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十五話 真眼

 闇が裂けた。


 色も形も失われた世界に、ただ"気配"だけが浮かび上がる。

 風の流れ、土の震え、魔物の呼吸――すべてが一本の線でつながった。


 舌が飛んでくる。

 それを顔を傾け避ける。


 魔物の方へ視線を向けると、わずかな焦りが伝わってきた。

 すぐさま魔物は姿を消す。

 もはやそれが、無意味だと知らずに。


 (わたし)は背を向け、先ほど拾おうとしていた木の棒へと近づく。

 背後から舌が飛んでくるが、問題なく避けて得物を拾い上げる。


「……よし」


 手に馴染む。

 何千、何万と素振りを重ねた。

 まだ不格好ではあるが――戦えないことはない。


 私は得物の切っ先を、カエルへと向けた。

 その身がピクリと震えるのを、肌で感じる。


 恐らく、こう思っているのだろう。


 ――何故、毒が効いていない?


「ただ動かぬ身体を動かす術を知っているに過ぎぬ。そう怯えるものでもない」


 致死性の毒には私も勝てぬ。

 しかしそれ以外ならば、話は違う。


 息ができれば問題ない。

 手が動くのであれば問題ない。

 敵の位置が分かれば問題ない。


 ならば、この刀に斬れぬ道理なし。


 飛んできた舌を斬り伏せる。

 血が噴き出すより速く距離を詰め、無防備な胴へ得物を振り上げる。

 しかし寸前、カエルが後方へ跳び、浅く斬るだけに終わった。


 やはりこの得物では捉えきれない。

 図体のわりに、すばしっこい。


「だが……おかげで思い出した」


 逃げに徹されれば、追いつけぬ。

 身体も、もはや限界に近い。


 ならば――方法は一つしかあるまい。


 ある者は不可能だと言った。

 またある者は絵空事だと笑った。

 その修練に費やした時間は、ゆうに十年を超える。


 誰かが私に言った。


『何でそんなに拘るんだ? 遠くを斬りたいなら鉄砲でも使えばいいじゃねえか』


 ――それでは駄目だ。


 私は否定した。


 鉄砲では、天に届かぬ。私は――人を見下ろす天を、斬らねばならぬのだ。


 私はずっと、刃を飛ばすことを考えていた。

 だがどう足掻こうと、刃を鉄砲のように飛ばせるはずもない。


 私は考えた。

 どうすればこの刃を、飛ばせるのか。


 ――それは、ある嵐の日のことだった。


 気を許せば身を持っていかれそうなほどの強風を浴びながら、私は立ち尽くした。


 悟ったのだ。


 そうだ。

 飛ばすのではない。

 風に刃を乗せれば良いだけではないか。


 風が、私の背中を押した。


 ――私は、刀を横に振るう。


 本来ならば届かぬ距離。

 しかしその風が刃を抱き、一直線に獲物へと走る。


 それはカエルの胴を確実に切り裂き、勢いのまま木へと激突させた。

 遅れて木々が揺れ、斬撃の余波が森を駆け抜ける。


 動く気配はない。

 気色の悪い液溜まりを作る物体を見て、私は踵を返した。


「グッ……」


 毒により身体がふらつく。

 頭を締め付けられるような痛みに耐えながら、それでも私は歩みを止めなかった。


 早くここから離れなければ。

 臭いを嗅ぎつけた魔物が寄ってくる可能性がある。

 まだ戦えなくはないが――避けられるものは避けた方が良い。


「はや……く……」


 くそ……僕は何をして……いや……私か……?


 私……僕は誰だ……?

 僕は……くそ……駄目だ……耐えろ……私はまだ倒れるわけには……。


「村ならば……もしや……」


 この身体で自然に治すには、時間が掛かり過ぎる。

 解毒するには――不本意だが、村の力を借りるのが一番手っ取り早いだろう。


「お母さん……怒るかな……」


 後のことを考えると、足が重くなる。

 それでもこんな場所で立ち止まるわけにはいかなかった。


 僕は、強くならなければならない。

 私は、使命を果たさなければならない。


 意識が混じり合っているせいで、自分がもはや僕なのか私なのか分からない。

 しかしそれも――母上に会えば、落ち着くはずだ。


 早く村に戻らなければ。

 僕の意識を……戻さなければ……。


 村では今、野焼きでもしているのだろうか。

 風に乗って鼻をくすぐる微かな匂いを頼りに、(わたし)は歩みを進めるのであった。

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