8.約束と時間
入り口が消えてしまうと、中は真っ暗になった。
「ジュネさん! 真っ暗ですよ! どうするんですか! 松明とかランプとか出して下さいよ!」 階段どころか、自分の手すら見えない。
「うるせぇな! んなもん持ってるわけねぇだろ」
斜め下辺りからジュネの声が聞こえた。
「は、早く」
極力動かない様に気を付けた。階段に立っているのだ、下手に動けば下まで転げ落ちるのは目に見えている。
「火の精霊よ、俺の姿を照らし出せ!」
突然辺りが照らしだされ、ジュネの右手に火の玉が乗っていた。
「何それ!? カッコイイんですけど! 精霊と契約すれば僕にも出来ますか?」
「早くしねぇと消えちまうぜ」
ジュネが火の玉を持ったまま階段を足早に下り始めた。
「それ熱くないんですか……」
「暖かい位だな。体から離れると普通の火と変わらねぇから火傷するけどな」
「へ~……。メルシャさんもそうでしたけど、精霊の力を借りるのに呪文みたいなのを唱えてますよね? 僕、覚える自信ないな。こう見えて、そんなに記憶力には自信無いんですよね」
「こう見えてって、見たままじゃねぇか。メルシャのは別だけど、あれは別に決まってねぇんだよ! 約束事として火の力を借りるなら、火って言葉を入れるってだけだな。あとはイメージと聖神力に合ったもんが出るって感じだな」
火の玉はジュネの手から付かず離れず、なんとも不思議な光景だ。
「良かった。じゃあ、火の精霊よ! のあとはオマケですか?」
「大抵のヤツがそうだと思うけど、言葉にした方がイメージしやすいからな」
「時間がないってゆうのは?」
「そいつは俺の聖神力じゃ、この火の玉を維持できる時間が30分なんだ」
ジュネが神聖輪を見せた。
「今、29ですね。あっ、減った」
「つうわけで急ぐぜ!」
ジュネは、階段を駆け降りてゆく。
「あっ、待って下さいよぉ! 置いてかないで~」
必死でジュネについて行く。
200段近い階段を下りると、細い廊下が真っ直ぐ伸びている。
少し進んだ所でジュネの足が止まった。
「ほら、ここだ……」
ジュネが火の玉を壁に向けた。廊下の左右の壁に大きな絵が奥まで描かれている。順番に見て行く。
右の壁には、モンスターの絵から始まり。人が剣を掲げている絵。龍が倒れている絵で終わったいた。
左の壁には、おじいさんが杖を掲げている絵から始まり。何か塊に向かって杖を向けている絵。赤ん坊の絵で終わっている。
「この龍の絵は、なんとなく臥竜王に似てますけど。こっちのおじいさんは誰ですかね? 最後のこれは……」
壁画の最後に何かウネウネした物が書かれている。
「それそれ、そこに臥竜王って書いてあんだよ」
ジュネは火の玉を壁に近づけて、壁に書かれた物を読み上げた。
「んと。モンスターが溢れ……旅の剣士が……臥竜王……。消えかかっててそれしか見えねぇな。そっちは、精霊を束ねし者……大陸の危機……生まれ変わる。だってよ」
「よくそんなミミズみたいなのスラスラと読めますね」
「古代文字か? 覚えちまえば難しいもんじゃねぇよ」
「僕が生まれ変わりって事はないですかね?」
それなら夢から覚めない理由が少しは説明がつく。何よりもその方がカッコイイ。
「そりゃねぇだろ。お前は他の世界からきた変態だろ?」
「変態って失礼な! こっちの竜の方は旅の剣士が倒したって事なんじゃないですか? それだとゲームと重なりますけど。だとすると、この世界の臥竜王は死んでるって事になりますよね?」
「ん~……どうなんだろうな。とりあえず奥の扉に入ってみようぜ。俺もまだ行ってねぇんだ!」
扉の中は、円形の狭い部屋で。中はガランとしていた。中央に石碑が立っている。
「真っ二つに割れてますね」
「……臥竜王が再び蘇らん事を願い――……欠けてて途中読めねぇな。……その時、世界が終わりを告げる。何か怖ぇ事が書いてあるな……」
「石碑が割れてるって事は……蘇ったって事でしょうか!?」
「書庫に行ったら何かあるんじゃねぇか?」
「そうですね。書庫に行って見ましょうか、他に何も無さそうだし」
「ヤベェ、のんびりし過ぎた! あと五分で火が消える!」
ジュネの神聖輪は5を表示していた。二人は慌て引き返し、ジュネを先頭に階段を上がる。
「おい、あとニ分だぞ!ついてきてるか?――……おい、聞いてんのか」
残念ながら恭の耳には聞こえていなかった。恭の神経はある一点に注がれているから。
目の前でジュネのお尻が、ぷりんぷりんと揺れている。
これを見ないのは失礼である!
「テメェ、今度はケツ見てんのか! しっかり変態じゃねぇか!」
「昨日、見ても構わないって言ったじゃないですか!!」
恭はキレ気味で言った。いわゆる逆ギレである。
「見ても構わねぇけど、顔が近いんだよ! ケツに生暖けぇ息かかけんじゃねぇ!!」
無意識にお尻まで10センチの距離まで近づいていた。
「置いてくからな!」
ジュネは、走り出した。
「あっ待てお尻! じゃなくてジュネさん! 待って下さいよぉ」
こんな所に一人残されるのは御免である。
必死でジュネについて行き。再び六芒星のブロックを押して廊下に出て書庫へ向かった。
少し歩いて行くと、扉の無い部屋が見えてきた。
「あれじゃねぇか。本棚あるし」
「みたいですね。何日か前に来たんじゃないんですか?」
確か書庫に行こうとして、地下室を見つけたって言ってたような。
「いや。あん時は城の中グルグル回って。地下に行って壁を見てたら腹減ったから、飯食いにいっちまった」
その後は町を散策してたそうだ。
書庫の中はそんなに広くはないが、数万冊はありそうだ。一冊づつ調べて行ったら、ニ日位かかるかもしれない。
入ってすぐにカウンターがあり、眼鏡をかけた女性が座っている。
「あの人に聞いた方が早いですよね」
「俺は、奥を見てくるぜ」
ジュネは行ってしまった。
「すいません」
カウンターの女性に話かけた。
「あら、ここに人が来るのは久し振り。何かご用?」
感情の無い冷めたしゃべり方だ。
「あの例えば。コーラル城の歴史の本とか。臥竜王が載ってる様な本は有りませんか?」
「……臥竜王は無いけど。コーラル城の歴史なら、左の一番奥の上から三段目の左から十二冊目にありますよ」
女性はそれだけ言うと、再び手元の本に視線を落とした。
「……ありがとうございます」
この人ここにある本。何処に何があるか全部覚えてるっぽい。
「えっと、十二冊目。これか!」
本を手に取りページを捲っていく。
う~ん。これといって特別な事は書いて……。
「んっ?」
ページを捲ると、あの壁画の剣士が書かれていた。
世界を平和に導きし剣士が再び龍神が蘇らん事を願い。この地に龍神のキバと聖剣ロンギヌスを奉り。その上にコーラル城が建てられたのか。
確かにゲームではロンギヌスは最強の剣としてあったけど。こんな話は知らない。更にページを捲っていくと。
どうやら、その剣士がコーラル城の最初の王様らしい。新暦317年・コーラル王って書いてある。
「ジュネさん、ちょっと来て下さい」
「あったのか?」
「はい。今って新暦って何年ですか?」
「えっと、新暦……821年だったかな」
ジュネは、自信無さそうに答えた。
「821年か。約500年前。もしかしてですけど。僕がやっていたゲームのその後の世界なんじゃ。そう考えるとつじつまが合います」
「どうゆう事だよ?」
「まだ確信はありませんけど。僕の世界とこの世界じゃ時間の流れが違っていて。僕がゲームをクリア……終らせたのが五年前! それで、この世界で龍神が倒されたのが500年前」
只の偶然だろうか……。
「……結局、何が言いてぇんだよ?」
「僕がゲームをやらなくなってからもゲームの中では時間は過ぎていて。中の人。つまりジュネさんとかメルシャさんは、普通に生活しているって事です。あくまで予想ですけど……」
少し謎が解けてきた様な。深まった様な複雑な状況になってきた。
もしかしたら。僕では無くて僕達って表現が合ってるのかも知れない。
このゲームが発売されたのが6年前。僕が中古で買ってクリアしたのが5年前。……頭がごちゃごちゃしてきた。