六話 目覚め
──どれだけ時間が経ったのだろう。
木々の隙間から落ちる光が、まぶたの裏を刺す。
ゆっくり目を開けると、全身が軋むように痛んだ。骨は折れていないが、筋肉が悲鳴を上げている。立ち上がるのは無理でも、上体を起こすくらいなら……と、歯を食いしばって身体を引き上げた。
「……っ」
記憶はまだ濁っている。
夢と現実の境界が曖昧で、何が本当に起きたのか判然としない。
それでも一つだけ確かなことがあった。
「──生きてる。僕は……まだ生きてる」
魔力もない僕が、ゴブリンを退けた。
喜びよりも、助かったという安堵が胸を満たす。
その瞬間、腹が鳴った。
「どれくらい寝てたんだ……」
食料の当てはない。木の実を拾うくらいしか思いつかないが、そもそも今の身体では歩くことすら怪しい。
右脚のふくらはぎは青黒く腫れ、太ももは強烈な筋肉痛。横腹は殴られた痕が残っているが、内臓は……たぶん無事だ。
腕は血で固まり、ひび割れた皮膚が痛む。だが動かせる。まだ戦える──いや、戦えはしないか。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
それだけで心が少し落ち着いた。
今は動かない方がいい。
魔物が来れば終わりだが、無理に動けばもっと早く死ぬ。
……とはいえ、何もできないのも事実だ。
「はぁ……」
大の字になって木々を見上げる。
揺れる葉の隙間からこぼれる光が、妙に神秘的だった。
僕はゴブリンを倒した。
その実感は薄いが、身体に残る感触が嘘ではないと告げている。
──あの夢のおかげだ。
あのとき見た“彼”の記憶。
断片的で、ところどころ欠けている。
けれど、それは確かに“僕が生まれる前の、もう一人の『私』”の経験だった。
「なら、僕は強くなれる」
『私』には魔力がなかった。
それでも強かった。
なら、記憶を受け継いだ僕にも、その片鱗くらいは掴めるはずだ。
家に戻っても馬鹿にされない。
両親も胸を張って歩ける。
母さんも──また笑ってくれる。
……ただ、覚えていることは少ない。
『私』が何をして強くなったのか、その核心は霧の中だ。
それでも一つだけ、はっきり覚えている修行がある。
──瞑想。
立つ必要も、歩く必要もない。
今の僕にとって、これ以上ない修行だ。
目を閉じ、力を抜き、思考を静める。
風の匂い、葉の擦れる音、土の冷たさ、呼吸、血の流れ、心臓の鼓動──
世界と自分の境界が薄れていく。
懐かしい。
初めてのはずなのに、懐かしい。
どれほど時間が経ったのか。
目を開けると、森は闇に沈んでいた。
月明かりが葉の隙間から落ち、夜の訪れを告げている。
「集中しすぎた……?」
身体を起こした瞬間、思わず声が漏れた。
「うぉ……!?」
軽い。
痛みが薄れている。
右脚も、引きずれば動かせる程には回復していた。
「こんな事って……」
理由はわからない。
魔力のない僕にこんな治癒力ある筈がない。
奇跡……いや、瞑想したおかげだろうか。
それにしてもこんなに効果があるなんて……『私』は一体何処までの境地にいたんだろうか。
「はぁ……考えても仕方ないか」
月明かりは弱く、足元すら見えない。
虫の声が森に満ちているが、それが逆に不気味に感じた。
寝るのは危険だ。
……いや、夜まで瞑想していた僕が言えたことじゃないけど。
でも、強くなれる機会を逃すわけにはいかない。
一日でも早く強くならないと、またいつゴブリンやほかの魔物が襲ってくるかわからない。
暗闇の中、遠くの方で一羽の鳥が音を消して羽ばたいた。
そんな気配を感じながら、痛む脚に鞭を打って歩みを進めた。




