終了条件1<意思を持った人形から逃亡せよ>
~out side~
彼が恐る恐る後ろ……声の聞こえた方へ振り返ると、先程まで誰も居なかった場所に少女が立っていた。
黒い洋服に赤いスカート、赤いリボンをヘアバンドのようにしている。
人間だと思ってホッとしたのも束の間、彼は不自然な点に気付く。
一見生身の人間に見えるが、良く見ると肘の関節が可笑しい。
良く見ないと分からないが、肌の色と同じ色の糸で、肘の関節の周囲を細かく縫っているのだ。
手術痕かとも思ったが、どうやら違うようだ。
更に良く見ると、五本指全ての第一、第二、第三関節や手首も糸で縫ってあったのだ。
しかも両腕共に。
これはヤバいと判断した直後に彼女が口を開いた。
「……ねぇ貴方、人間でしょ?」
「…え、ああ……俺は人間だけど……。君は……?」
「ふーん。じゃ、死んで貰うわ。」
次の瞬間、彼の頬の横を、紫色の塊が通り過ぎた。
地面に落ちたその塊は弾け、濃い紫色の煙が立ち上る。
塊が当たった草は黒みがかった黄色に枯れていた。
やはり彼女は人間ではなかったようだ。
「もしあれが当たっていたら」……彼は背筋が凍る思いをした。
静かに逃げていればこんなことにはならなかったのに。
後悔先に立たず、とは正にこのことだ。
「あら、外したわ。……まぁ、次は当てるけど。」
冗談じゃない。
彼は全力で走り出した。
どこに行けばどこに辿り着くのかは分からないが、一刻も早くこの人外から逃げなければならない。
地形から推測するに、山林である場所を必死に下る。
すると、背後から焼けた石に水をかけたような音が聞こえて来た。
あの人外が追って来ているようだ。
しかし、それにしては草と体が触れる音が聞こえて来ない。こんなにも野草が群生しているのに、何故なのか。
先程から上から風を切る音がするので、上を見上げて分かった。
空を飛んでいるのだ。
しかも自分とほぼ同じスピードで。
「おい、嘘だろ……!?」
驚愕していると、上からあの塊が落ちて来ていた。
「(駄目だ、間に合わない!)」
もう駄目だ、そう思ったその時、彼は自分が札のような物を握っているのに気が付いた。
そして、気が付くと何かを呟いていた。
「回避「ローリング」……え?うわっ!」
彼の体が勝手に動き、前へ向かって前転した。
直後にすぐ後ろからあの音が聞こえる。
間一髪だった。
「(良く分からないが、コイツの力か……?)」
彼は立ち上がり、また走り始めた。
一泊遅れて、先程まで驚愕していた人外が追って来る。
それからは単純な物だった。
紫色の塊を避けながら走り続けて、塊が当たりそうになると回避「ローリング」を使用して回避、また疾走を再開する。
この繰り返しを幾度かしながら走っていると、森の出口が見えた。
速度を上げて突っ切り、開けた土地に出ると、風景がガラリと変わった。
今居る開けた土地の向こうに、明治初期のような建物が密集した集落が見える。
人の集落を目の前にして流石に諦めたのか、振り向くと人外は追って来ていなかった。
彼は助かったのだ。
「……先ずは、情報収集をした方が良さそうだ。」
彼は集落に向けてゆっくりと歩き始めた。
~続く~