神の家にはほど遠い
ティナ・サックウィルは、男爵令嬢でありながら第三王子に見初められた王国でも人気のシンデレラである。
鮮やかなピンクの髪を靡かせた、国で一番と囁かれるほど美しい少女だった。
彼女の父親は男爵だが、元は魔法に秀でた侯爵家の次男である。ティナは父の才能を引き継ぎ、同学年では最も秀でた植物魔法の使い手だった。
数年前に、ティナは王国の食糧事情を救っている。記録的な冷夏によりほとんど実りが期待できなかったところを、お得意の楽奏による植物魔法であらゆる野菜や果物を実らせて見せたのだ。
もともと第三王子からの強い要望があったのと、ティナの魔法の実力もあって、身分が足りないながらも第三王子の婚約者として認められたのだ。これには、そもそもティナの父親が侯爵家の次男であったという事情もあった。
さて、第三王子であるラフェエルとティナは、仲の良さで知られていた。もともと王位から遠い第三王子であり身軽であるのもあって、ラフェエルとティナが街中を歩くのは珍しいことではなかった。
今日も、ラフェエルはティナを伴って流行りの劇団を訪れていた。さすがに他の人びとと一緒にいることはできないので、用意された特別席でのことである。
「ほら、ごらん」
幾つかの演目を食い入るように眺めているティナの袖を引いて、ラフェエルはティナに囁いた。
「あれは竜だね。竜を使い魔にしているのは珍しい」
「竜?」
ティナは驚いて声を上げた。もともと竜は自尊心が高いのに加えて契約するのにも莫大な魔力を必要とするので、貴族であっても竜を使い魔にしているなど滅多にいないはずである。
視線を向ければ、ステージの端で竜と劇団員が何ごとかをやり取りしている。その様子を見て、ティナはほっと息を吐いた。
「仲が良さそうですわね。毛艶も良いです」
ティナが真っ先にそう言ったのは、不正な手段で使い魔を無理やり従える人間もいるからだろう。
例えば禁じられている魔道具を使ったり、魔獣たちの子どもを人質に取ったりして、無理やり魔獣を使い魔にする人間もいるのだ。だいたいそういう契約はどこかで魔獣に限界が来て抵抗するので、契約主だけであればまだしも周囲の人びとにまで被害が及ぶことが珍しくないのである。
竜と契約主らしい劇団員を見て、ひとまず無理やり従えているわけではなさそうなので、ティナは安心したのだった。魔獣が暴れ出せば人びとに被害が出るというのもあるが、そもそも魔獣が無理やり従えられているのを見るのは心が痛む。
「随分と大きいね。それに魔力も大きい」
「恐らくですが、西の草原辺りにいる種類かと思います。あまり集団では行動しなくて、単独で魔法で狩りをするのです」
そんなことを話していれば、いよいよ竜と契約主の出番らしい。ステージの真ん中に進む一人と一匹を、ティナとラフェエルは見守った。
劇場が敷設された広場の端で悲鳴が上がったのは、そのときだった。
「……なんだ?」
ラフェエルがそちらに視線を向け、護衛たちが前に出る。ティナの視線の先で、集まった人びとが将棋倒しになるのが見えた。
「いけないっ!」
ティナが悲鳴を上げた。何台かの馬車が、多重事故を起こしたのだ。
馬たちがパニックになって、人びとをなぎ倒す。更によくなかったのは、ステージにすでに竜が上がっていたことだった。
契約主が、慌てて竜を抑え込もうとする。けれどそんな彼らに向かって、馬の一頭が突っ込んだ。
おそらく無意識だったのだろう、契約主が竜を庇うように竜の前に出た。けれど生身の人間では止められるはずもなく、あっさりと馬に弾き飛ばされる。
契約主がボールのように吹き飛んだ。ぐったりと四肢を投げ出した契約主の行方を、竜が追う。
関係がしっかりしている契約主と使い魔というのは、親子であったり兄弟のようなものだ。とにかく親しく、互いが傷つくことを嫌う。
だから、そう。これは単純に、運が悪かった。
凄まじい獣の咆哮が上がった。契約主を傷つけられた、竜の怒りの声だった。
「まずい、あの竜を抑えろ! 契約主は生きているか?」
ラフェエルの命令に従って、何人かの護衛がステージに走り出した。けれどそれよりも、竜のほうが早い。
そうして竜の怒りによって、広場全体に超強力な魔力波が放たれたのだった。
このとき、ラフェエルは何よりも先にティナを庇った。自分の体をティナの盾にするだけではなく、自分たちと竜の間に防衛魔法を張った。
けれどその防衛魔法は、あっさりと破られることになる。前もって準備していたならともかく、人間が反射的な動きで張った防衛魔法など、竜の怒りの前では紙一枚のようなものだったのだ。
ラフェエルに庇われて、ティナはほんの僅かの間、気を失っていたようだった。
「……?」
ティナは訳が判らないまま、ラフェエルをどうにか押しのけるようにして身を起こした。そして眼の前に、ひどい惨状が広がっていることを理解する。
広場に集まっていた劇団員や、その観客、通行人などが、軒並み魔力波に傷つけられて倒れていたのだ。
ティナはしばらく、どうして良いか判らず呆然としていた。そうしてようやく、自分が抱きとめているラフェエルに視線を落とす。
「ラフェエル様、」
状況を理解できないように、ティナはラフェエルを揺さぶった。
それからはっと我に返って、慌てて手を止める。意識を失った人間を揺さぶってはいけないのだ。
だから慎重に、窺うようにして、ティナはそっと呼びかけた。
「ラフェエル様、ラフェエル様。起きてくださいませ」
ラフェエルは真っ白な顔を晒したまま、ぐったりと横たわっていた。魔力波に傷つけられたのか、背中がぱっくりと割れている。
下手をすれば、このまま死んでしまう。そのことに気づいて、ティナは真っ青になった。
「……ぁ、」
顔を上げる。この場にいたほとんどの人間が倒れ伏している。そうでない人びとは、震えて頭を抱えていたり、倒れた誰かに縋りついたりしていた。
魔力波を放った竜はといえば、まだ落ち着いてはいないらしい。うろうろと動き回って、何度も首を上下に動かして、明らかに苛立った様子だった。
「……だめ、」
竜が契約主に近づく。契約主は相変わらず、ぴくりとも動かない。
ティナから見て、契約主が生きているかどうかは判別できない。けれど竜は、契約主の状態が悪いことを見て取ったのか、見るからに感情の振り幅が増えた。
うろうろと、何度も何度も契約主の周りを動き回る。明らかに怒っている。
それから竜は、いよいよ翼を広げた。今度は単なる魔力波ではなく、本格的に魔法を放とうとしている。
ただでさえ大勢が酷い怪我をしているのに、このうえ魔法を受けては本当にたくさんの死者が出てしまう。そういうことを感じ取って、ティナは悲鳴を上げた。
「だめ、止めて!」
叫びながら、ティナは魔力を練り上げた。ほとんど反射的な動きだった。
実のところティナは、非常に特異な魔法の才能を持っていた。国王そのひとや、伯父である侯爵が渋い顔をしてあまり魔法をひけらかさないように言い含めるほどの、そういう才能を持っていた。
国王や侯爵から言い聞かせられていることを忘れたわけではない。けれどこのときのティナにとっては、人びとを、何よりラフェエルを救うことが何よりも大切だったのだ。
だからティナは、人びとを救うための魔法を放ったのである。
「眠りの帳よ、来たれ――!」
この場には、ティナ以外にも意識を保っていた人びとがいた。だからティナの魔法行使は、色々な人びとに目撃されることになった。
目撃した人びとは、ティナの魔法を『奇跡』と呼んだ。
ティナが眼を覚ましたのは、事件が起きてから一週間が経ったあとだった。
単純に、限界を超えた魔力を使い果たしてしまって昏睡していたのだ。一週間の間に随分と体力の衰えた体を起こして、ティナは家族から状況を聞いた。
「ティナ、あなたは広場の人びと全員を完全に治癒して、竜や馬たちを含むみんなを眠らせたのよ」
とにかくこれ以上状況が悪化しないことを願ったので、ティナは竜を含む丸ごと眠らせたのだ。数日後に眼を覚ました竜は、元気に動いている契約主を見てようやく落ち着いたという。
「その竜はどうなりますか?」
ティナの両親である、サックウィル男爵夫妻は顔を見合わせた。男爵が言いづらそうに口を開く。
「殺処分が決まったよ。あの竜が悪くないことは判っているし、契約主や劇団側もかなり食い下がったのだけれど、さすがに起こした事件が事件だからね」
あのとき広場周辺にいたのは、ざっくり千人。つまり最悪千人もの人びとが、あの竜によって殺されるところだったのだ。
そういう情報を、ティナは複雑な表情で聞いていた。
契約主を案じて嘆いていた竜の様子を思い返して、ティナは頭を振って記憶を振り払った。気持ちを切り替えて、先ほどから気になっていたことを問いかける。
「ところで、ここは王宮ですよね? わたくしは単に魔力不足で倒れたように思うのですが、よほど心配をおかけしてしまったのでしょうか」
どうして男爵家に送られなかったのか、そういうことを問いかければ、サックウィル男爵夫妻は微妙な顔をした。
その表情を見て、ティナは背筋を伸ばした。良いことではないと思ったからだ。
「よく聞いてね、ティナ。あなたの非凡な魔法が、人びとに知られたのよ」
きょとり、とティナは首を傾げた。あの場にいたティナ以外の全員が気を失っていたわけではないことには気づいていたので、そういうこともあるだろうと思った。
けれどティナは本当のところは、それの何が問題なのか気づいていなかったのだ。
ティナは昔から第三王子が妃に望んでいたこともあって、幼い頃から第三王子妃候補として教育されていた。それに第三王子がとにかく過保護だったので、実のところそれほど世間の悪意というものに慣れていなかった。
だから自分の魔法が知られればどうなるか、ティナには想像が足りていなかったのだ。
不思議そうな顔をしているティナに、男爵が渋い顔をした。
「ティナの魔法は見事だったね。あの場にいた全ての生き物を完璧に治癒して、問答無用に眠らせた。たまたま治癒を受けたものの中には、あの日の怪我だけではなくて長年の重病すら跡形もなく完治したものもいたようだ」
「そう、ですか……?」
微妙な顔をしているティナに、男爵は続けた。
「つまりね、ティナ。ティナの治癒魔法を受けたいものが、いま男爵家や王宮の前に集まっているということだ」
「……? 治癒魔法であれば、魔法医術師たちに頼めば良いのではありませんか?」
ごく真っ当なことを言い返すティナに、男爵も頷いた。頭の痛みを誤魔化すように眉間を揉む。
「その通りだけれど、魔法医術師に頼めばお金がかかるだろう。施術の腕によっては治せない怪我や病気もある。ティナは古傷や難病まで何もかも、しかも無料で治してしまったから、あの場にいなかったものたちが、自分たちも無料で治療しろと騒いで暴動寸前になっているんだよ」
ティナはしばらく、男爵の言葉を咀嚼しているようだった。
それから、見る見る顔を青ざめた。ようやく状況が理解できたのだ。
「……だから、陛下や伯父様は、わたくしにあまり魔法を使わないように言い聞かせていたのね」
「人間の欲というものは、際限のないものだよ」
ティナは目眩がして、強く眼を瞑った。過保護に育てられたティナにとって、生々しい人間の欲望というのは馴染みのないものだったのだ。
そういうティナを、夫妻は複雑な顔で見守った。随分と良い子に育ったと思っている娘が苦しむところを、彼らはできれば見たくないのだ。
「……まぁ、民衆というのは飽きやすいものだ。二週間も経てば飽きているかも知れないよ」
あえて軽い調子で言って、男爵夫妻はティナを置いて男爵家に戻っていった。ティナはそのまま、王宮で治療を受けるようにとのことである。
第三王子の婚約者であるティナには、王宮からも侍女がついている。ティナよりもずっと経験豊富な侍女たちに、ティナは人びとの様子を訊いた。
侍女たちによれば、ティナの治療を受けたい人びとは何日も王宮の前に居座り続け、怒号を上げ、門番たちに殴りかかり、ときに火炎瓶を投げつけてくるのだという。
想像よりもずっと悪い状況に、ティナは真っ青になった。
「わ、わたくしが治療をして差し上げれば――」
「なりません」
ティナが言い終わるよりも早く、付き合いの長い侍女はティナの言葉を強く遮った。
「暴れれば望みが叶うなどと、彼らに成功体験を与えてはなりません。そもそも王宮は、ティナ様を植物魔法使いとして取り立てるつもりであって、治癒魔法使いとして取り立てるつもりはありません」
ティナの疑問が顔に出たのか、侍女が続ける。
「あまりに非凡な力は、人びとを狂わせます。ひとたび人びとがティナ様のお力に頼るようになれば、人びとはあっという間にティナ様に頼り切りになり、些細な傷一つでティナ様に治癒を求め、ティナ様が断れば子どものように癇癪を起こすようになるでしょう。そうして過ごしたあとにティナ様が亡くなられれば、そのときには医療技術がいまの何世代も後退しているはずです。そして人びとはそれすらティナ様に責任を擦り付けて、ティナ様を世紀の大悪人のように悪し様に罵るようになるでしょう」
侍女の予想があまりに生々しく、悪意に満ちていたので、ティナは思わず侍女をまじまじと眺めた。
ティナの視線に気づいたのか、侍女は咳払いしてから取り繕った笑みを浮かべた。話をまとめにかかる。
「とにかく、ティナ様がお気になさることではありません。ティナ様に非凡な才能があろうがなかろうが、ラフェエル殿下からティナ様への愛は揺らがないでしょう」
そういう風にしてティナや王宮は様子を見ていたのだが、周りの予想に反して、状況はどんどん悪化することになる。
ティナが人びとの求めに応えないことに対して、人びとからティナへの不満が噴き上がった。第三王子の婚約者として相応しくないと声高に叫ぶものも増えた。
王家に不満を持つものも多かった。ティナの才能を囲い込んで、独占しているのだと人びとは悪し様に噂した。
週刊誌はティナに関して、あらゆる根も葉もない悪意のある噂を書き連ねた。とんでもない悪女であるとか、自分の才能を盾にして無理やり第三王子の婚約者に居座っただとか、そもそも愛人の娘であって実は正統な令嬢ですらないのだとか、そういうことだった。
それだけではなく、例の事件でティナの治癒魔法を受けたうちの何人かが、ティナの魔法によって障害を負ったと主張した。だからティナに責任を取れというのである。
王宮が調べてみれば、彼らの主張は全くのデタラメだった。とにかくティナに謝らせたかったり、ティナを呼び出して新しい要求を突きつけようとする人びとだったのだ。
そしてついには、サックウィル男爵家が襲撃されることになる。人びとが三十人であるとか四十人であるとか集まって、男爵夫妻をティナへの人質にしようとしたのだ。
とにかく人びとは、例の事件で偶然にもティナの治癒魔法の恩恵を受けた人びとが羨ましくて、自分たちも同じ恩恵を受けたくて仕方なかったのだ。
そういう色々なことがあって、ティナはほんの数週間のうちに、すっかり窶れてしまった。ついにはほとんどご飯も食べなくなってしまったので、ラフェエルが無理やりにでも手ずからパン粥を食べさせているほどだった。
国王一家は顔を突き合わせて、どうしたものかと首を捻った。その場には、ティナの両親であるサックウィル男爵夫妻や、伯父と伯母である侯爵夫妻もいた。
すぐに飽きるだろうと思われていたのに人びとがあまりに熱狂するので、国王はここのところ眉間に皺を寄せてばかりいた。ティナがあまりにもげっそりと窶れているので、国王はティナの前ではなるべく穏やかな表情をするように心がけていた。
けれど今回ばかりは、そういうわけにもいかない。国王は重々しく告げた。
「隣国である帝国から、ティナの引き渡し要求が届いた」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのはラフェエルだった。普段はこういうときにはすぐに王子らしく取り繕うのだが、今日はその余裕もないらしかった。
「どうしてここで帝国が出張ってくるのです」
「ティナが本来は帝国の伯爵家の子どもであって、王国に攫われたと主張している」
あまりに馬鹿馬鹿しい話に、一同はしばらく絶句していた。ティナの眼の色は父親から、髪の色は母親から引き継いでいるし、そもそもティナがあまりに両親ともに似ているので、疑いようもないのである。
「何ですか、それは……」
「恐らく、ティナの有用性に眼をつけたのだろう。こういうのは言ったもの勝ちだからな」
唖然とする侯爵に、国王が深々と溜め息を吐いた。
「ティナを引き渡さなければ、帝国は派兵も辞さないと言っている」
「なんっ、なんっっっですかそれは!」
ラフェエルが椅子を蹴立てる勢いで立ち上がった。
国王の顔色は悪い。カートライト王国と帝国では、国力に大きな差があるからだ。
「だが、帝国から派兵されれば冗談では済まん」
「だから何です、まさかティナを引き渡すつもりじゃないでしょうね!」
ほとんど噛みつくような勢いで問いかけるラフェエルに、ティナがゆるりと顔を上げた。
ティナの顔色は悪い。ほんの数週間前までは国一番の美しさであると謳われていたのに、すっかり花が枯れてしまったようだった。
「あの、わ、わたくしが――」
「ならん」
ティナの言葉を遮ったのは、誰あろう国王だった。
「おそらく帝国は、ティナの魔法を戦争に利用するつもりだろう。そうなれば、派兵よりもなお悪い。あらゆる国が巻き込まれる」
はぁ、と国王は大きく嘆息した。何度か呼吸して、苦々しい顔をして、ティナに向き直る。
そして、国王はティナに深く頭を下げた。
「すまん、ティナ。ティナは自害したことにして欲しい」
「……」
一つ呼吸を置いたのは、侯爵だった。
侯爵はちらりと、自分の弟である男爵を流し見た。王家の揃うこの場では、男爵が意見することは難しい。
男爵が頷いたのを確認してから、侯爵も頷いた。
「それしかありませんでしょうな」
いきなりそんな流れになるとは思わなかったのか、ティナは呆然としている。一方で、ラフェエルはどこかで予想していたようだった。
「であれば、わたしも王室から抜けましょう。どうぞ、第三王子は自分の婚約者であるティナの監督不行き届きの責任を問われて死罪を賜ったことにしてくださいませ」
あっさりと言い放ったラフェエルに、ティナは真っ青になった。
「ラ、ラフェエル様、なりません! わたくし一人で出て行きます」
「これはわたしのワガママだよ、ティナ」
にこりとラフェエルが笑いかけた。
「もう随分と昔の約束だけどさ、ずっと一緒にいるって言ったでしょう。わたしを嘘つきにしないでよ」
「で、ですが、わたくしの失態です……!」
ティナの言葉に、国王たちは微妙な顔をした。
たしかに、ティナが事件の際に魔法を使わなければいまの問題は起きなかっただろう。賢い人間であれば、あの場では素知らぬ顔で一被害者の顔をしていたのかも知れない。
けれど、自分に都合が悪いからと保身を考えて、救う手段があるのに眼の前で見殺しにして、同じことが起きたらまた見殺しにして、見殺しにして、――そういうことを繰り返した先で、果たしてティナはいまの善良なティナのままでいられただろうか。
ティナは愚かであったかも知れない。間違ったかも知れない。
けれどラフェエルはティナのそういうところに惚れ込んでいたし、二人の婚約を認めたのは国王だった。
「ティナ、息子をよろしく頼む」
ティナにもう一度正面から向き合って、国王は言った。
「馬鹿な男だが、女性を見る目だけはあったようだ。ラフェエルがティナを選んだことを誇りに思う」
そういう言葉を受けて、ティナはきゅっと唇を引き結んだ。何かを言おうとして、結局言葉にならず、静かに頭を下げる。
「表向きではティナは自害、ラフェエルは死罪になったこととする。新しい身分と、何人か護衛もつけよう。人間には不便かも知れないが、しばらくは妖精国で過ごすと良い。妖精国には人間の欲望は届かんからな」
「お気遣いありがとうございます、父上」
話がまとまりかけたところで、ティナが強い声を出した。
「陛下に一つお願いがございます。わたくしの魔力を封じて頂けませんでしょうか」
「何を言い出すの、ティナ!」
ティナがとんでもないことを言い始めたので、ラフェエルが声を上げた。止めようとする周りに対して、ティナは意見を曲げなかった。
「きっとわたくしは、繰り返してしまうと思います。眼の前に死にかけた誰かがいて、その誰かをわたくしが救えるのであれば、きっとわたくしは救ってしまうでしょう。事件のときにそうしたように」
そこまで言って、ティナは不器用に笑った。
「そんなことをしてしまえば、皆さまのご厚意を無下にすることになります。ましてやラフェエル様とともに行くのであれば、わたくしは自分を厳しく戒めなくてはいけません」
綺麗に背筋を伸ばしてから、ティナは頭を下げた。
「どうか、わたくしが二度と魔法を使えないように、魔力を封じてくださいませ。わたくしの魔法は、きっとわたくしには過ぎたものだったのです」
顔を上げて、ティナがラフェエルに申し訳なさげに笑いかけた。
「魔法も使えない女を連れ歩くのは、ラフェエル様には負担になってしまうかも知れませんが」
「まさか! これでもそれなりに戦えるから、用心棒くらいにはなるさ」
そんな二人のやり取りを見て、国王は渋い顔のまま頷いた。
「ティナの願いを聞き入れよう。魔力封印の儀式を受ければ、眼には見えずとも体に大きな傷を負った状態で旅立つことになるから、ラフェエルはティナをよくよく支えてやれ」
そこまで言ってから、国王は大きく嘆息した。
二人が旅立ってしまえば、おそらく生きている間に再び会うことはとてもとても難しい。そういう予想は、国王の胸にぽっかりと穴を開けた。
「……元気にやりなさい」
つい、ただの親のように、国王はこう言った。それから我に返って、慌てて咳払いしたのだった。
どこの誰が言ったのか覚えてませんが(調べても出てこなかった)、『もしもこの世界に神の家があったなら、その場所はとっくに人間に滅ぼされているだろう』みたいな格言を聞いたことがあるので、試しに書いてみました
ちょっとくらい王家が善良だったとしても、欲深い人間というのはどこにでもいるので、異常なほどの有用性を持つ存在を守り切るのはきっと難しいんじゃないかなぁ、などと思いながら書きました。そういう意味では、世のなろうテンプレ小説の聖女設定はどういう前提で成り立っているのか興味深いですね。わたし自身よく聖女設定を書いておりますけれども。コツは深く考えないことです
これ、ヒロインはどうするのが正解だったのでしょうか、、ちょっとわたしにも思いつかない、、うーんうーん
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