゃんは、ミリー好みの色で、ミリー好みの美しいカーブで仕上がった。

 中身にこだわったマートンもハプニングはあったが、今日のテスト掘削で自信をもった。ライトに照らされるマイクちゃんを、二人はしばらく見つめてた。


「そうっだ! 乾杯しないとね!」

 ミリーは言うと、“自称”ミリーの更衣室にある冷蔵庫から、未成年用アルコール抜きドリンクを持ってきた。

「うん、ありがとう」

 もう外は暗くなっていて、ちょっと薄暗い小屋の中で、缶のふたを開け、二人は静かに乾杯した。

 過去の失敗や、学校の隣の教室での出来事。いろんな話をした。

 マートンが空き家を譲りうけたときは、一目散に飛んで行って、次の週にはドリル用の小屋に改造した。

 数々の失敗が残るこの小屋の壁。時にはドリルが暴走して壁に突き刺さったときもあった。

「ね、マートン。今何考えてる?」

 ミリーの声にマイクちゃんにもたれかかったマートンが、ドリンクを一気に飲み干し言う。

「僕さ、やっぱり整備士になりたい。父さんみたいになるんだ」

「そうね。そのために今日までがんばってきたもんね」

 マートンがマイクちゃんを見上げながら問う。

「それじゃあさ、ミリーの夢ってなに?」

「え、私? んー、そうね。内緒、かな?」

「えー、ずるい」

 ふてくされるマートンを見て、ミリーもドリンクを飲み干し、立ち上がって言った。

「なれるよ。マートンなら」



 この日、マートンとミリーの夢が叶うかもしれない大会。

ドリルインドリリングコンテストは階層をこえてやってきた観客ですでに席を埋めていた。


 パンッ


 パンッ


 パンッ


 明るく、高い天井に届きそうな大小の花火。

 三日月形の会場の外では屋台が並び、お祭りムード全開だ。

 マートンとミリーら競技参加者は会場の裏手から中に入る。各選手のドリルは事前に会場内倉庫に届けてあり、各選手は呼ばれるまで控え室で待機する。

「いよいよね」

 ミリーがつぶやく。マートンは何も言わず、控え室にまで届く客席の歓声の方を見つめている。

「マートノ・オージュ。ドリルの修理、間に合ったみたいだな」

 ぬうっとマートンに陰を落とすようにトーマが現れる。

「マイクちゃんよ!」

 ミリーはイライラしながら乗り出して言った。

「あ、ゴリ。それにヤーも。いよいよ本番だね。ってなんで修理の事知ってるの?」

「あ!」

 何かを思い出したミリーが大きな声を上げた。

「あの時歩いてたのあなた達二人だったのね! あの、白い三角いの持ってて、えーっと、あれ何?」

 トーマは腰に手を当て言い放った。

「それは教える訳にはいかねぇなミリー・ハウセン」

「いいじゃない別に。どうせ大した物じゃないんでしょ?」

 二人が言い合っている間にヤーがマートンに話しかける。

「あ、あのマートンさん。お、お互い頑張りましょうね」

 マートンはうんっと力強く頷くと、ヤーに言った。

「ヤーも初めてなのに、凄いね。ゴリの要求を聞いて設計したんでしょ? よく賛成したもんだ」

「そ、そんな事ないですよ。だってトーマさん、僕を気遣ってドリルにひ─」

「うぉっほん!! グズグズするなヤー・ヤンセル! ドリルの受け取り手続きに行くぞ。早く来い」

 トーマはヤーを強引に連れて控え室から出て行く。二人は少しきょとんとして、マートンが言った。

「……僕たちもドリルを受け取りに行こうか」


 マートン達がドリルを受け取りに行っている間に、ドリコンの主催者、整備士養成学校の学長の挨拶の挨拶始まった。

「えー……遂に今年も待ちに待ったこの日がやってきました。今回も沢山のチームが参加してくれています。今年はどのチームが優勝するのか、どんなアイディアを見せてくれるのか、主催側の私たちもワクワクしています。さぁ、皆さんも一緒に未来の機関士誕生の瞬間を見届けましょう! そして全てのチームに暖かな声援をお願いします!」

客席で歓声が上がる。

 三日月形の会場の中央にある競技場に現れた学長は、挨拶を終えるとマイクを司会者に渡す。

「さて、皆様本日はようこそおいでくださいました。本日司会を務めさせていただきます、『シ・カイ』と申します。えーっ、冗談のようですが本名です。そして選手たちの様子をリポートを勤めさせて頂きます!」

 ちょっと周りとはテンポの違う、高い声の司会シ・カイは続けて周りと少し違うテンポで言った。

「えー、皆さんご存知だとは思いますが、ここで簡単に今大会のルール説明をさせていただきます。まず優勝条件ですが、単純明快、自作の掘削機で規定深度まで掘り進むこと。もし、対象チームが複数の場合には到達タイムの早いチームを優勝とします。そして万が一到達者が出なかった場合は最深度のチームを優勝とします。しかし、この場合は特待生入学の権利は与えられません。」

 さらに説明は続く。

「次に大会の進行方法についてですが、実技はチームごとの完全入れ替え制となります。掘削ポイントは皆様ごらんの通り五×五の二十五ブロック、A一からE五に分けられています。各選手にはこちらのボタンを押して頂き、出たポイントを掘削して頂きます! さて! 私の仕事も半分を終えたところで競技を開始したいと思います!」

 シ・カイがそう言うと一礼し、ステージを降りて入場口へ向かう。

 三日月形の内側に、対称に設けられた入退場口はマートン達の造ったドリルの数倍の大きさで、その巨大な入場口の奥から巨大なクレーン付台車が現れた。

 錆び付いてボロボロのこのクレーンは、途中リタイヤした掘削機を引き上げるのに使われる。金属が擦れる耳障りな音をたて、競技場の中心で停止した。

 続いて選手が登場する。


「エントリーナンバー一番。第五階層、第八地区代表。今回初参加、チーム『レッド・ジュラーフ』の入場です!」

 キャタピラ付きの台座に乗り、稲妻の入った真っ赤なドリルが姿を現した。チームメンバーの二人がその脇を歩く。

ドリルは入場口を通過し、ボロいクレーン台車の前で動きを止めるる。上部のハッチが開き、中から青年が一人姿を見せた。

 青年のもとに駆け寄り、シ・カイがマイクを向ける。

「初参加ということですが、今の心境は」

「と、とても緊張していますが、頑張ります」

「ドリルが赤く塗装されていますが、ジュラーフとはどういった関係が?」

「なんと言うか、強い感じにしたかったんです」

「なるほどなるほど」

「はい、そうなんです。あ、あまり深い意味はありませんすいません頑張ります」

 青年は照れ笑いを浮かべる。

「ありがとうございました。頑張ってください」

「はい。ありがとうございます」

 それでは掘削ポイントを決めましょう! とシ・カイがボタンが一つだけついた大きめのリモコンを取り出し、『レッドジュラーフ』のリーダーがそのボタンを押した。

 会場のどこからでも見える巨大なディスプレイにランダムに掘削ポイントが表示されていき、B三で止まった。

 チーム『レッドジュラーフ』は三人チームで、二人がドリルに乗り、残り一人がサポートにまわる。

 掘削ポイントで停止した赤いドリルは、台車上でゆっくりと角度がついて垂直になる。そこにボロいクレーンがやってきて、ドリルに引き上げ用ワイヤーを取り付ける。ところがワイヤーを固定した瞬間にに台車からドリルが外れた。

 ガガン。ドゴン。二回の大きな音を立てて落ちた。ドリルはゴシャっと音を立ててボディが潰れ、ごろんと横たわった。

 ワイヤーが一気に引っ張られ、少しだけクレーンが浮いた。

「えっ……?」

 司会シ・カイはリポートを忘れる。これはベテランリポーターにも初体験だったかもしれない。

 整備士の夢をみて出場したチーム『レッドジュラーフ』は夢を見る前に悲惨な起こされ方をされた。

「こ、これはハプニングが起こりました! 私もこんな終わり方は初めてです! 声を掛けづらいです!」

 テンポを外した高い声でシ・カイが稲妻の入った赤いドリルに駆け寄る。

「大丈夫ですか!? 大丈夫じゃないですね!? このまま何も聞かずに退場していただきましょうか!?」

 ドリルから這い出た青年は動揺やら恥ずかしいやらいろんな感情が混ざって、来年は今回の欠点を補い、また挑戦したいです。とテンプレート通りの発言をして入場口の反対側にある退場口へ向かっていった。

 中途半端な歓声の中、シ・カイは言った。

「そ、それでは、続きまして──」


「ヤー・ヤンセル。最終調整しておけよ。お前の腕にかかってるんだからな」

 控え室でモニタリングしている、出番の近づくトーマ達を取り巻く空気は、緊張感を増していた。

 ヤーが少しパニックになっている。

「わ、わかってますよトーマさん」

「大丈夫だ。自身を持てヤー・ヤンセル。この俺が認めた設計士なんだぞ」

 トーマはヤーをなんとか落ち着かせようとするが、トーマが口を開けるとヤーはどんどんパニックに陥っていった。

「そろそろ出番だね、ゴリ。いけそう?」

 二人の様子に気づいたマートンが、少し心配そうに声をかける。

「あぁ、俺達の勇士を見ておけよマートノ・オージュ。ヤー・ヤンセルの設計したドリルだ。間違いない。それより、俺達の次なんて運がないな。ビビって掘れなくなるなよ?」


「……ここまで七チームが挑戦しましたが、台座のトラブルで掘らないまま終わってしまったり、掘り出してもすぐに止まってしまったりと、なかなか上手くいかないものですね。暫定一位のチーム『ぜろかろりー』の記録を塗り替えるのはどのチームでしょうか。それともチーム『ぜろかろりー』がこのまま逃げ切るのか。さぁ、続きまして、去年に引き続いての参加。エントリーナンバー八番、チーム『フライング・スパイラル・ダークネス』の入場です!」

 トーマのその凄まじいネーミングセンスにより、賑わっていた会場中を黙らせた。

 その静まり返った会場に入場口から真っ黒に塗られたドリルが姿を現す。すごく、とがっている。後方に羽根がついていて白く塗られているドリルのハッチから、上半身だけ出したのはトーマ・トーマセスト・トーマス。笑顔で観客に手を振っていた。一方ドリルの横を歩くのはひどく緊張して表情が硬くなってるヤー・ヤンセル。

 真っ黒のとがったドリルは入場口を通過したところで動きをとめる。


 トーマはドリルから降り、ヤーの横に並ぶ。そこにマイク片手にシ・カイがやってきた。


「羽根つきのドリルですか、珍しいですね」

「こいつはダーツの矢をイメージしてるんだ。どうだ、速そうだろう。このヤー・ヤンセルが設計したんだ」


 ヤーの肩をバンバン叩きながら得意気に言った。

 控え室で見ていたミリーはあの時見たかもしれない白い三角みたいな何かの正体を知る。眉間にしわを寄せて見ているミリーにマートンが声をかけた。

「ミリー、あれ」

「なによあれ! だっ──」

「かっこいいね!」

「は?」

 控え室で一つのチームの間に大きな溝が出来た。

「それではルーレットを回していただきましょう!」

 トーマがボタンを押し、またすぐに続けて押した。ルーレットはランダム表示されるが押し直すタイミングは早すぎて三つ目が表示されたところで止まった。

「これは早い!ルーレットの意味無し!出たポイントは、C二です!」

 シ・カイは掘削ポイントが表示されたディスプレイを見て、ポイントに指をさして言った。

「C二か。」

 いい場所だ。とトーマは思う。控え室でその掘削ポイントを聞いたマートンも思い出す。

「あれ、あの場所って」

「どうかした?」

 ミリーの疑問にマートンが記憶を探りながら答える。

「去年もあの場所だったような気がするんだ。なんかリベンジみたいだね」

 控え室ではマートン達を含む選手達の緊張感で、ちょっと重い空気が流れている。

「マートン、何か飲み物買ってこようか」

 そんな空気を振り払いたいミリーは、マートンに聞いた。マートンは最近新発売された微炭酸野菜ジュースが飲みたい。と答え、鞄から財布を取り出したミリーは、ちょっと早足で微炭酸野菜ジュースを買いに行った。


 控え室での緊張感とは比べ物にならない、もうパニックという言葉では足らないくら緊張しているヤーは、トーマについて行くのやっとで、ガチガチのロボットみたいになっていた。C二というルーレットで決まった掘削ポイントは、去年トーマが別のパートナーと二人で掘り進んだが、堅い岩盤のせいでそれ以上進めず、リタイアした場所だ。

「ドリルも最高、掘削ポイントも最高だ。リベンジしてやる。必ず掘りきってやるからな」

 トーマは燃えていた。ポイント到着し、掘削準備に取りかかる。

「よーし、ヤー・ヤンセル。やるぞ」

「う、ううううう、う、うん! だ、だいだだいだ大丈夫ヨ! ほ、ほら乗りコンで」

 もう会話すら危うくなっている。本番に弱いヤーは、いつもの半分以下の力を存分に発揮した。

「ヤー・ヤンセル。俺の目を見ろ」

 大きな手でヤーの顔を両手で挟んだ。

「お前の設計したドリルは最高だ。もしミスを恐れているのなら、それごと乗りこなしてみせる」

 トーマの言葉はヤーに初めてマイナス方向に傾かず、ヤーの目に光が戻った。

「う、うん! やろうトーマさん!」

「よし! その意気だ!」

 絶好調のトーマはコクピットに潜り込みハッチを閉めた。

ポイントの隅に立つヤーに、無線でトーマが話しかける。

『あー、あー……どうだヤー、聞こえるか?』

「よく聴こえるよトーマさん」

「準備はよろしいですか!?」

 シ・カイの高い声でヤーに問いかける。緊張のほぐれたヤーは親指をたてながら言った。

「準備完了です。やってやります!」

「それでは……始めてください!」


トーマがドリルのメインスイッチを入れ、エンジンが勢い良く動き出す。

「いいよ、トーマさん」

『おう!』

 無線機からトーマの威勢の良い声が聞こえる。ヤーは太いコードのリモコンを手元に引き寄せ、赤いスイッチを押した。

 黒い尖ったドリルがゆっくり立ち上がっていき、ドリルが完全に立ち上がったところで停止。ドリルの先端が地面に接地している。

『ドリルスター…!』

 トーマとの無線にザザザッと変なノイズが走る。通信がうまくいってないのか、ヤーは少し不安になった。

 ドリルがゆっくりと回りはじめ、土や小石が弾き飛ばしながら少しずつ回転速度を上げる。

『下ろせヤー・ヤンセル』

 それに合わせて、ヤーがリモコンのスイッチを押すと、ドリルは台車から外され、なんの抵抗もないかのように掘り進み始める。


『順調だヤー・ヤンセル』

 掘削距離を伸ばしながらトーマのテンションも上がって行く。

 ステージ横に備えつけられた大きなスクリーンには、ここまでの結果と現在の進行状況とが表示されている。


「おっと、チームフライング・スパイラル・ダークネス。ここでチーム『ぜろかろりー』の記録を超え、一躍暫定一位の座に躍り出ました!」

 客席から大きな歓声があがる。名前はともかくいい成績だ。

 軽く数メートル掘ったトーマにヤーが無線に向かって言う。

「あっ、これは。岩盤が近いですトーマさん。センサーにも反応が」

『あぁ、岩盤があるな。こっちのセンサーにも映ってる。アレを使うぞ、ヤー・ヤンセル』

「え、使うんですか!?」


『去年と同じポイントで、同じ場所で止まってたまるか。一気に行くんだ。』

 トーマはふた付きのスイッチに手を伸ばす。

「で、でもあれはまだ……試作段階じゃないですか。それに一度しか成──」

『大丈夫だ。お前の設計だ、問題ない』

 上から言葉を被せたトーマは、ふたを開け中のボタンを押す。黒いドリルの後方に取り付けられた四枚の羽が開き、中から小型のブースターが現れた。

『一気に貫いてやる!』

 小型ブースターに点火し、速度を増したドリルはワイヤーをぐいぐい引っぱりまっすぐ岩盤に進む。

「おっと!フライング・スパイラル・ダークネス、一気に加速しました。小型ブースターとは今までないアイデアですね!こちらのスクリーンにも堅そうな岩盤が確認されています。勢いをつけて掘りきる作戦でしょうか!」

「いけます! トーマさん!」

 ギギギ。

「ん?」

 クレーンの様子がおかしい。

『…うかしたか? もうすぐ岩盤に…さし…かるぞ』

「トーマさん!クレーンがおかしい、一旦止まって下さい!」

『…だって?………レーン……』

 ヤーの言葉はトーマに届かない。

「無線が!? 止まって!トーマさん!」

 ガガガガガッガ!

 ワイヤーがひっかかりクレーンが大きくひしゃげる。

 ガン!っと突然速度を落としたドリル。トーマは事実を知らない。

『…くそ、な…て堅い岩盤だ……!しゅ…力を上…る』

 無線の向こうからノイズ混じりのトーマの声が届く。トーマが思いっきり出力を上げると、ひしゃげたクレーンアームが痛々しい金属音をたてまっぷたつに折れ、穴へ少しずつ引きずられていく。

「違うんだトーマさん! クレーンが故障したんだ!」

『…だって…!? 解…た!停止する。なんだ? うがっ!……』

 ヤーの近くの、トーマが掘っている穴の奥から爆発音が聞こえた。

「え、トーマさん!? トーマさん!」

 ノイズ混じりにトーマの弱々しい声が聞こえる。

『げほっごほ! す、すまないヤー・ヤンセル……ドリル壊しちまった。げほっがは』

「え、そ、そんなこと」

 ヤーはもう泣きそうになって座り込む。

「こ、これは大変です!下で何か事故があったようです!」

 シ・カイは相変わらずの高い声で言い、すぐにマイクを下げ、的確に指示を出した。

「救護班を呼んで下さい。予備のクレーンは?」

「この階層だと二十キロほど離れた所に公共掘削施設があります」

「遠すぎますね…。近くに階層運搬用のエレーベータがありますよね。別の階層のエレベータの近くにクレーンは置いてありませんか?」

「調べてきます」

 スタッフは走ってその場を去る。


 この異様な事態は、控え室にいるマートン達にも伝わっていた。

「ちょっとマズくないか」

 マートンが言い、ミリーも続ける。

「近くにクレーンなんてないわよね。全部の階層のことまでは知らないけど、二階層も離れていたら三十分以上かかるわ」

 司会シ・カイと同じ会話をする二人。マートンが切り出す。

「見た限りじゃ、ワイヤーは切れてなさそうだね」

 そういうとマートンは走り出した。

「ど、どこ行くのマートン!?」

「ドリル取ってくる!ミリーも準備して」

 マートンの意思を感じ取ったミリーは真剣な顔で頷くと二人分の荷物をまとめ、後を追った。


 ヤーは座り込んだまま無線機に話しかけていた。

「トーマさん。ごめんなさい…僕、僕…」

 無線は届いていないのか、返事はない。

 客席は騒然としていた。救護班は素早く現場に到着したが、記録を更新して独走状態のチームフライング・スパイラル・ダークネスは、もはや生身で潜るには危険なほど深くに達していた。

 ミリーの言う通り、別の階層からクレーンを借りてくる事になったが、やはり三十分以上かかるようで、主催側は少し焦り始める。そこへ入場口から、二人で乗るには少し窮屈な小型の、先端のドリル刃が外されたマートンのドリルが現れた。

 ドリルの台車の脇に乗っているミリーが大きな声で叫ぶ。

「そこどいてー!」

 うわっと救護班達は道を開け、ミリーは飛び降りると、ヤーのもとへ走る。

「ヤーくん! 大丈夫?」

 ヤーの顔は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになっていた。

「ミ、ミリーさん……」

「大丈夫、大丈夫だから。ここで待ってて。おねーさん達に任せなさい!」

 ポンっとヤーの頭を軽くなでると、マートンの元に駆け寄る。

「任せなさいとは言ったものの。ね、マートン、どうやって助け出すの?」

 小型のドリルで現れた二人を見た人達を含め、ミリーも疑問に思っていた。

「このマイクちゃんのドリルの回転で、ワイヤーを巻き取るんだ。うまくいくかわからないけど」

マートンの発言に少し驚いたミリーと観衆。

「なるほど。やってみる価値はありそうね。手伝うわ。何をすればいい?」

「ミリーはドリルのリミッターを解除して。僕はワイヤーを固定するよ」

「うんわかった」

 ミリーはすぐにドリルの外装の一部を外し、狭い機械の中に手を突っ込んだ。

 掘削ポイントの近くに横たわっているひしゃげたクレーンに近寄ったマートンは、クレーンのアームからワイヤーリールを外し、ゴロゴロ転がしながらマイクちゃんに近づく。客席は静まり返り、マートン達のしようとしていることを見守っていた。

「マートン終わったよ!」

 ミリーに言われ、返事をして言った。

「ありがとう!あ、ちょっとそこの救護班の人、手伝って下さい」

 数人でワイヤーリールを持ち上げ、強引にマイクちゃんの先端にくっつけた。

 ミリーは内心ショックを受けたが、表に出さないように努めた。少しは顔に出ていたかもしれない。

「ミリー、計器お願いね」

「わかったわ」

 マートンはマイクちゃんに乗り込む。ミリーは脇に立って、中の計器とマイクちゃんの先端に付けられたワイヤーリールを確認する。

「エンジンスタート」

 マートンは静かに言うと、キーを回し、エンジンの回転を上げていく。

 ゆっくりとした振動がミリーにも伝わる。

 マートンは起動スイッチを押し、ワイヤーリールがゆっくりと回り始めた。


「どう? ミリー」

 少しずつドリルのまわりにワイヤーが巻きついていく。とりあえずここまでは予定通りだ。

「今のところ順調よ、もう少ししたらワイヤーが張るから気をつけて」

 ワイヤーがピンと張り、急激にドリルの回転が落ちていく。

「待ってろよゴリ」

 回転を落としながら巻き取り続けるマイクちゃん。開けられた外層の一部から見えるエンジンは真っ赤になっていた。

「マートン。エンジンがそろそろ限界よ。気をつけて。うわっ」

 ズルっとキャタピラが滑る。トーマのドリルの重さに負けてマイクちゃんはズルズルと穴の方へ引きづり始める。

「ちょ、ちょっとマートン滑ってる!?」

「ゴリは重いからね!」

「冗談言ってる場合じゃないで…きゃっ」

 ミリーはよろけて台車から落ちそうになる。

「みんな手伝え、あの子達のドリルが負けてる!」

 一人の救護班が言い、よってたかってマイクちゃんの台車を押し返し始めた。その中にヤーの姿もあった。

「みんな……」

 泣きそうになったミリーは、マートンに声を掛けようとした。それと同じタイミングで、ガリガリという音が次第に強くなり、ヤーに無線が入る。

 ザザザッ

「トーマさん!?」

『あぁ、心配かけたなヤー・ヤンセルやっと無線が通じたぜ…ってて』

「よかった無事だったんですね…」

 マイクちゃんを抑えていたヤーはトーマの無事を知り、安心してまた座り込んでしまった。それを見たミリーはマートンに言う。

「マートン! トーマのドリルが近いわ! そろそろよ」

「よし! いけえぇぇえぇええぇぇ!!」

 マートンはアクセルをベタ踏みした。エンジンから煙が上がろうと、構わず両足で力いっぱい踏んだ。

 一気にワイヤーを巻き取っていき、次第に大量の土を撒き散らし黒いドリルが姿を現す。

「マートン! 成功よ! もう大成功!」

「ほんとに!?」

 マートンは声を上げた。エンジン全開で火を噴く寸前のマイクちゃん。

『あんまり心配するな。ヤー・ヤンセル。俺はぶじぃっ……だっ!!』

 黒いドリルは引っ張られた勢いでトーマはしたを噛み、ワイヤーリールを破壊し、それごと宙へ舞い上がり、ボロボロだがダーツの様に地面に突き刺さった。

 黒いドリルの後方から出たウイングは小型ブースターに変形しており、内二つが壊れてしまっていた。


 ワーッと歓声が上がり、黒いドリルの周りに人が集まり始める。


「早く救護班を!」


「おい! 大丈夫か! 今出してやるからな!」


 ハッチをあけ、トーマが救助される。あちこちケガをしているが命にかかるようなケガは見られない。

「トーマさん! 大丈夫? トーマさん!? 口から血が出てる!ブースターも僕が完璧にしておけば……僕も一緒に乗っていれば…事故も防げたかもしれないのに」

 ヤーは駆け寄ると泣きじゃくりながら言った。それに対してトーマは言う。

「いや、いいんだ。俺がうまく使いこなせなかっただけのことだ。それにお前まで一緒に乗ったらあのクレーンの故障を知らせるヤツがいなかったろ?」

 マートン達と同じく、元は二人乗りだった黒いドリルに付けた、試作段階のブースターは失敗が多く、大会当日までに一度しか成功していなかった。万が一に備え、トーマが強引に一人乗りに改造させた。

「おかげで助かったよ。ありがとうな。ヤー・ヤンセル」


 トーマ達の黒いドリルが宙を舞い、ついでに壊れてしまったマイクちゃんに、ミリーは外装に手をあてて言う。


「お疲れ様マイクちゃん」


「よいしょっと!」

 マートンはついでに破壊されたマイクちゃんから飛び降り、ちょっと行ってくる!とミリーに言い、ミリーは慌てて後を追う。

「トー…! っぐえ!」

「マートン空気読みなさい!」

 ミリーに襟をつかまれ、そのまま会場を後にした。


 遠くで再会されたドリコンの歓声が聞こえる。

 二人は屋台で買ったお菓子とドリンクを持ち、近くの公園のベンチに座っていた。

 会場を見つめるマートンにミリーが問う。

「残念だったね。大会。ほんとうに良かったの?」

「残念じゃないって言ったら嘘になるけど──」

 一度言葉を切り、続ける。

「僕は今まで掘ることがカッコイイと思ってたんだ。どんな堅い岩盤も、どんな地形だって掘り進むドリルを造りたい。そう思ってた」

 マートンは天をあおぐ。

「でも違った。あのドリル、ごめんマイクちゃんが僕の手で人助けに使われたんだ」

「マイクちゃん立派だったわ」

 マートンの夢は父親の様に整備士になること。それは変わらない。ただ目的が変わった。ドリルで人を助けることが出来る。

「ね、マートン。来年はどんなドリルを造る?」

 ミリーの問いに即答した。

「それはやっぱりウイングでしょ!」

「それはないわ」




おわり



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この作品は、「小説家になろう」ユーザーであり、SBSBBBのサークルメンバーである「柊雪」の作品「終末」を原作としており、同サークルメンバーの「えしT.K.」と「翔一」を交え再編集したものとなります。

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