七話 変化
朝日が木々の隙間から差し込み、森の空気がゆっくりと色づいていく。
夜の冷たさがまだ残る中、僕は正座を解き、ぎしりと固まった膝を伸ばした。
筋がぱきぱきと音を立て、身体がようやく“朝”を思い出したように動き始める。
「……瞑想って、こんなに効くんだな」
右脚の腫れはまだ残っている。
けれど、何日か前のような鋭い痛みはもうない。
触れるとじんわりと温かく、身体の奥で何かが脈打っているような感覚があった。
まるで、眠っていた何かがゆっくりと目を覚ましていくような──そんな奇妙な感覚。
腕にも、妙な張りがある。
トレーニングなんてしていないのに、まるで筋肉が目を覚ましたみたいだった。
昨日までの僕なら、こんな感覚を覚えることすらなかったはずだ。
「でも……まだまだだな」
立ち上がった瞬間、ふらついた。
視界が揺れ、足元の土がやけに遠く感じる。
体力も、集中力も、何もかもが足りていない。
瞑想をするたび、気づけば夜まで意識が沈んでいた。
例えるなら、あの深さは底の見えない湖のようだった。
意識が落ちていくたびに、どこか懐かしい感覚が胸を締めつける。
それが僕のものなのか、『私』のものなのか、判別がつかない。
「……ふぅ」
考えるのはやめた。
今はもっと現実的な問題がある。
「お腹……空いた……」
胃がきゅうっと縮む。
何日食べていないのか分からない。
前の戦いで吐き出した血の味がまだ喉に残っている。
ここにきて空腹で死ぬなんてごめんだ。
周囲を見渡すと、木の根元に小さなキノコが群れていた。
毒かあるかどうかなんて分からない。
これなら家に引きこもっていたときに図鑑でも見ておくべきだった。
あの家にそんなものがあったかどうかは知らないけれど。
でも、背に腹は代えられない。
「……いただきます」
キノコを口に放り込んだ。
味なんて分からなかった。ただ土の味が残るだけだ。 木くずが歯に挟まり、舌にざらつきが残る。
それでも、喉を通るだけで身体が喜んでいるのが分かった。
十個ほど食べたところで、ようやく空腹が落ち着いた。
胃の奥がじんわりと温かくなる。
これがもし毒キノコだったとしても、これで死ねるなら……いや、よくないか。
でも不思議と“これは大丈夫だ”という確信があった。
僕の直感ではなく──“私”の記憶がそう告げているような気がした。
「次は……水、か」
食べ物よりも深刻なのは水だ。
この森に川がある保証はない。
それでも探すしかない。
足元に落ちていた手頃な枝を拾い、余計な部分を折り取る。
軽いが、握ると少しだけ安心した。
手の中に得物があるだけで、心が落ち着く。
「よし……行こう」
歩けば魔物に遭遇するかもしれない。
前のように死にかけるかもしれない。
それでも、不思議とそこに恐怖はなかった。
胸の奥が静かに熱を帯びている。
あの夢の中で見た、刀を握る手の感覚。
天を斬ったあの男の、静かで、冷たくて、圧倒的な気配。
それが、僕の背中を押していた。
「……僕は、変わったのか?」
呟いた声は、森に吸い込まれて消えた。
答えは返ってこない。
小動物が木から飛び降りた。
けれど、これまでの僕とは違うことだけは分かる。
枝を握り直し、森の奥へと足を踏み出す。
朝の光が背中を押し、冷たい風が頬を撫でる。
昨日までの僕なら、絶対に進めなかった道。
けれど今は──
「何も怖くない」
そう思えた。




