すーぱぁお母さんの音楽会(4)
(7)
「必要なものがあれば、何でも言ってください」
その言葉に甘えて私が欲しがったのは五線譜だった。
「スコアを、楽譜を書いてみようと思うんです。そうすれば少なくとも私が音楽家かどうかわかりますから」
「じゃぁ、俺が買ってきますよ」
青年がそう言ってくれた。
程なくして、青年は五線譜のノートを3冊ほど買ってきてくれた。
私は、ノートの表紙を開いて5本ずつ線の引かれたページを見ると、何か懐かしいような気がした。自分が本当の灘功でなくてもかまわない。とにかく何か曲を書きたい、という衝動にとらわれている。
私は鉛筆を貸してもらうと、五線譜に音符や記号を一心不乱に書き付けていった。
この曲を作るために私は生き返ったのだ。きっとそうに違いない。この曲の完成なくしては、死んでも死に切れない。その思いが復活につながったのだ。そう、思うことにした。
書いては直し、直しては書き続ける行為を、時間も空腹も忘れて、一心不乱に行っていたようだ。
最後の音符を書き付けたとき、私は、精も魂も尽き果てた状態だった。「これが音楽家の人生だ」と思った。私は灘功の人生を数時間で駆け抜けたような気がした。
だが、未だ死ねない。あの少女にこの歌を届けなければならない。
(8)
夢の中の記憶にあった少女──和田瑤子の事については、できる限りの事を調べてくれると、壮年の男性が約束してくれた。本当は私自身がやらなければならないのだが、身体がこの調子では、この家の方達にお願いするしかない。
「あの……しばらく休ませてもらっても、いいでしょうか?」
私は、おずおずと訊いた。
「ああ、そうですね。えーと、十五時間くらい不休で書いていましたからね。何か食べますか?」
「いえ、ちょっと疲れただけですから。すいません、無理ばかり言って」
「構いませんよ。何か欲しいものがあれば呼んでください。隣の部屋にいますから」
男性がそう言ってくれたので、甘えることにした。
横になってしばらくすると、眠気が襲ってきた。うつらうつらと、また夢の世界に引きずりこまれそうな感じだった。
私は、また前回のような、浅い眠りの中にいた。
ふすまを通して、隣の部屋の会話が伝わってくる。
「凄い曲だな。普通の人間には歌えない。歌えるとしたら……、そうだな、その和田という少女か、お母さんくらいだな」
「そんなに凄い曲なの、父さん」
「譜面だけじゃピンと来ないかも知れないが、実際凄い曲だ」
「お前、和田という少女について、探れないか?」
「えーと、今やってるとこ。……う~ん、結構ほじくり返してるんだけど、あまりいい情報はないわねぇ」
「どういうことだ? お前がそんな言い方をするという事は、まさか……」
「そのまさかなんだよねぇ。和田瑤子という女性が存在していた事は確かなのよ。だけど、その娘は、一年位前に死亡しちゃってるのよね」
「やはり……そうか」
「まぁまぁ、そう落胆しなさんな。ちょっと待ってて。今、補正をかけてるところだから。……よしっと。今から3ヶ月の寿命にしといたから」
「え! 生きていたことにしたのか? 世界線は大丈夫か?」
「病院でずっと療養中だったからね。外界との接触がほとんど無かったから、ずれは大きくても0.5%以内よ」
な、何だって! あの娘は死んでいたのか。しかし、それを生きていることにしたとは、どういう意味だ。私の時もそうだったが、この家は、どこかが、なにかがおかしい。
私は、背筋にぞっとする感覚を憶えた。
それもつかの間、私はまた、深い眠りへと導かれていた。