◇序章~第2話~
バスが来るまで残り数分か。
さて、今日のカリキュラムもいつも通りの過酷なものだろうな。気合い入れとくか。
「紅藤よぉ、たまには俺と一緒に一狩りいこうぜ。 宮永とばっかり組んで勲功だの小金だの稼ぎやがって。 俺の中でお前達は互いのマグナムと刀で毎晩激しいコトしてんじゃねえかなって」
「はっ、昼間から激しい授業に耐えてるのに毎日夜の授業なんて身体が持たないんだよボケナス。 ま、たまにはエイコーと仕事も悪くはないがな」
「そうこなくっちゃな」
エイコーは闘校生徒に与えられる専用端末を鞄から引っ張り出す。
午後からのカリキュラムは自分で組む、端末にアップされる任務に個人やパーティーを組んでエントリーする。
仕事内容は難易度が低い物だと一般人のボディーガードや警邏などから選択可能だ。
実戦的授業といえども日当や報酬はしっかり払われるし、その金を学費に充てることも可能だ。
闘校は私立高校ですら遥かに凌駕した高額な学費を納めなくてはならない、裕福ではない家庭の者は在学中に積極的に稼いで親を助けなければやっていけない。
天才的な能力を持った者なら全額免除や一部負担などもある。
俺は推薦入学だが学費は一部負担だ、のうのうと学園ヘブンを満喫するわけにはいかない。
「これなんてイージーでハッピーだ」
「どれどれ?」
画面に表示された仕事内容は、東京を拠点にしている任侠組織・幸瑛會の下部組織の中の下部組織の中のもう何次団体であるのか不明な組織の使い走りとされているギャング・ピクシーの排除とそのリーダー・坂東の生死を問わない捕縛だった。
「人数はざっと10人弱、武装していても飛び道具の類は使わないだろう。 下部の中の下部な貧乏ヤクザが使い走りごときにチャカを流すとは思えん。 持っていたとしても粗悪なおもちゃだ、問題ない」
「お手頃ってやつだな。 報酬とリーダーの懸賞金は?」
「諭吉10人を山分けだ、すすめが5人ってこった。 リーダーの首に金はかかってない、ま、サービス残業だ。 エントリーするぞ紅藤」
「オーライ、任せた。 今日は見たいテレビがあるからな、残業はしない方向でいくから、相棒!」
エイコーがエントリーボタンを押したところにちょうどいいタイミングでバスが来た。
切符なんて取る必要はない、バス料金も学費に含まれている。
だが降車する停留所前ではしっかりボタンを押さなければな、当然のことだ。
まだ春なのに車内は蒸し暑い、人口密度が高いせいだな。減らしてやろうかなと思っても仕事に関係しない殺人はしっかり殺人罪が適用される。
まだワッパなんかで手首を飾りたくはない。
「ユウとエイコーさんは午後から仕事なの?」
ユカが涼しげな顔で聞いてくる。
こんなむさ苦しいバスの中でも女神様は汗一つ流していない。流石に女神様という敬称で呼ばれてるだけあるぜ、汗臭い女神なんてもはや女神じゃないもんな。
「腹ごなしってとこだな。 目標の敵チームをシェイクすればついでに腹もいい感じになるってとこだ」
「ユウ、油断は禁物です。 注意一秒怪我一生、衛生隊としては」
「注意一生怪我一秒だ」
「紅藤、それ逆」
「まあな。 しかし現実はそうなんだよ。 注意してても防げない物はある。 怪我なんて思えるのは一秒だけ、その後待ってるのは死だぜ」
「ニュアンスは伝わったぜ」
「それでもっ、油断や傲りは死を招きます。 注意してくださいね」
ユカは停車ボタンを押した。
次は公闘官大学附属病院前か、今日の衛生隊はここで学ぶのか。
ユカと同じ清純な白い制服を着た人々が降りていった。
「やれやれだな」
「あぁ、やれやれだ」
衛生隊には女子が多い、男女の集団から女子を引けば残るのは男子だ。
車内は屈強な野郎で溢れていた。
俺とエイコーは目を閉じて口で息をしながら学舎へ到着するのを待った。
「間もなく、公闘官高校正門前です」
機械のような女性の声でアナウンスが流れた。
車内にいた野郎と一緒にバスを降りた。
東京都第24区特別養成区も広いが高校の敷地も無駄に広い。
俺とエイコーは攻撃部強襲隊クラスだ。
教室は一緒だが自分の得物によって授業がかわる。
俺とエイコーは正門を抜けて敷地のほぼ中央に位置する第二学年校舎に入る。
ここから教室までがまた長い。
攻撃部の他にも防衛部・情報部などと分類されたクラスの教室が乱立している。
階段をのぼって長い長い廊下を突き抜け教室まで辿り着いた。
「エイコー、1限目って」
「確か法学じゃなかったか?」
「法律関係は苦手だぜ」
だがこればっかりは気を抜くわけにはいかない。
法に則らない殺人を犯した者は問答無用でブタ箱に蹴り込まれて臭い飯を食わざるをえなくなるからな。
公闘官といえども法を遵守してこそ悪を裁けるのだ。
席に着きクソ重かった法律書やルーズリーフを机上にぶちまけた。
こんな分厚い法律書を諳じられるようになれと先生は悪魔的なことを言いやがる、5センチ以上あるぞこれ。
「間もなく予鈴が鳴るだろう、速やかに着席せよ!」
オールシーズンを真っ黒なスーツ姿で過ごす法学の教師がやってきた。威圧感が半端ない。
クラス担任でもあるこの男は大岡 忠政、オが3つ連なっているので影ではオーサンと呼ばれている。
経歴は詳しく知らないが、公闘官に関する法律のスペシャリストで元検事だとか。
「いつもお前達に言っているが、現在日本は世界で最も危険な国と言っても過言ではない。 私はこの手で直接罪人を捕縛し、時には検事として間接的に幾多の罪人を断頭台に送った。 だが、未だに国内は混沌としており犯罪者の数は減らん。 企業や団体までも大小様々な武装組織を配備している」
オーサンが語り出すと本当に止まらない、おばちゃんのマシンガントークが小鳥のさえずりにさえ聞こえる。
オーサンの発する一音一音が頭に腹にビシバシと響く。
「ポイ捨て1つでも我々に見つかれば問答無用で斬られても文句は言えぬ程に法は歪んでいる。 風紀の乱れはやがて社会の乱れに繋がるからな、これも法だ。 紅藤、知識無き者に公闘官は務まらない」
欠伸したのがバレたか。
しまったな、真面目に聞いてるふりをしておけばよかった。周りの奴らもみんなそうしてる、溶けておくべきだった。
「ポイ捨てをする公闘官は犯罪者です。 法は我々を統制する為にあります」
「うむ、これからお前達に必要不可欠な法を叩き込む。 しっかりついてこい」
なんとか切り抜けたようだ。
スッキリ講話に入れたのでオーサンもご満悦みたいだ、薄気味悪いったらない。
『強制武力介入法』が俺たちに必要な法だ。
内容はきめ細かいが要約すれば簡単だ。軽犯罪者だろうが凶悪犯罪者だろうが殺してよし、以上だ。
オーサンは黒板にびっしりと文字の山を築いていてもはやホワイトボードみたいだ。
俺のルーズリーフは綺麗な物だ、まるでホワイトボードみたいだ。
法学・語学・戦闘訓練と過酷な午前の部も気付けば終了していた。
結局うとうとしてしまっていた俺、なんのために気合いを入れたかわからんが、まあいいか。
これからギャングを狩りに行く、軽い仕事だ。
「紅藤、昼メシはどうするよ」
エイコーが腹をさすりながら聞いてきた。
「区外で食おうか。 そのまま仕事に行けるし」
「ナイスアイデアな」
俺とエイコーは教室を後にして腰に帯びた刀の音をカシャカシャと鳴らしながら正門へと向かった。