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すーぱぁお母さんの音楽会(12)

        (23)

 遂に、音楽コンクールの当日がやってきた。


 私は、いつもより早起きしていた。が、特にやることもなく、そわそわしているだけだった。こんなことは、初めて自分の生徒をステージに立たせた時以来だ。柄にもなく緊張してくる。

 そうしているうちに、瑤子(ようこ)が私の部屋にやってきた。私は、急いで例のサポータを左手に巻いた。


(せ、先生、お早うございます。わたし、今日ちゃんと歌えるかどうかが気になって、早起きしてしまいましたわ。もう今からドキドキしています)


「ああ、先生も同じだよ。ちょっとドキドキしてる。でも大丈夫だよ。昨日までのレッスンで、君は十分完璧に歌えるようになっている。心配することはないよ」


(そうでしょうか? ああ、何だかそわそわして、落ち着かないわ。どうしましょう?)


 瑤子も私と同じような気持ちらしい。

「大丈夫だから落ち着きなさい。君の出番は、プログラムの最後になるって聞いていたから、本番までにはまだまだ充分時間があるよ」


(だから、そわそわしてしまうんです。時間がある分、ドキドキする時間も長くなってしまうわ。ああ、本当にどうしましょう)


 う~ん、これではイタチごっこだ。どうしたものか……。


「あんた達、寝巻のままで何やってんの? 朝ごはんよ」


 この家の主婦に乱暴に言葉をかけられてしまった。彼女の指摘で、私達は、寝起きのままそわそわしていたことにやっと気がついた。何たる失態。

「ああ、すいません。今日が本番だと思うと、落ち着かなくて。すぐに着替えて行きますので」

 と、私は何度も頭を下げながら、その場を取り繕った。


 私と瑤子が洋服に着替えてダイニングルームに行ったとき、松戸家の家族は、もう集まっていた。

「何か、俺、落ち着かなくって早起きしちゃいましたよ」

「ん? 輝久(てるひさ)君もか。今日はみんな早起きだな」

 清次郎さんが朝食の準備をしながら、そう言った。

「わしも、昨夜はよう寝られんかったわい。お嬢ちゃんみたいな孫がいたら、こんな感じになるんかいな」


「あたしは別に平気だったわよ」


 そんな中で、夫人だけはいつもと変わらない様子らしい。

「お母さんは、今日のドレスを着て喜んでただけじゃないか」


「あらま、庄之介、見てたの。その歳でまだお母さんが恋しいのかなぁ」


「何へんなこと言ってんだよ。僕、来年は中学生だよ。そんなことあるはずないじゃん」


「あら、大変。反抗期かしら。近頃の子供は扱いが難しいわねぇ」


 このアカシアさんにも困ることがあるのか! 私は、家族団欒の呑気なやり取りよりも、そのことに驚きを隠せなかった。


「朝ごはんが出来たぞ」

 清次郎さんがそう言うと、テーブルに朝食が並んだ。いつもよりも、やや豪華である。


(わぁ、スゴイごちそう。わたし、全部食べられるかしら)


「食べられない分は残していいんだよ」


(わかりました)


「はい、それではいただきましょう」

『いただきます』


 こうして、音楽会の日の朝がスタートした。



        (24)

 バタバタしていたので、会場の市民ホールに着いたときは、開演三十分前だった。

 控え室に行くと、大勢の人が着替えたり動いたりと右往左往していて、目眩がするようだった。我々も、割り当てられたスペースで着替えをすることにした。

「コンクールまで一週間しかなかったのに、よくエントリーできましたね」

 私は、今まで気になっていたことを訊いた。

「なぁに、何でもないことですよ。我が家には魔法使いがいますから」

「?」

 輝久くんの答えに、私には何のことやら、さっぱり分からなかった。


「あんたたち、男性はあっちで着替えんのよ!」


 アカシアさんの声が、私を我にかえした。ぼうっとしていた私は、つい瑤子達に着いて行ってしまうところだったのだ。

(なだ)さん、こっちですよ」

 輝久くんが手を振っていた。私は早足で、彼等に着いて行った。

 瑤子とは離ればなれになってしまうが、大丈夫だろう。向こうには、アカシアさんもいることだし。


 音楽コンクールなど、本当に久しぶりだった。

 以前は、教え子と一緒に、会場で右往左往していたっけ。

 昔の思い出が幻想のように溢れ出す。つい、先週までは、もう一度こんな気分を味わえるとは夢にも思っていなかったのに。

 ふう、歳はとりたく無いものだと、しみじみ思った。

「灘さん、ネクタイが曲がってますよ」

 清次郎さんに指摘されて、私は我にかえった。今日は、こんな感傷に浸っている場合ではないのだ。


 私達は、控え室のモニタ画面で、コンクールの進行状況を見ていた。今ちょうどバイオリン部門の演奏が行われているところだ。

 声楽部門は、最後になると聴いていた。出番までは確かに余裕がある。だが、時間がある分、余計に緊張してしてしまう。瑤子の言った通りだった。


「大丈夫。きっと上手く歌えるから」


 アカシアさんが瑤子を励ましていた。


(本当に大丈夫でしょうか?)


「当たり前じゃん。あたしが見た分では、お嬢ちゃんより上手なのは、あたし位だよ。だから、落ち着いてどっしりと構えときなさい。どっしりと」


(はぁ……)


「そうだよ瑤子。先生もついてるからね」


(はい、分かりました)


「よしよし。いい娘、いい娘」


 瑤子は、アカシアさんに励まされて、落ち着いて来たようだ。昨日まで、やるだけのことはやった。あとは本番のみ。


 そして、瑤子の出番まで、もうすぐという時間になった。




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