4.剣術の師匠
スライムもそうとう頭にきたらしく、しつこく追いかけてきたが。恭が村の入り口を過ぎると動きを止めた。
どうやら村や町に簡単には入れないルール的な物ある様だ。
「ふぅ、危なかった……。いっ、あぁ、血が出てる。口の中も血の味するし。そうだ、確か薬草が……」
剣を袋にしまい、薬草を取りだして口へほうり込んだ。
「う~ん、ほうれん草に似てるかな……。あ、少し楽になったかも」
美味いもんじゃないけど、傷口が少しふさがった気がする。
「まさかスライムがあんなに強いなんて、村から出れないじゃん。……そっか! パーティーを組めばいいのか! でもこんな村じゃろくなのいないよな」
噴水の水で顔を洗い。道具屋のババァを軽く睨みながら、噴水の縁に腰掛ける。
少し考えてみたが宿屋には行けないし、思い当たる場所は一つしかなかった。
恭は立ち上がり歩きだした。唯一、頼れそうな人のもとへ。
コンコン……。
「なんじゃ、お前さんまだいたのか? 顔を腫らして何しとるんじゃ……」
おじさんがマジマジと恭を見つめる。
「……色々ありまして。どうやってお城へ行くんですかね?」
「どうやってって、歩いてに決まっとる」
「いや、でも。モンスターがいるじゃないですか?」
最弱の位置づけのスライムですら、ここまでこの僕を追い詰めたのだ。もうワンランク上の敵と出くわしたらアウトだろうね。
「なんじゃ、お前さんモンスターにやられたのか! どんなヤツじゃ? この辺りにそんな手強いヤツはおらんはずじゃが……」
じいさんが驚いたように、恭の顔の傷を眺めている。
「ドロドロっとしたあいつに……」
「ドロドロって……。スライムにやられたのか!? 逆にどうやったら負けるんじゃ?」
じいさんは驚いた様に眉間にシワを寄せた。
「どうって……。剣で斬りかかったら、かわされて。あとはもう盾で防ぐのが精一杯で……」
恭は伝説の一戦を。あのスライムがスライムの中でも特別に強かったかの様に、ジェスチャーも交え話して聞かせた。
「やれやれ。お前さん剣術の経験はないのか? ……まあ入るがよい」
「……はい。お邪魔します」
恭は再び、じいさんの家入れてもらい。じいさんの家の椅子に腰掛けた。
「それで、お前さん剣を扱った事ないのか?」
「ゲームでなら得意なんですけど。振ってみたら想像より重くて……」
「ゲーム? はぁ……仕方ない。これも何かの縁じゃ! ワシが剣術の基礎を叩き込んでやるわい」
じいさんの目が爛々と輝き出した。
「本当ですか! お願いします! あっでも、お金有りませんけど……」「そんなもんあてにしとらんわい。それよりワシのやった剣と盾を出してみい」
言われるままにテーブルに剣を置いた。
「盾はどうしたんじゃ?」
……盾? 楯。そういえば逃げる時に重たいから投げつけた気がする。
「スライムにやられた時に投げ捨てて……」
「馬鹿たれ~~っ! ワシの青春じゃと言ったろうが! 今すぐ取ってこい! それまで、戻ってくるな!」
じいさんは眉を吊り上げ、年寄りとは思えぬ声を張り上げた。
「す、すぐに取ってきます!」
やっぱり、このじいさん怖えぇ……。
恭は渋々盾を取りに戻る事にした。身体中が痛い。さっきは無かった痣がそこらじゅうに浮き出てきている。 重い足取りでなんとか村の入口までたどり着いた。
村の外の様子を眺めてみたが、スライムの姿はなかった。
探すまでもなく。村から十メートルも離れていない場所に、何かの記念碑の様に楯は突き刺さっていた。
村からこの距離でやられたのかと、あらためて凹む。
盾を手にじいさんの家へと戻った恭は、剣術の基礎授業を受けていた。
「いいか、すべては流れじゃ! 無理な方向へ持っていこうとするから、腕に負担がかかるんじゃ! 無駄な力を抜いて、こうじゃ!」
見た目とは違い、パワフルに棒切れを振り回す。
「こ、こうですか?」
お前にこの剣は早すぎると、恭も棒切れを振り回している。
「違う! こうじゃ!」 棒の先で的確に、恭の手や足の位置を直していく。
「こう?」
「そうじゃ! こうやってこうじゃ!」
じいさんに部屋の中で力の流れってやつを手取り足取り教わった。明日からは実際に剣を持って外でやる事なった。
「もう遅いから、飯の支度でもするかのぅ。お前さんも腹減ってるじゃろう? さっきから腹の音がうるさいわい!」
「……すいませんペコペコで」
スライムなんかに負けたのも、お腹がすいていたからに違いない。
「はははっ。しょうがないヤツじゃ、待っておれ」
「えへへっ…あっ、じゃあ僕、少し部屋を片付けますね!」
冷静に考えたら、なんだってこんなゴミだらけの部屋で、棒を振り回していたのだろう。
鉄屑を部屋の隅に集め。明らかに雑巾ぽかったが、じいさんが布巾だと言うので、仕方なくそれでテーブルを拭き。大量の瓶を部屋の棚に綺麗に並べ、家の脇に咲いていた白い花を一本ずつ差した。
「こうゆうのはセンスが出るんだよなぁ」
プゥ~ン……と肉の焼けるいい匂いが部屋に充満してきた。
「ほれ、出来たぞい! バビルサのステーキに、山猫と山菜のスープじゃ」
恭の前にかなり分厚いステーキの乗った皿が置かれた。五百グラムはありそうだ。
「バビルサ?」
「知らんのか? ブヒブヒゆうヤツじゃ」
どうやら恭の知らないモンスターも多数生息しているようだ。
「なんでもいいや! いただきま~す」
例え不味くても、今は腹一杯食べる!
こうして暫く、じいさんの家に世話になる事になった。
寝る前に腕立てと腹筋100回が日課になった。
それから2週間ちかくが瞬く間に過ぎた。
村での生活にもすっかり慣れ、体つきも少し逞しくなっていた。
じいちゃんが時折見せる鋭い目付きは、若い頃かなりの剣の使い手だった事を想像させた。
宿屋の主人にもじいちゃんと詫びをしに行き、宿代を払い許してもらった。
じいちゃんには自分がここにいる経緯も説明して、この世界の基本ルールも教わった。
恭のレベルは3に上がっていた。
「じゃあ、じいちゃん。川で魚釣ってくるね」
村の裏手の柵を越えるて、木立を抜けるとすぐ川がある。
「気をつけるんじゃぞ」
「大丈夫だって! この辺のヤツなら、もう素手でも勝てるよ!」
「ははっ、調子に乗るんじゃない! こいつめ」
「行ってきま~す」
端から見たら、じいちゃんと孫そのものだろう。実際に恭もそんな気になっていた。
恭は川で釣糸を垂らしながら。毎日眠りにつく度に、そろそろ夢から覚めるんじゃないかと期待した。
元の世界に戻れないなら、このままじいちゃんと暮らすのも悪くないとも考えていた。
「おっ! 食いついた!……よし、3匹目GET!」
10匹釣った所で帰る事にした。そしてまた、夕方まで剣術の稽古をつけてもらう。
【ーその夜ー】
飯を食っている時だった。
「恭……。そろそろワシが教えられる事はない。旅を再開してはどうじゃ?」
「えっ……。でも、じいちゃん1人にはできないよ!」
いきなりの提案に少し狼狽えた。
「馬鹿たれ! お前さんは自分の世界に帰るんじゃないのか? 帰りたくないのか? 旅をしてればその方法も見つかるじゃろうて……。それにワシはずっと1人だったんじゃ。お前さんがくる前に戻るだけじゃ」
じいちゃんの声は、少し鼻声だった気がする。
その日は2人とも無言でベッドに入った……。
【ー翌朝ー】
恭はまだ薄暗いうちにベッドを抜け出し、静かに旅の準備を整えて扉を開けた……。
振り返り、一礼して。小声で…。
「じいちゃん、ありがとう……」
と言って扉を閉めた。
朝もやの中、噴水の辺りまで来た時。
「気をつけるんじゃぞ~~っ!」
後ろからじいちゃんの声が聞こえた。
恭は涙が溢れるのを必死でこらえて振り向き。
「そういえばさぁ~~! じいちゃん何て名前なのぉ~~っ」
と聞いてみた。他の事を言えば涙がこぼれそうだったから。
「ははっ、覚えておけ! フンベルト・フォン・アルベスターじゃ!」
「フンベルト……ホ? 覚えらんねぇ! 行って来ま~す、じいちゃ~ん!」
こうして別れを経験し、恭の本当の冒険が始まろうとしていた。