14.覚悟
水の祠を出発して2日目。永遠に広がる砂漠をバルボア城を目指し進んでいく。
陽も傾き始めた頃。
「……おかしいな。そろそろ城の頭が見えてもいい頃なんだけどな。道、間違えたかな」
「えぇ~……って一本道だったじゃないですか!」
道と言っても目印がわりに、背の高いサボテンが規則的に植えてあるだけだ。
「冗談だよ! でも、おかしいぜ」
「まさかモンスターに襲われて跡形もなく。何て事は無いですよね?」
「んな、馬鹿な事あるわけねぇだろ!」
「ん!? ジュネさん、あれ!」
恭が指差す方には、ハイエナ数匹とレオポン二匹。何かを奪いあって争っているようだ。
スピードを上げて通り過ぎようとした。
「ジュネさん……。あれって人じゃ……」
「あぁ……」
ハイエナとレオポンは人の死体を取り合っていたのだ。
(自然と言えば自然なんだけど。見てしまったら素通りは出来ない)
「あいつらには悪いけど取り返すぜ!」
(ですよね)
「あ、あの、僕が一人でやらしてもらっていいですか?」
ヒクイドリから降りながら言った。
「いいですかって。いい所でコケる様なヤツが知らねぇぞ……」
「任して下さい! 成果を試したいんで……」
「成果?」
恭はゆっくり獣の群に近づいて行く。
「本当に大丈夫か……あいつ」
ジュネもヒクイドリから降りて剣を出して戦闘に備えた。全然信用していないのである。
「……落ち着け」
(大丈夫。あれだけ練習したんだから。落ち着け)
恭は自分の胸を数回軽く叩いた。
「水の精霊よ」
恭は右手に水の玉を出した。
新たなライバルの登場に、ハイエナ二匹が恭の方に向かって来る!
距離は約十メートル。
恭は右手を高々と真上に上げて、玉が高速で回転して遠心力で平になっていくのをイメージする。
「手上げて何やってんだあいつ? 降参とか言ってんじゃねぇだろうな」
シュン……シュシュッ……シュィーーーン!!
鈍い音から高音へと変わった。水の玉が高速回転し平らな円盤状になり。十分な回転数になった証だ。
距離五メートル。丁度二匹が縦に並んだ!
(今だ!!)
「いっけ~~っ!! スライサー!!!」
恭はハイエナ目掛け腕を降り下ろした!!
水の円盤がハイエナ目掛け飛んでいく!
勝負は一瞬だった。
恭に向かってきたハイエナは、胴体を横に真っ二つ。首をその場に残し足だけで少し走って砕け散った。
奥にいたハイエナの首も切り裂き、風に煽られて円盤は空へ消えていった。
(や、やったの?)
「――……すげえじゃねぇか! 何だよ今の!」
ジュネがヒクイドリを引いてやって来た。
「夜中にこっそり修行したんですよ。でも狙いが今一で……」
(風の影響を結構受けるから当たるかどうかは、運次第みたいな感じだ……)
レオポンと残りのハイエナは、戦況不利と判断したのか逃げ出した。
「……助かった。まだ連発は厳しいんですよね」
恭は今更恐怖を感じて、その場に膝から崩れ落ちた。
「いや、大したもんだぜ! これなら十分戦力になる。よく思いついたな今の!」
(お褒めの言葉を頂けて光栄です)
「あれは僕の世界の漫画で似た技があって、水で再現出来ないかなぁと思って」
(大好きなアニメから拝借させて頂いた。ありがとうクリ〇ン!)
「漫画? スライサーか。名前はとにかくスゲェ技だ!」
ジュネは恭の真似をして、頭上に手を掲げては振り下ろしている。
「えっ、格好よくないですかスライサーって? 多分ジュネさんなら炎を飛ばす要領で、水でもイケると思いますよ?」
「なるほど、今度試してみっか! とりあえずこれ埋めちゃおうぜ…」
死体は見るも無惨に、あちこち食い千切られ異臭を放っていた。
「うっぷ……」
人の死体。全身に鳥肌が立ち、体の奥から湧き出す様な震え。この世界にいる限り、こういった状況にも慣れなければいけないのだろうか……。
サボテンの横に穴を掘って死体を埋めた。ちゃんとした鎧を着ていたので、バルボア城の兵士だったのかもしれない。
再びバルボア城に向かい進み始めた。ヒクイドリで道なりに西へと向かっていると、城壁の様なものが見えてきた。
「あれだ! けど、ひでぇな……」
――……二人の目に写った城壁はボロボロに崩れ落ち。――……お城は見えなかった。
「…………」
「とりあえず行ってみようぜ」
城壁の入り口まで来たが、夕日に照された町は……凄惨な光景だった。
――……辺りには血の臭いが漂い。そこらじゅう血の痕なのか、黒い染みが出来ていて。人の形をした肉片が至る所に転がっていた。
正直これ以上近づく気にはなれなかった。
「……お前どうする? 俺は城の方に行ってみっけど」
「僕は……遠慮しておきます」
足が震えて動けなかった。
「そっか、じゃあちょっと見てくるな……」
ジュネは壁の出っ張りに手綱を引っ掛け、町の奥に歩いていく。
残された恭は、なるべく町を見ないようにして、手綱を壁に掛けて空を見ていた……。
――……どの位の時間がたったのか。後の方から小さな子供の泣き声が聞こえてきた。
――……今泣き出したのか、ずっと泣いていたのか。恭には分からなかった。
ママ~…ママ~…。
瓦礫の下に僅かに見える人の様な物が、きっと母親なのだろう……。
恭は暫くその子供を眺めていた。2才……3才位だろうか。
僅かに生き残った町の人達も自分の事で精一杯で、人に構ってる余裕は無いようだ。
恭は無意識に立ち上がり、その子を抱き締めていた。
「…………」
恭はその子を抱え上げ高い高いをした。
暫くして町の奥からジュネが帰ってきた。
「何だその子供?」
恭は子供を抱っこしたまま。
「そこで泣いていたから……。なんとなく」
「そっか、城の一階で炊き出しやってたから連れてこうぜ」
ジュネが町の奥を見ながら言った。
「そうですね」
「それにしても聞いたら、空飛ぶドラゴン一匹と女一人にやられたらしいぜ。……しかも、まだ子供みたいだったってよ」
ジュネは身振り手振りをつけて、興奮しながら説明してくれた。
「……それって多分。臥竜王の娘ですよ! このゲームは臥竜王の娘が、臥竜王を復活させる所から始まるんです。つまり今、娘が臥竜王を復活させようとしてるんですよ!」
(臥竜王の復活。それまでに、この世界を脱け出せるだろうか……)
「マジかよ。んで、どうなんだよ?」
「誰かが臥竜王を倒さないと……」
(ゲームでは何度でもやり直せるから必ず倒せるけど、この状況で倒せなかった場合は……どうなるんだ?)
「誰かって? 誰だよ?」
「ゲームで言うと勇者。ゲームをやってる本人なんですけど」
(この場合は誰が勇者なんだ? ゲームなら明確に勇者や戦士と表示されるけど)
「その勇者ってのしか倒せねぇのか?」
「どうなんでしょう。ゲームは勇者一行が倒す事になってますけど。もしかしたら、伝説の武器や防具を手に入れたら誰でも倒せるのかも」
「……なんだ。それなら問題ねぇじゃんか!」
「何でですか?」
(問題だらけの気がするけど)
「俺達が倒せばいいだけの話じゃねぇか!」
「そっかそうですね! って、そんな簡単に。すっごく強いんですよ!」
(ゲームでも相当苦労したのに、実際に戦う? 一瞬で炭屑になるよ)
「じゃあ、ほっとくのかよ? それに臥竜王を倒すのが、お前が元の世界に戻る条件かもしれねぇぜ!」
(その可能性もあるのか……)
「そうかも知れないですけど……」
「お前、この状況見てほっとけんのか?」
ジュネは悲惨な町を見回して言った。恭もつられて辺りを見回すと、千切れた腕や足。倒れた城壁からは流れる出る大きな血溜まり。
とても直視出来ない。
「で、でも……。次の瞬間には僕達がこうなってる可能性だってあるんですよ! 二人が同時に死んじゃったら生き返れないんですよ! ジュネさんは臥竜王がどんなか知らないから、簡単に倒そうなんて言えるんですよ!」
恭は死を目の前にして、恐怖のあまり一気にまくし立てた。
「……もういいや、お前ここに残れ。パーティー解散だ」
ジュネは静かな口調でそれだけ言うと。クルッと向きを変えて町の入り口へと進んで行く。
「ちょ、ちょっと、ジュネさん!」
ジュネは振り向きもしない。
(だって死ぬんだぞ! 本当にいつものリアルな夢だったらいいけど。もし現実だったら。……でもここに一人残されても)
――……恭は、ふと抱いている子供を見た。
泣き疲れたのと安心からか、スヤスヤと寝息をたてていた。
「……分かりました! やれるだけやりますから、置いていかないで下さいよぉ!!」
(この時、うっすらだけど。僕が我流王と戦う覚悟を決めた瞬間だった)
すると、そうくるのが分かっていたのだろう。ジュネがクルッと方向転換して走って来た。
「そうこなくっちゃ男じゃねぇぜ! 臥竜王を倒したら胸揉ませてやっから頑張れよ!」
恭の肩を力強く叩いた。
「ちょっと起きちゃうからやめてくださいよ!」
「可愛いなぁ~」
ジュネは子供の頬をつつくと、子供は寝ながら頬をくすぐったそうに擦っている。
ジュネの目は、とても優しい目をしていた。
少しでも長くこの子を寝かしてあげたいと思った。
そして……。我流王を倒せなくても、胸は揉まして貰おうと思った。