◇暴力組織対暴力公務員~第1話~
新宿に行きたいとほざきやがったかコイツ、学が無いにも限度がある。
「東城君? それはホンキで言ってるのかい?」
無駄にハキハキとした口調、良く通る声が聞こえた。
「おう、津和野。 ご苦労さん」
こいつは津和野 月子、情報部に所属していて主に戦後の情報処理を担当している。月というより太陽のような奴だ。
「あたしの情報によると東城君は戦闘は得意みたいだけど……知識が無いみたいなの!」
流石は情報部、良く調査してるじゃないか。エイコーの頭には味噌じゃなくて筋肉が入ってるんだよ、むしろ空っぽかもしれん。
「ツッ子、それは溜めて言うことか。 それよりも紅藤だ。 手前ぇ失礼なこと考えただろ?」
「おう、なんでわかった?」
「隠すつもりないのか。 上等だよ」
エイコーと目配せしてお互い刀に手を掛けた。
「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉ!! 喧嘩しちゃダメだよぉぉぉ!!」
手をブンブン振り回してあたふたしている津和野、からかい甲斐があるぜ。
「津和野、冗談だ」
「へ?」
「てか新宿に行っちゃいけねえってのか?」
「はぁ……。 旧西新宿1丁目から2丁目に及ぶ地域は企業同士が結託して資金を出し合い東京都から土地を買い上げて支配してるの。 常識だよ?」
新宿副都心のシンボル的存在である都庁舎も現在は大手企業が初期建築費用の数倍の資金を東京都に支払い本社ビルとして所有している。
都庁舎は特別養成区に移転された。
数年で丸の内・西新宿・特別養成区と本庁舎をコロコロ移転するなんてよっぽどの事情があったのかよっぽど金欠だったのか。
「その地域の周囲には武装した企業戦士が配備されていて関係者以外の立ち入りを制限しているの。 地域の周囲は治安が良いとは言えない繁華街や外国人街があって、たかだか高校生の二等公闘官がチームも組まずに近寄ることはとても危険よ。 下手したら企業戦士とヤクザとマフィアを一度に相手することにも……」
体育の授業でチャカをぶっ放すご時世だ、大久保や歌舞伎町の過激な奴らならちょっとしたことでマシンガンの撃ち合いになることもあるだろう。
悔しいがそんなのを収める力量は俺たちにはなく、所詮は社会不適合者やその予備軍を始末するただの弱い者虐めだ。強い者に挑めないのが悔しい。
「ま、そういうことだから新宿副都心観察は諦めな。 時間もあるしゲーセンでも寄ってこうぜ」
「えっ!? ゲーセン行くのぉ? あたしも行くっ」
仕事サボってゲーセンとか情報部所属の公闘官とは思えない発言だな。
「津和野は仕事が残ってるだろう」
「くぅぅぅ!! 後から行くから待っててよ!」
「新宿がねぇ……、そんな魔都だったなんてな。 闘校制服を着た奴が狙われるってことか」
「奴らからしたら俺たちは忌むべき存在だ、狙ってくるのも当然。 悪いことしてるのは手前らだってのに逆恨みなんて嬉し過ぎるぜ」
「ああ、嬉し過ぎて礼に参りたいくらいだ」
「……2人とも許可なく企業地域に近付かないようにね?」
「わかりましたよ、ツッ子様」
津和野の邪魔にならないように現場を後にした。
ゲーセンなら渋谷がいいか、電車賃がもったいないし渋谷ならここらか歩いてすぐだ。
「歩いて渋谷まで行くぞ」
「おう」
日が西に落ちる時間、アフター5を満喫しようと渋谷は人の海だ。
特別警戒月間らしく夥しい数の国家権力が街を警邏している。
髪を染めていようが顔中にピアスがついていようが奇抜なメイクをしていようがルールを守って楽しむなら文句は無い。俺たちは品行方正を強要しているわけじゃない。
「すごい人だな」
「ああ」
ハチ公前広場からスクランブル交差点を眺める。
人混みのせいで少し酔ってしまったようだ、仕事明けでちょっと疲れたかな。
「紅藤」
「あん?」
「あいつ、おかしくねえか?」
エイコーが指差した先にいたのは、壁にもたれかかり行き交う人々を舐めるように見ていた男だった。
「スリだな、あいつ」
目でわかる、獲物を狙う猛禽類のような目だ。
限りなく存在を消しているが、俺たちからすれば自分は良からぬ事をしようとしてますよと言っているようなものだ。
「職質かけてみるか」
「オーケイ、紅藤」
エイコーが男の所へ歩み寄る。
「よお、獲物探しか?」
「……」
「あん? 無視するな。 身分証明書と鞄の中身を見せろ」
「ふん、まだまだだな二流公務員が」
「何だと? 死にたいか」
「私の気配を察知するとは只のバカではないみたいだ。 さっきから眼前を行き来する警察官は私のことを気にもかけない」
「何が言いたいんだ、おっさんよお?」
公闘官相手に物怖じしない態度、一般人じゃねえな。
「私は公闘庁4課課長・有栖川 内匠公闘視正。 貴様ら良いところに来たな、私の仕事を手伝え」
あの公闘手帳、天秤を閉じ込めるように交差した剣が特徴的な金の代紋、平等に悪を討つという意味を持つ公闘官の紋章だ。
ちなみに4課は対組織暴力専門の部署だ。
「失礼いたしました! エイコー、偉い人にメンチ切んな! 刀を触るな!」
「紅藤よお、疑って疑って疑ってさらに疑うくらいじゃないと」
「まずは自分の馬鹿さ加減を疑えや」
「はっはっは、血気盛んな若者達だ、実に興味深い。 名は?」
このおっさん、ただのキャリアなんかじゃない、エイコーと問答しているところに斬り込んでやろうと思ったが隙がなかった。下手したら俺が蛋白質の塊にされてた。
「はっ。 公闘官高校攻撃部2年・紅藤夕二等公闘官です」
「同じく、公闘官高校攻撃部所属・東城英孝二等公闘官。 それで、貴方の仕事とは?」
エイコーも血気盛んな只のバカではない、有栖川の尋常ではない空気に感化され既に上司を見る眼差しに変化している。
「うむ。 幸瑛會は知っているな?」
「はい。 先ほど幸瑛會下部組織の使い走りのギャングを血祭りにあげてきたところです」
「そうか。 その幸瑛會が渋谷駅周辺全てをシマにしようと暗躍しているのだ。 鉄道会社を始め遊技店・小売店・飲食店・娯楽店・風俗店諸々を傘下にし、渋谷駅周辺に一大勢力を築こうとしている。 公闘庁4課の仕事はそれを華麗に阻止することだ」
指定暴力団・幸瑛會の組員数は全国に5万人以上、それが躍起になったら渋谷駅周辺くらい簡単に支配されてしまうだろうな。
「暴力団員排除作戦を華麗に遂行するために、貴官らには奴らの息のかかっていると思われる店舗・ビルに強襲をかけてもらいたい」
放課後の特別授業がヤクザ狩りなんて面白い、ゲーセンでゾンビ相手に銃をぶっ放すより遥かに面白い。
俺はエイコーと目を合わせるとニヤリとほくそ笑んだ。