出会い
「うわぁー!すげぇーー!」
偶然見つけた花畑に向かってレンは声を上げた。
きれいに舗装された道が1本あり、その両脇には色とりどりの花が咲き誇っていた。
もうすぐ小学1年生となるレンはお祝いに買ってもらった自転車に乗れるようになりうれしくてつい遠くまで来てしまい。若干迷子になりそうになっている時に入った小道の先に見つけたのがこの花畑であった。
花の名前なんてヒマワリとチューリップぐらいしか知らなかったが、見ているだけでも楽しかった。
花畑の中にも所々道があり花を踏まずとも奥まで行けるようになっていた。
「すごいなーすごいなー」
花を見ているだけであっという間に時間は過ぎていき、夕方になる少し前に自分が迷いそうだったことを思い出した。花畑から飛び出し(もちろん花は踏まないように注意しながら)愛車に乗って、自分のわかる場所まで元来た道を急いで逆走した。
翌日。お昼を食べ終えると昨日の場所に行くためレンは愛車に乗った。
道を4回ほど間違えたがなんとかたどり着く。道の入り口に自転車を止め小道を進んでいく。その先には昨日と同じように花畑が広がっていた。
しかし、そこにはすでに先客がいた。花畑の間をピョコピョコ動く頭が2つ。
そろそろと近づいていく途中で1人が立ち上がってその拍子に目があった。
長くて真っ黒な髪をしたお人形のような女の子で、驚きから数瞬見つめ合ったが相手から話しかけてきた。
「どこからきたの?」
と、小首をかしげながらに言った。
「うぇ、えーっと……」
レンが黙っているともう1つの頭が立ち上がった。
髪が茶色っぽくてフワフワしていて猫のように目がクリっとした女の子だった。
「ここはビビちゃんの秘密のお庭なんだから勝手に入っちゃだめだよ」
「いいじゃない。モモちゃん。ねぇ一緒に遊ぼ」
人形のような子はビビ。フワフワしている子はモモと名前を教えてくれた。
「そろそろ帰りますよビビさん」
気がつくと夕方になっていて遠くと言うか花畑の入口のほうから声がした。
「うわぁ!じいだ。じいやがいる」
アニメでしか見たことのなかった本物の執事のじいやを目の前にしてレンは興奮気味に言った。
「うん。ビビのお世話してくれてるの。お父さんもお母さんも忙しいから、帰ろうか。また明日も遊ぼうね」
と、ビビが言った。
「どうやってここまで来たの?」
と、モモが聞いた。
「自転車!」
レンは胸を張って答えた。いまのところ補助輪なしで乗れる友達はいなくてレンの威張れることの一つだった。
「すごーい自転車乗れるんだ。ビビはすぐに熱が出るから運動したらダメなんだって、この前も入院してたんだよ」
ビビは少し俯きながら言った。
「入院か~すごいね。僕入院したことないんだよね」
「すごくないよ。入院なんてしないほうがいいに決まってるもん」
小道を通り抜けて通りに出ると車が止まっていた。よくよく考えてみるとここに到着した時にも止まっていた。
「じいはね。ビビたちだけのほうが遊びやすいでしょう。って言ってくれて車の中で待っててくれるの、それに他の人が入らないように見張っててくれるの」
と、言うビビの説明にじいは苦笑気味だった。
「明日も遊ぼうねー」
送ってもらうために車に乗っているモモが言った。
「またねーー」
2人に手を振られて、自転車に乗りながらもレンは手を振り返した。この時が初めて片手運転をした瞬間であった。
次の日は2回間違えたがなんとかたどり着いた。
じいの車も止まっていてその中でじいは気持ちよさそうに眠っていた。
自転車を止めて小道を進んでいくと、ビビとモモが道にいて知らない男の子が花畑の中に入っている。
「レン……ぐん」
ビビは涙を腕拭きながら言った。
「早く出てってよ!」
そう言うモモもスカートの裾を握りしめ、泣きそうになっている。
「おいお前早く出てけよ」
レンははっきりとした口調で言った。
「なんだよ。ここはオレが見つけたんだよ」
花と花の間にどっしりと座りながら偉そうに言って、ゆっくりと立ち上がり花畑の中から道に上がってきた。
レンよりも少し背が高く、横幅も大きい、見るからにガキ大将と、言ったところだ。
「違う!ここはビビの花畑なんだぞ」
「うるせぇー俺が見つけたんだよ」
と、言うと同時に右手をグーにして殴り掛かってきた。
肩口当たりを狙われたパンチをレンは左手で受け止める。てっきり顔を狙うと思っていたのだが、手加減のつもりだろうか。
手を掴まれたことに驚くガキ大将だがすぐにキックをくり出してくる。
レンは後ろに飛びのいて避けて間をいったんあけてから一気に胸元に飛び込んでTシャツの襟元を掴む。袖もつかみたかったが、ガキ大将は半袖だったのでそれはあきらめて、直接手首をつかんで大外刈りっぽいことをして尻もちをつかせそのまま押し倒した。
地面にあお向けに倒されガキ大将はしばし呆然としていたが、レンを力任せに払いのけすぐに立ち上がって掴みかかりに来たが少し避けて足をちょっとだして転ばした。
今度は豪快にうつぶせに倒れたが、すぐに立ち上がる。
何度立ち上がっても何度も転ばした。
「もうやめてーー!」
間に飛び込んできてレンの両肩をつかんだ。
泣いてなかったはずのモモが泣きながらレンを止めた。
「もうやめてあげて」
一方的にやられるガキ大将。一方的に倒し続けるレンを見ていて怖くなったのだろう。
「大丈夫なの?痛くないの?」
泣きながらビビは何度も転ばされ泥だらけになって、あちこちから血が滲んでいるガキ大将の傍に座りハンカチを取り出した。
「ちょっとまってね」
「ビビ走っちゃダメだよ」
と、言うモモの声を無視して、ビビは水道に向かって走り出し、水で濡らしたハンカチを持ってきた。
「じっとしててね」
と、ビビはガキ大将の傷口を拭きだした。
痛そうに時々顔をしかめたがガキ大将はおとなしくしていた。
「ねぇお名前は?」
一通り拭き終わりビビは言った。
ガキ大将はビビの顔を睨んだまま黙っていたが、
「ゴウ……」
と、ポツリと言った。
「ゴウ君。遊ぼう」
ビビは笑顔で言った。
ゴウの手を引き花畑の中に入っていく。
「ここは摘んでもいいお花だからね」
ビビは傍にあった1本を抜いてゴウに渡して、自分は花冠を作りだした。
昨日教えてもらったので、レンも自分で作り始める。
作るのが上手なモモはゴウの傍に座って教えようとしゃべりながら作っていたがゴウは知らんぷりをしていた。
「はい」
ビビが完成した花冠をゴウの頭に乗せた。
「男にこんなの乗せるなよ」
ゴウは取ろうと手を伸ばしたがビビがその手を押さえた。
「いいじゃない。かわいいよ」
ゴウはふてくされながらもそのままにしてモモが作っている様子をしばらく眺めていたが、途中でふらふらと近くにある花を見だした。
「どのお花が好き?」
ビビが近くによって聞いた。
しばらくうろうろと探していたが、これと、指した。
「うーん…ビビもなんのお花かわからないな。明日教えてあげるね」
「明日?」
「うん。明日も遊びに来るよね?」
「う、うん」
「でも、あんまり一緒に遊べないね。明日の明日の明日は入学式だもん」
花冠以外にも花の首飾りや花の腕輪に指輪をレンに装着させ最後の仕上げに花のベルトをつけようとしながらモモが言う。
「ゴウ君はどこの小学校?」
「西小」
「いっしょじゃないのか」
ビビがさみしそうにする。4人とも違う小学校に入学することになる。
「次は何して遊ぶ」
みんな何も言わなくなってしまったので、着せられた花の装飾品をとりながらレンは言った。
それから夕方にじいやが呼びに来るまで遊んで、次の日も次の日も遊んだ。
「明日入学式だね」
「お友達できるかな」
「オレは100人つくるぞ」
「大きくなったらみんなと会えるのかな?」
と、ビビが言った。
「それだったらよ。大きくなったらみんなであそこに行こうぜ」
ゴウが木の間からちょっとだけ見えていた建物を指差した。
「大きくなったらあそこに行くの?」
と、ビビが聞いた。
「そうだぞ。あれは『コウコウ』って言って、大きくなったら行くんだぞ!」
ゴウは得意げな顔をしながら言った。
「うん。行こう!大きくって何歳にになったらいけるの?」
と、モモが聞いた。
「えっと……とにかく大きくなったら行けるんだよ!
じゃあみんな約束破るんじゃねぇぞ」
ゴウはそう言い終えると小指を出した。
それを見てニカッとモモは笑顔になって小指を出した。
ビビも小指を出した。
レンももちろん小指を出した。
ただ指を出したまま全員の動きが止まった。当然のことだが4人一緒にしたことがないのだ。
「えっと。2人でバッテンを作って、それをまた重ねて、モモとオレの指を曲げて、これでいいだろ」
「おお、ゴウ君頭いい」
ビビに褒められゴウは得意げな顔をした。ビビが交わった指とみんなの顔を見て言った。
「いくよ。せーの」
『ゆびきりげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーますゆびきった』
4人同時にパッと指を離した。4人だけの秘密の約束と言うのがたまらなくうれしかった。
「よし!みんな忘れんなよ」
と、ゴウが言った。
「みなさん時間ですよ」
測ったようなタイミングで遠くにじいやの姿が見えた。
「じゃあなー」
と、歩きのゴウが帰り始める。
「バイバイ」
と、ビビとモモが車から手を振る。
自転車に乗りながらでも、もちろんレンも手を振る。すぐに明日にでも会えるそんな気がしていた。
9年後