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十七話 死闘

 その距離、およそ五メートル。向かい合っていた僕と魔物は、しばらく睨み合っていた。いや、牽制と言ったほうが正しいかもしれない。お互いに攻撃のタイミングを計っていたのだ。


   そして先に動いたのは──僕だった。


 手に持つ得物を強く握り、風に刃を乗せる。

 この距離であれば致命傷にはならずとも、傷はつけられるかもしれない。そう考えてのことだった。


 しかしそれは、魔物が翼を大きく羽ばたかせるだけで無力化されてしまう。


 次に動くのは鷹型の魔物だ。

 僕に得物を構え直す時間を与えないためか、急降下し、刃物のような鋭利な爪を大きく開いた。

 ほんの一瞬。まさにまばたき一つで、奴の爪が目前まで迫ってきていた。


 避けることは叶わない。身体が反射的に避けようとしてしまうが、精神を強く保ち、ぐっと堪える。

 受け流せ。合気の要領だ。

 力を借りて、軌道だけを逸らす。

 寸分のズレも許されない。

 失敗すれば死ぬ。

 しかし、恐怖はとうに乗り越えた。


「ふぅ──ッ!!」


 爪に対して得物を横に入れ、先端付近を手で抑える。

 軌道は逸らせた。だが、これだけでは避け切ることはできない。いくら爪を対処しようと、奴の足に掴まれたらおしまいだ。

 飛び退くのが早ければ飛ぶ距離が足りず、遅ければ掴まれて殺される。


 極限まで研ぎ澄ませ。

 五感を刃に変えろ。


 今の僕なら──出来る。


「はぁぁぁぁっ!!」


 受け流す力が最も強くなるその瞬間、僕は後方へ大きく飛び退いた。

 だが、一つ問題が起きてしまう。


「飛び過ぎだッ!!」


 少し飛び退く程度のはずが、想定以上の力が掛かっていたようだ。僕は魔物が飛んでいた高度にまで投げ出され、無防備な姿を晒してしまう。


 体勢を立て直そうとした瞬間、地面に着地した鷹の魔物と目が合った。さらに同時に、奴が足に力を込めているのも見て取れる。


 踏ん張れない。

 受け流しも効かない。

 まともに食らえば、即死だ。


 ならば、僕も攻撃をするしかない。


 攻撃は最大の防御だと、誰かが言っていた記憶がある。僕はその言葉があまり好きではなかったが、今のこの状況においては話は別だ。


 得物は木の棒一本のみ。直接斬れば、まず間違いなく折れてしまうだろう。それで仕留め損ねてしまえば、僕の負けは確定する。


 なにより空中では踏ん張ることができない。相手の力を利用すれば力は足りるが、踏ん張りが利かないぶん、仕留め損なう可能性が高い。


 だが、これしかない。


 僕は覚悟を決め、得物を構えた。

 身体が自由落下を始める。逆さまになった世界の中で魔物を捉えると、僕は精神を研ぎ澄ませる。


 瞑想の応用だ。質は落ちるが、目を開けたままでも瞑想はできる。


 そして──研ぎ澄ました集中力は刃となり、万物を斬り裂く刀となる。


 今の僕が持てる最大の集中()で、お前を迎え討とう。


 魔物が跳躍する。翼を羽ばたかせて急加速し、僕の目の前まで一瞬で距離を詰めてきた。


 僕は得物を強く握りしめ、渾身の一振りを放った。


 途端、目の前が爆ぜる。

 魔物によるものではない。

 木の棒が耐えきれず自壊したのだ。


 やはり耐えられなかったか──そう思うと同時に、僕は負けを確信した。


 しかし遅れて発生したのは衝撃波。生まれた真空の刃が空気を巻き込み、突進してきた魔物の左目を抉る。咄嗟に身を翻して頭は避けたようだが、代わりに胴体へ大きな斬り傷を刻み込んだ。


 僕もその衝撃に巻き込まれ、地面に強く叩きつけられる。背中から強打し、骨も何本かやられた音がした。


「がばっ……ハッ……ぁ……」


 喉につっかえた血塊を外に吐き捨てる。

 遅い動作ながらも起き上がり、魔物へと目を向ける。


 どうやら斬られた後、魔物も落下したようだ

 地面には砂埃が大量に舞い上がっていた。

 しかし気配で分かる。まだ動けるほどの体力は残っていそうだった。


 得物はなし。

 僕の身体は限界に近い。


 取り敢えず生き延びることは出来た。

 だがここからどうする?

 この毒さえなければまだやれたが……いや、言い訳は止そう。僕の悪い癖だ。


 甲高い鷹の鳴き声が森中に響き渡った。

 砂埃が晴れる。血だらけになりながらも、その鋭い眼光からは確かな怒りが見て取れる。


 魔物は大きく空に飛び上がった。絶対に僕の攻撃が届かない上空で、また鷹の魔物は咆哮する。

 鋭いくちばしの先には光る文字達が現れ、円形に展開されていく。その円形に配置された文字たちは時間が立つにつれ輝きを増していった。

 風の流れが変わった。

 まるでこの辺り一帯の風があの魔物に従ったかのように、魔物の方へと風が集まっていく。


「魔法……」


 村の子どもたちが使っていた魔法とは似ても似つかない、殺す為の魔法。

 ここまでのものは初めて見た。同時に、魔力がなければ魔物と戦えないと言われる所以も理解した。


 嗚呼──しかし実に残念だ。得物さえあれば、あの魔法に立ち向かえたかもしれないのに。


 その時。


「ギャァアゥ」


 ──声が、聞こえた。

 瞬間、目の前に落ちるのは一振りのこん棒。

 見覚えのあるそれに僕が呆気にとられていると、また声が背後から聞こえた。

 振り向くと、そこには一匹のゴブリンがいた。不服そうな顔をしながらもこん棒に視線を移し、また僕に戻す。

 ゴブリンは何も言わずに立ち去っていく。その背中は、かつての借りは返したぞと言っているようであった。そして同時に、僕にはあの魔法に対抗できると言っているようにも感じられた。


 僕はこん棒を──得物を拾い上げる。

 粗末だ。でこぼこで、手入れなんてされていない。複数回の使用を考えていない使い捨てのものを、何度も何度も使い古した粗末な得物だ。


 しかし、その意志はしかと受け取った。

 ならば──()も見せねばならぬ。


 できるかどうかは関係ない。耐えられるかは関係ない。


「今私ができる最大の技で──魔物(きさま)を迎え討とう」


 懐かしい感覚が胸を満たす。

 あの日、ただ強さを追い続けた頃の、あの記憶が蘇る。


「私は考えた。どうすれば鉄砲に勝てるのかと──」


 語るたびに、風がざわめく。

 魔法陣が揺らいだ。

 魔物の瞳が、初めて戸惑いに揺れた。


「弾こうとも、流そうとも、弾は戦場を支配した。だが──」


 視界の端で、一羽の鳥が舞った記憶がよぎる。

 ただの鳥。

 ただの動き。


 だがそこに、答えがあったのだ。


「流すのではなく──返せばいい」


 風が爆ぜた。

 魔物が放つ風弾が、空気を裂いて迫る。

 それは鉄砲よりも速い、不可視の一撃だ。


 世界が一瞬、静止する。


 私はこん棒を握り直し、弧を描くように振り上げる。

 その軌道は、ただの一太刀ではない。

 "返す"ためだけに研ぎ澄まされた、逆理の刃。


「私はその鳥の名を冠し──」


 風弾が目前に迫る。

 肌が裂け、骨が軋むほどの圧。

 それでも、心は揺れない。


「こう名付けた」


 振り下ろす。

 音が消える。

 世界が割れる──







「秘剣────【燕返し】」






 

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