再び異世界召喚されたので、持っていたビールジョッキで殴ってしまった
私には人に言えない過去がある。
まぁ、今となっては笑い話なのだけどね。
高校一年のときに異世界に行ったなんて言っても、信じられないでしょう?
だから笑い話。
『世界を救ってください聖女様』
なんて16歳の私にいい大人が言うのっておかしくない? から始まったの。
それから1年かけて瘴気をばらまいている悪竜というのを倒したの。まぁ、私もバカだったんだよね。
守ってくれる騎士様を好きになっちゃって……その時は知らなかったけど、あれは吊り橋効果っていうものだったと今では思っている。
そういうのってあるんでしょ?
危機的状態で種の存続を求める遺伝子的本能って。
でもさぁ、その騎士様には婚約者がいて、勝手に恋をして勝手に失恋したの。
本当にバカみたい。
だから会うのが辛くて、別れを言わずに元の世界に戻ってきた。
でもものすごく悪影響があった。
だって! 付き合って欲しいと言われて男性と付き合っても、グレンと比べてしまう。
で、結局25歳までお一人様。
「ぷはぁ~!」
「咲希、飲みすぎ」
「今日は金曜日! 明日は休み!」
小学生からの幼馴染の彩音まで結婚するという報告に、飲まずにはいられない!
「それに彩音の結婚報告祝いだからいいの!」
ビールが空になったジョッキをテーブルにドンと置く。
「ビール、追加で!」
「はーい!」
通り過ぎる居酒屋の店員に声をかけて追加する。
「タブレットで追加をしなよ」
「え?いいじゃない」
タブレット注文ってなんだか面倒なんだよね。
なんというか、ビール一杯にいくらタップさせるのだというの? 追加でおつまみいかがですかとかいらないんだよ!
「しかし、彩音まで結婚かぁ〜。幼馴染でお一人様って私ぐらいじゃない?」
ここ一年で幼馴染たちの結婚報告をどれぐらい聞いたことか。
内心焦るというのもあるけど、結婚を諦めている自分もいる。
「咲希って、グレン様一筋だもんね?」
「うるさい!」
小学生の頃から仲がよかった彩音には異世界に行った話をしている。
それ以外の誰にも話してはいない。両親にも。
なぜなら、異世界から戻ってきた私は、異世界に行ったその時に戻っていた。
それも自分の部屋でPCゲームしているところ。だけど、服だけは聖女の白いシスターの格好をしていたのだ。
なぜ部屋で一人コスプレをしているのだという感じになっていた。
「どうせ、いつまでも初恋を引きずっている痛い女ですよ」
私はテーブルに突っ伏す。
目を瞑れば今でもグレンの姿がまぶたの裏に浮かび上がってしまう。
何年、引きずっているのだろうという感じ。
「すねないでよ。ほら、ビールの追加がきたよ」
彩音の声に顔を上げ、テーブルに置かれたジョッキを手に取る。
が、ぽたりとテーブルに水滴が落ちた。
それをかわきりにボタボタとテーブルを濡らしていく。
「会いたい……会いたいよぅ〜」
「はいはい、咲希。飲もう」
彩音の手が私の頭を撫でる。
こうやって彩音は、お酒の相手をしてくれている私の親友だ。
「くっ! 飲むぞ! 今日は飲む!」
ジョッキを持ち上げたところで、がくんと膝が落ちた。
「え?」
ぺたりと座った足から床の冷たさが伝わってくる。空気が変わった。
ガヤガヤと温かい居酒屋の空気から、ひんやりとした緊張感が伝わってくる空気に変わった。
知っている。これは知っている。
床には怪しげな魔法陣が光っていた。
その先には私を見下ろしてくる黒いローブをまとった白いヒゲを生やしたジジイ。
「ここどこなの!」
「え?」
若い女の子の声に驚き横を見ると、Tシャツに短パンという寒そうな格好をしている十六歳ぐらいの女の子がいた。
もしかして! また、聖女召喚というのをやったの! このクソジジイ!
「二人……」
「二人もおる」
「これはどういうことです?」
「どちらかが聖女でもう一人が異分子なのでは?」
周りからのコソコソという話し声に、やはりという怒りしか湧き起こってこない。
私は手に持ったままのジョッキを傾け、一気に飲み干す。
「え? お……おねえさん?」
横から聞こえる戸惑いの声なんて無視!
「ふぅぅぅ〜」
飲み干した私はゆらりと立ち上がる。そしてカツカツと靴を鳴らしながら、黒いローブをまとったヒゲジジイの前まで行った。
「ねぇ? ファインワイズ魔導師長さん」
「ん? わしは名乗っておらぬが?」
「はぁ? 名乗ったわよ! 私の前で……それで私は言ったわよ。成人していないガキに何を押し付けてこようとしているわけって」
「ん?」
「だいたいここのパンって、今どきっていうぐらい全粒粉のパサパサのパンだし、スープなんて素材の煮汁かって感じで出しぐらい取れ! 水なんてそのまま飲むとお腹壊すし、ぶどう酒が飲水がわりとかいつの時代だってつっこんだわよね! それに報酬もなくタダ働き。萎えるわぁ」
「え? 水が飲めないの?」
「あと最後に、聖女召喚だなんて頼らずに自分たちで解決しろって言ったわよね」
「まさか! おぬしは……」
「なんでまた聖女召喚だなんてしてんのよ!」
手に持ったままのジョッキをヒゲジジイの頭に殴りつけた。
ゴンと音を立てひび割れ一つせず存在するジョッキに対して、白目をむきながらひっくり返るヒゲジジイ。
私はハァハァと肩で息をしながら、倒れているヒゲジジイを見下ろしていた。
「で? 誰が聖女召喚をしようと言い出したわけ?」
私は首を傾けながら振り返る。
言ったやつは、全員天誅すると決めた。
「サキ様?」
そのとき、聞きたくても夢でしか聞くことができなかった声が聞こえた。
声がするほうに視線を向ければ、会いたくても会えなかった人の姿がある。
でも会いたくなかった。会えば私の心が悲鳴を上げるから会いたくなかった。
落ち着け、落ち着くのよ咲希。
得意の営業スマイルで対応すればいいのよ。
「お久しぶりね。グレン。元気そうでなにより」
笑みを浮かべ心を隠す。
こういうのは得意です。
「まぁここでは、どれぐらいの年月が経過したかは知らないけれど?」
たぶんそれほど年月は経過していないみたい。私は十年近く歳をとってしまったけど、記憶と変わらない姿のグレンがいた。
暗い室内でも光を反射してきらめく金色の髪。夏の空を思わせる青い瞳。
本当に私の記憶のままのかっこいい私の騎士様の姿。
無言で私の前まできたグレンは、私の右手首をつかんでどこかに連れて行こうとする。
そっちはジョッキを掴んでいる手なのだけど!
もしかしてヒゲジジイをぶん殴ったことで地下牢行きとか?
「どこに連れて行く気? 私は聖女なんてしないわよ」
もう聖女なんて懲り懲りよ。
あと、何か言いなさいよ。
はぁぁぁぁぁぁぁ。悪態をついていないと私の心が保たない。
やっぱり好き。
今まで付き合って欲しいと言ってきた男なんて、ミジンコに思えてくる。
しかし、ここって王城の居住区画よね?
王城で働いている人が寝泊まりしている区画。
私はあまり立ち入ったことはなかったけど、王城の使用人が暮らしているところを進んでいる。窓からは月の光しか見えないから暗くてよくわからないけど……月が二つある。
やっぱり戻って来てしまったんだ。
「はぁ〜」
私の何度目かのため息にグレンの足が止まった。
違った。私を部屋の一つに押し入れて扉に鍵をかけるグレン。
え? なに?
「私は三日間の時間が欲しいと申しました」
広いとは言えない部屋の窓から月明かりが入ってきているだけなので、グレンがどういう表情をしているのかわかりません。
「言っていたわね」
「どうして、その間に帰ってしまったのですか?」
「魔導師長が、今日しか戻れないと言われたからよ」
「それ、嘘です」
「は?」
なに? 嘘って!
やっぱりあのヒゲジジイ、もう一発殴っておくんだった!
「魔導師長の魔力が溜まればいつでも可能でした」
「あ……うん。わかった。あと、3発殴ってくる」
ここでグレンと二人っきりだなんて耐えられない。私は扉の取っ手に手をかけたところで、背後から抱きしめられてしまいました。
「この5年間、サキのことを忘れることができなかった」
耳元で聴こえるグレンの低い声に心臓が飛び跳ねる。
私も9年間グレンのことを忘れることなんてできなかった。
ん? この年月の差って……。
「今回の聖女召喚は国王陛下が決められたことだった。反対の意見もあったが私は望んでしまった。サキにもう一度会いたいと」
「なぜ?」
私は会いたくなかった。会いたかったけど! 会ってしまえば私は望んではいけないことを望んでしまうから。
するとクルリと反対を向かされてしまった。
「『私のサキ』に会いたいと思うことに、理由がいるのかな?」
うきゃぁぁぁぁぁぁ! もう好き!
でも『それで何?』という私もいます。だって貴方、婚約者がいるじゃない。
「で? 会ったけど? 何の用なの?」
私は視線を外しながら聞きます。目が慣れてきて薄ぼんやりとしかグレンの姿を見れませんが、見れば泣いてしまいそうです。
「私の妻になってくださいませんか?」
「はぁ? 婚約者はどうしたのよ」
第二夫人とか言ったら、未だに握っているジョッキで殴ろう。
とりあえず、殴ってから考える。
「婚約は解消しました」
「え? 公爵令嬢だったよね?」
「私にとって、地位とか名誉とか大した価値はありません。それがサキが居なくなってよく思ったことです」
地位とか名誉とか、こういう時代には必要なことだと思うけど?
「たった1年のことでしたが、サキの存在が私にとって一番大切だったのだと思い知らされたのです。私と結婚してくださいませんか?」
陥落です。もう、有無をいうことなく陥落です。白旗を振る私が心の中にいます。
「……私もグレンのことが忘れられなかった。会いたかった。でも生きる世界が違うから諦めた」
「でも私の聖女で居続けてくれたのでしょう?」
ジョッキを持ったままの手をとるグレン。手の甲には聖花と言われれる紋様が浮き出ていた。
聖女に忠誠を誓った騎士の証。
聖女を守る聖騎士の誓いで出現する紋様。
これがあったからこそ、異世界召喚を夢だと決めつけられなかった。
そして諦めきれなかった原因でもある。
まだ異世界とつながっていると。
「そうね。私の騎士様」
「それで返事はいつもらえますか?」
「……魔導師長の魔力が回復したぐらいに?」
*
「え? 咲希?」
先ほどまで目の前でお酒を飲もうとしていた友人が消えたことに驚く彩音。
頬をつねっているが、どうも現実だと認識したのかため息を吐いている。
「向こうに行っちゃったのかぁ」
そう言って店のタブレットでビールを注文している。それも二つ。
「飲まなきゃやってられないって、私のほうじゃない」
愚痴っている彩音だが、なんだか嬉しそうに笑っている。
「ビール二つです!」
店員が置いていったビールのジョッキに手をかけたところで、彩音の目の前に人が現れた。
「え? 帰ってきたの?」
「帰ってきたよ? 仕事あるし」
咲希だった。
「あと、グレンも連れてきた」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
そう、現れたのは一人ではなく二人。日本人の黒髪の女性と、どう見ても外国人の金髪の男性だった。
「グレン。私の親友の彩音ね。で、彩音。実は向こうの世界で結婚したの! 先に結婚してやったわ! うらやましいでしょう!」
「咲希が幸せそうでなによりって、なぜに空のジョッキを持っているわけ?」
「え? 持ってきちゃったから帰そうと握って戻ってきた」
「あ、飲もうとしていたときに消えていたわ。ついでにビール追加と。祝い酒ね」
「祝い酒よ」
「一つ聞きたいのだが、これはなんだ?」
タブレットを指しながら摩訶不思議なものを見る目をしているグレン。
その姿に咲希がくすくすと笑う。
「まぁ、他の男に咲希がなびかない理由がわかったわ」
ビールを飲みながら呟く彩音の独り言は、二人の耳には届いていなかった。
ふと、綾音は気になるものを見つけた。
「ねぇ、そのビールジョッキ欠けてない?」
「え? やっぱり怒られるかなぁ」
咲希が持って戻ってきたビールジョッキの底が欠けているように見える。
それを指摘された咲希は苦笑いを浮かべていた。
「王様に天誅したときに欠けたんだよね」
「咲希のそういうところ、尊敬するよ〜」
綾音は適当に返事をした。長年付き合いがある綾音はわかってしまった。聞いてはいけないことだったと。
「ビール、追加でーす!」
「待ってました!」
その欠けたビールジョッキはビールを持ってきた店員に回収され、証拠は隠滅されてしまったのだった。
読んでいただきましてありがとうございます。
面白かったよと、推していただけるのであれば、下の☆☆☆☆☆で推していただけると嬉しく思います。
感想でありました一緒に召喚された子のことは『*』マークのところで飛びましたね。手が空いたら追加加筆しますm(_ _)m⋯ついでに天誅事件も。。。




