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すーぱぁお母さんの音楽会(1)

 私は、……私は誰だ? ここは何処だ? いったい何が起こったんだ。何も思い出せない。


 子供が私を指差している。何か言っているようだが、聞こえない。わからない。……ああ、目がかすむ。立っていられない。私はその場にしゃがみ込むと、そのまま倒れてしまった。

 誰かが話している声がする。だが、耳鳴りがして、分からない。私はどうなるのだろう……。



        (1)

 次に私が目を覚ました時、最初に見えたのは、和室の天井と蛍光灯だった。どうやら私は、布団に寝かされているようだった。

 起き上がろうとしたが、目眩と疲労感で起き上がることができなかった。


 しばらくすると、若い男性と小学生くらいの子供がやってきた。

 彼らは私の傍らに座ると、声を掛けてきた。

「大丈夫ですか。俺の声が聞こえていたら、首を縦に振って下さい」

 私は首を縦に振った。

「お加減はどうですか? しゃべれそうですか?」

 私は声を出そうとしたが、うまく声がでそうにない。仕方なく、首を横に振った。

「未だダメみたいだね」

「怪我や病気じゃないそうだよ。空腹と疲労が原因のようだから、栄養を摂ってもらって、しばらく寝かせておこう」

 そう言うと、若い男のほうがピストルのようなものを取り出すと、私の腕に押し付けて引き金を引いた。<プシュー>という音がして、私は、腕にかすかな痛みを感じた。

「心配いりませんよ。無針注射器で栄養剤を撃っておきました。しばらく、そのまま休んでいて下さい」

 そう言うと二人は、部屋を出て行ったようだ。

 これから私はどうなるのだろうか……。



 次に目を覚ました時、私は髪の長い女性に覗き込まれていた。一瞬驚いて「ひっ」と声を出してしまった。

「大分回復してきたみたいね」

「大丈夫ですか? 起きれそうですか?」

 傍らにいた男性に、そう声を掛けられた。

 前に会った人たちとは違う。この部屋には二人に他に、人はいないようだ。

「……あ、ああ……大丈夫のようです」

 これが私の声か。まるで老人のようだ。それ以前に自分の歳も思い出せない。本当の老人なのかも知れない。

 私は、言われるままに、布団の上で半身を起こした。

「どうして、あんなところに倒れていたのですか?」

「倒れていた? 分かりません。……自分の名前も、何処から来たのも、どうして……倒れていたのかも。……何もかも分からない」

「一時的な記憶障害のようですね」

「フムン、ブービートラップでもなさそうだし、洗脳されているわけでもなさそうね。では、いっちょやってみますか」

 髪の長い女性の方がそう言うと、右手の人差し指を私の額に当てた。そんな感触だった。が、しばらくすると、何かが額にめり込んでくるよう様な、異様な感触にとらわれた。

 窓ガラスに私の姿が映っている。本当に老人のようだ。老人の額に女性の指が、……めり込んでいる。突き刺さっている。女性の指は、私の額に根元までめり込んでいっているのだ。恐怖で悲鳴を上げようとしたが、どんなに頑張っても声は出なかった。身体を動かそうとしても、全く動かない。


 私は何をされているのだ。


 私は頭の中を何かで弄繰り回されているような感覚にとらわれた。この女性が私の脳みそをかき混ぜているような錯覚を覚えるほどであった。

 しばらくして、女性は指を私の額から引き抜くと、こう言った。

「まぁ、こんなもんでしょう。だいたいの事は分かったから、もう一回栄養剤を撃って寝かせときなさい」

 こう言って、その女性は人差し指をペロリとなめると「おいし」とつぶやいた。その様子を見ていて、私は身体の自由が戻っていることに気がついた。しかし、立ち上がる事はできない。

 言われるままに、もう一度、床に寝かされると、もう一度さっきの注射器と言っていたもので、何かの薬を射たれた。

 しばらくすると、また、眠気に襲われてきた。

 そして、私はそのまま眠ってしまった。深い深い眠りに……。



        (2)

 私は、深い眠りの中、夢を見ていた。

 

 私は、(なだ)(いさお)

 音楽家である。

 特に声楽の作詞・作曲を行っている。

 年齢は五十五歳。

 T芸術大学の講師をしている。

 教え子の何人かは、プロの声楽家として、世界で活躍している。


 教え子の中で、特にお気に入りだったのは、和田(わだ)という少女だった。

 彼女は物心つくかつかないかのときに、事故に遭い言葉を失っていた。だが、言語中枢を損傷しただけで、会話はできなくとも、音声を発する事には何の問題もなかった。いや、問題がないどころか、普通の人間では発することの不可能な帯域の音声を発することができた。それはピアノの全キーに相当するほどの音域であった。

 そのことに気付いた私は、彼女のためだけの歌を作曲した。それは、彼女にしか歌えない歌だった。これを発表すれば、彼女は声楽に革命をもたらすに違いない。そう確信した。

 しかし、大学の名のある教授や講師は、それを認めなかった。


『言葉を喋れない少女の歌など認められない』


 そう言って耳を貸さなかったのだ。そうやって自らの保身の為に、彼女と私を大学から追い出したのだ。


 私は自暴自棄となり、あちこちを放浪した。何処をどう旅したのかもわからない。いつしか、手持ちの金も、身分証明書も失って、あっちをこっちをふらふらと放浪していた。そんな旅の最後にたどり着いたのが、この町であった。


 彼女は、その後どうなったのか、消息は分からないままだった。



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